567 未来は若人に託される
今回はアーロンさん視点。
「ああー……師匠、どうですか連絡まだ来ませんか!?」
「落ち着かんか。まったく……ティモ、お前はデザイナーとして十分優秀なのにいつまでもそんな様子じゃあやってけんぞ」
「で、でもですね」
「お前のデザインは素晴らしかった。王女宮筆頭さまはそれを理解してくださるに値する御方だ。しかしかの近衛騎士さまのお立場もあるからな、すでによその店に約束を入れているならば難しいこともあるだろう。そう気負うことはない」
「は、はい……」
しょんぼりする弟子の頭を軽く撫でてから、私は事務作業があるからと部屋に一人にしてくれるようティモに告げる。
素直な弟子は飲み物と軽食の準備を整えて、自分は倉庫に行くと去って行った。
(……今頃、私のやりように王女宮筆頭さまは頭を悩ませていることだろうなあ)
もっと上手い方法もあったのだろうと自分でも思うが、今回ばかりは手を貸してもらいたいと思ったのだ。
ティモは、とある貴族家の庶子だ。
そしてその家は私の実家にとっての主家にあたるため、私が預かることになったわけだが……今では、可愛い息子のように大事に思っている。
あの子は本当の家族たちに思い入れはないものの、あちらは利用価値を見出しているというのが問題だった。
私がデザイナーとして名を上げ、王宮に出入りできるようになったのをいいことに幾度となく仕事の依頼を捻じ込まれることはまだいい。
適当にあしらう術があったから。
上の方々に縋るということも考えたが、それはそれで今後のことを思えば難しい話でも合った。
デザイナーとして名が上がるということは、高位の方々に利用してもらう価値ある者としての立場を得るということだ。
同時にそれは、貴族社会においてステータスを重んじる人々の誰につくのかと駆け引きに巻き込まれることだって往々にしてある。
(……王女宮筆頭さまたちが、あの子の後ろ盾になってくれたら)
ティモが王家の覚えめでたき若い夫婦のデザイナーになれたら、きっとあの家もそう簡単に手出しはできなくなるだろう。
私は残念ながら実家との関係もあるから難しかったが、ティモはもうずっと昔に捨てられた存在だからあの家に対して思うところもない。
あちらが家族の情を示していたならともかく、それすらなかったのだから私もそのように育てた。
最近、ティモの腹違いの兄がティモを通じて王女宮筆頭さま、あるいは王女宮の侍女と繋がりを持てるようにしろと言ってくる手紙が鬱陶しい。
私は今日も届いていた手紙の、封を切ることなくその場で燃やした。
(何が『従わなければティモを実家に戻す』だ)
そうなればティモを盾にこの服飾店も自由にできるし、ティモを通じて王女宮に……というよりは王族に近づこうという腹づもりなのが見え見えだ。
狙いがあからさますぎて鼻で笑ってしまうが、それでも私も貴族の端くれで、私の実家は……私の兄が継いでいるとはいえ迷惑をかけることはできない。
私がいくら声を上げようが、貴族としての上下関係は、そう簡単なものではないのだから。
しかしティモ自身が望まないことを、ティモの存在を明かして先代の不出来を詫びるお涙頂戴物語で他の貴族たちに訴えるようなことを、私がどうして大人しく見ていられるものか!
私はこの仕事に誇りを持っている。
だからティモがデザインに興味を持ち、私のようになりたいと言ってくれたことが誇らしい。
そして誇らしく思ってもらえた私のままでいたいから、高位貴族たちの思惑にティモを巻き込ませず、主家のいいようにされずにするにはどうしたらいいのか頭を悩ませた。
「これだけ揃えば、なんとでもなるだろう」
ティモのデザイナーとしての実力は十分にある。
私の店を引き継ぐという形ならば、きっと困りはしないだろう。
軽率な行動を取った私は、王女殿下が婚約発表の場で着るというドレスを作成して、主家にはこれまで彼らに取り次げと散々文句を言ってきたことを明かさない条件で幕引きだ。
全ては私が引き取って、ティモの新たなる門出にしたい。
王女宮筆頭さまにティモの淡い恋心を暴露したのは、少しだけ大人げなかったと反省しているが……あの子の想いにいつまでも気付いてくれない彼女に対して少しだけ悪感情が働いた部分がそうしてしまった。
まったくもって大人げない。
ティモに関しても、恋文を書いては渡せずしょぼくれていたくせにと思うと……複雑な気持ちだ。
(……きっと気付いてくれるだろう、王女宮筆頭さまも、近衛騎士さまも)
私の愚かな振る舞いに気付いて、疑問を抱くだろう。
けれどティモのスケッチを見れば、あの子がどれほど純粋に彼らの恋路を祝福しているのかも理解してくれるに違いない。
そうであってほしい。
ティモはまだ一人前になることに対して臆病であるが、あの子のデザインはもっと世に出ていいものだ。
私がいくら言っても他のお客さまに見せようともしないデザインを、恋した人に着てもらえるならばと差し出したのをきっかけに……もっと前に出てくれたらと願うばかりだが、どうなることか。
ティモに落ち着けと言ったが、早く彼らからの連絡が来ないかと私こそが待ち侘びている。
「後は……あの子にどうやって納得してもらうかだなあ」
醜聞があって店のオーナーが代わることも、メインデザイナーが代わることもよくある話。
いくら貴族たちに気に入られていようが、その貴族たちが望まない醜聞を起こした人間はあっという間にそっぽを向かれて終わるのだ。
特にこの店は私が始めた店なのだから、醜聞と共に引っ込むのは当然……の話だが、あの子はそれで納得してくれるだろうか?
頼る実家もないティモには、私が引退前に店を譲ってやると酒の席で話したこともあったが……あの子はそれを真剣に受け止めてはいなかったに違いない。
(私はずっと前から、そのつもりだったのだけれどね)
手紙と書類の処理を終えて、私は自分のデザイン帳を広げる。
王女殿下の晴れの日に相応しい、そして私の最後の傑作として残すものだ。
「こればかりは気合いを入れさせてもらわないとなあ」
未来を担う若人へ私が贈るものは、日々への彩りに添える服飾だ。
幸せいっぱいのその日を迎える時に彼ら、あるいは彼女らの魅力を最大限に引き出して、そうして『あの日は楽しかった』といつか振り返ってもらえる服を作りだそう。
(……ああ、そうだ)
王女殿下へのドレスは勿論、最高傑作になるだろう。
だけどもう一着。
もう一着だけ、個人的にどうしても作りたい服がある。
デザインは決まっている。
脳内でずっと描いてきたものだ。
「……今度、サイズを測らなきゃあいけないな」
目を細めて愛用のメジャーを手に取り、私は席を立つ。
あの子はまだ倉庫で作業をしているだろうか?
「おーいティモ、悪いがちょっといいかい?」
「はい、師匠! どうしました?」
可愛い弟子で、そして息子に贈る、晴れの日のスーツを。
誰よりシックで、洒落た服を。
「ちょっと測らせてほしいんだ。さ、そこにしゃんと立ってくれ」




