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そしてデザイナーのアーロンさんがやってきた当日、プリメラさまからの意見を聞いたアーロンさんは私の分のレースについても、笑顔で了承してくれました。
アーロンさんは前々から王太后さまのところに出入りしていた服飾店のデザイナーさん……ではなく、そのお弟子さんだった方です。
服飾店の場合も暖簾分けって言うのかはわかりませんが、とにかく王太后さまの推薦で出会ったのが初めてでしょうか。
私のお父さまと同じ位の年齢の方で、温厚なお人柄と、柔らかな雰囲気のデザインを得意とされている方です。
(確か……地方の伯爵家出身だって話でしたね)
貴族家出身だからということもあって、仕草にも品がありますし貴族たちが求めるものを熟知しておられるのでしょう。
それに加えて丁寧なお仕事をなさることもあって、老若男女を問わず人気なんですよね!
ちょっと攻めたデザインがいいとか、色っぽいのが……というのはまた別のデザイナーさんがいいかなとは思いますが、信頼に足るお人であることは間違いありません。
ちなみにですが、この方にドレスをフルオーダーしようと思ったら相当なお金がかかるということは付け加えておきましょう……。
今回だってそう時間がない中でフルオーダーを喜んで受けてくれるのは王女殿下というお立場かつ長いお付き合いでもあるプリメラさま相手だからこそ、ですね!
「今回も無理を申し上げるようで心苦しいですが……」
「いえいえ、こちらのレースは是非にでも王女殿下にお使いいただきたくとっておいた逸品ですので、こうして日の目を見ることができて大変嬉しゅうございます」
「まあ、そんな凄い品を……」
そんな凄い品を私がちょろっとでも使っていいんですかね……!?
変な汗が背筋を伝いましたよ!!
「王女宮筆頭さまも当日はドレスをお召しになるとのことですが、もうすでにどこかの店に注文を?」
「あ、いえ……不慣れなもので自分のことはつい後回しにしてしまいまして。お恥ずかしい話ですわ」
「でしたらば、もしよろしければわたくしの弟子のデザインを見ていただけませんでしょうか。お気に召さなければそれまででよろしゅうございます」
「え?」
アーロンさんの弟子である、ティモさん。
数年前から一緒に来ているので、私も顔を合わせているので勿論知っている方です。
どこかの商家出身とだけ伺ったことはありますが、照れ屋な青年でいつも真っ赤な顔で俯いてしまうのであまり言葉を交わした覚えはありませんが……ずっとアーロンさんの下で頑張っているという話は聞いていました。
「……私でよろしければ」
「ありがとうございます」
ティモさんも驚いているのか、アーロンさんを見つめていましたが、大慌てでお辞儀して部屋を出て行きました。
どうやらこれは予定外のことだったらしく、デザイン画を取りに戻ったようです。
「馬車に積んではあるのです。いつ誰に見せてもいいように持ち歩けと言ったんですが、さすがに王城で披露する機会はないだろうからと」
「そうなのですね」
まあねえ、今日は特に王女殿下のドレスのデザインについてだしねえ。
ティモさんがそう言うのも分かる気がします。
「……できれば、あの子のデザインを受け取ってあげてほしいのですよ」
「受け取る?」
「ご婚約の話は、私どもも伺っております。このようなことを申し上げるのは大変失礼とは思いますが、どうかここだけの話としてお聞きくださいませんでしょうか」
アーロンさんは深く頭を下げて、私にお願いをしてきました。
なんと、先ほど出て行ったティモさん……私に想いを寄せてくださっていたのだそうです。
えっ、全然気がつきませんでした……!!
「王女宮筆頭さまは私どもにも分け隔てなく優しく接してくださいますからね」
苦笑しながらアーロンさんが続けた言葉によると、数年前になんかお茶とお茶菓子を出した際の会話がティモさんの恋心にクリーンヒットしたんだとかなんとか……?
まるで覚えがないんですけども?
とりあえず、デザイナーとして一人前になった時、まだ私が独り身であるならチャンスがあるかも……? 程度の淡いものだそうです。
私は子爵令嬢ですし、平民との結婚も考えてもらえるのではと日々精進していたのだとか。
でも、つい最近アルダールと恋人になったと聞いた時には寝こんだそうです。
そして婚約に関しては国王陛下も祝福をしている……という話も聞いて、ティモさんは涙を流しつつ幸せを祈りに教会まで足を運んでくれたんだとか。
(そんなこと、今言われても……)
どうしろと。
どうしろと!?
「別にあの子の想いに言葉をかけてやってほしいですとか、そういったことはございません。ただ……いつか貴女に捧げたいと一生懸命に描いていたデザインが日の目も見ずに終わるのかと思うと、師として哀れに思ったのです」
「……そ、うです、か……」
「あの子の心のけじめにもなりましょうし、お二人のことを祝福する気持ちでデザインを描いていたことを知っている身としては放っておけず……」
「二人を、祝福……」
「さようです。バウム卿の礼服もデザインをしておりました。もう少し自信を持てるようになったなら、独り立ちをしても良い頃合いかと思っている次第でして」
アーロンさんがにこりと微笑みましたが、言葉に私はどう返事をするべきか悩んで結局何も言わずにお茶を飲み干して誤魔化しました。
実際、その後見せてもらったティモさんのデザイン画は、とても素敵なものでした。
私の好きな色や、アルダールが着たら素敵だろうなあというデザインにはあちこちアイデアが書き込まれていて……彼の思い入れを感じたのは確かです。
「……すぐにはお答えできないので、もしよろしければこのデザイン画を一旦お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
いつか私にドレスを作りたいと、仄かな恋心を抱いてくれていた見習いデザイナーさん。
そんな人がいたんだということに気がつかされて、なんだか動揺してしまいました。
あ、勿論顔には出しませんけども。
(デザインは素敵だった。レースも使うならそりゃあの服飾店がいいのは間違いない)
そもそもティモさんが私に恋心を抱いていたかどうかなんてのは真実かは不明ですからね!
あれはアーロンさんが単に話の一つとして……いやそれだったら最低な話になるからダメだな。
だけど恋心を勝手にバラすのもだめだな!?
言われなかったら気がつかなかったのは確かだけども!!
素敵なデザインと勝手に人の恋心を知ってしまった罪悪感がせめぎ合う中、ティモさんは何度か言葉を呑み込んで、意を決したように口を開きました。
「……でも、あの、もし」
「はい?」
「もし、もしもそのデザインをお気に召したのなら」
真っ赤な顔をした見習いさんは、それでも真っ直ぐに私を見つめました。
その目の真剣さに、思わず私も息を呑んでしまうほどに真っ直ぐな視線でした。
「どうか、作らせてください。心を込めて、縫います。間に合わせます。ですから……」
言葉を詰まらせる彼に、私は目を瞬かせるしかできません。
出て行く彼らを見送って、預かったデザイン帳と美しいレースを手に取るとため息が零れました。
「……アルダールに相談しなきゃ」
彼もお店に連絡を入れると言っていたから、こういうことは早めに相談した方がいいはずです。
でも、なんて相談したらいいんでしょうね?




