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あの後大慌てでアルダールを出迎えに行くと、彼はなんだか疲れているようでした。
今日はそんなにお仕事が忙しかったんでしょうか?
(特に何か王城であったとは聞いていないけれど……)
まあ近衛騎士は国王陛下直轄ですし、たとえ王族である王女殿下であろうとも近衛騎士隊で何が起きているのかなんて報告を受けることはありません。
わざわざ知らせる必要もありませんしね。
とはいえ、国王陛下が表立って動かす直属兵と考えると、彼らが慌ただしい事態というのは基本的にあってはならないことだと思っております。
陛下に対して不届き者がいたとか、そういうことですからね!
(怪我は……なさそうだし。訓練がキツかったのかしら?)
とりあえず着替えたら軽食をとりたいと言っていたので、マーニャさんにお願いして口当たりの軽いワインとサンドイッチを持ってきてもらってその日は就寝となりました。
翌日は私が朝から出仕でしたのでアルダールにはゆっくり休んでもらうことにして、王女宮で仕事をしつつカタログについて思いを馳せました。
いやあ、あの時は良い考えだと思ってたんですよ。
アルダールに相談して、なんだかんだ商会に押しつけちゃえば良いかなーって。
でも改めて冷静になっているとなかなかに期間もなければ丸投げ過ぎだなと気付きました。
冷静になるって大事です。
「ユリアさま、今よろしくて?」
「あらスカーレット、どうしたの?」
「プリメラさまのお部屋についてですが、そろそろ模様替えの季節かと思いますの」
「ああ、そうねえ……今年はプリメラさまも公務などを経ていろいろと嗜好が変わるでしょうし」
「そうですわ。わたくしもそうでしたけれど、大人びた寝具や家具があると誇らしかったものですわ!」
「あら」
ふふんと胸を張るスカーレットですが、彼女の家は兄弟姉妹が多いですからお下がりも多かったでしょうに。
けれど逆に兄弟姉妹が多かったからこそ、兄と姉の持ち物に憧れるというのもよく聞く話です。
「家具はさすがに替えるのには時間がかかるでしょうし、あの部屋にあるものはそう子供じみたものではないから……壁紙もまだいいかしら。絨毯や寝具を替えてみるのはどう?」
「そうですわね。それから新しくこれまでとは趣の違うティーセットなどを準備して、今お使いのものと交互に使ってみるのはいかがでしょうか」
「そうね、それがいいわ」
そういえば夏向けのリネン類に新しく出た素材のサンプルが近日届くんでしたね。
メイナと一緒に確認してみるのもいいかもしれません。
貴族としての視点はやはりスカーレットの方に一日の長がありますが、メイナは元々それなりに大きな旅亭の娘さんとしてそちらの知識が豊富なのです。
生地としては高級でも寝具として使った際に心地よいかどうかはまた別物ですからね!
とはいえ、これからの夏を心地よくお過ごしいただくためにも新素材が優れたものであることを願うばかりですが……。
「それと、ドレスの流行について変化はあるかしら?」
「今のところはございませんわ。やはり夏の誕生パーティーの際はベーシックにするのが良いのではないでしょうか」
「そうね……」
今回はただの誕生パーティーというわけではなく、婚約発表を兼ねているものですからね。
ドレス類に関しては指定こそされませんでしたが、やはり今回は特別ですからね……。
いえ! プリメラさまの誕生日ですから!
毎年毎年が特別なんですけども!!
「可愛らしさよりも今年は清楚なイメージ強めのドレスがいいかしら……近いうちにデザイナーを呼んでパターンを書き起こしてもらう予定ではあるのだけれど、これまでとは違うデザインもお願いした方が良いわよね」
「その方がいいと思いますわ! プリメラさまはどのドレスもきっとお似合いでしょうけれど、婚約発表の場ですから……やはり華やかであるべきと思いますけれど」
「そうね……」
どうせだったらもう発表なのですし、ディーン・デインさまの目の色をふんだんに取り入れたドレスにしてもらって差し色には白で清楚感を足してもらうのはどうでしょう。
そうなるとアクセサリー類を青で統一するのは少しやりすぎになるでしょうから、そこはパールなどを用いるのが良いかもしれません。
プリメラさまのあの金の御髪にパールと花を飾ったらとても美しいことでしょう。
ううーん、滾るわあ!!
「プリメラさまにもそのようにお話ししておきます」
「……ユリアさまはいかがなさいますの?」
「私は……そうねえ。近々ブティックに行こうとは話しているのだけれど」
「間に合いますの? 結婚式の準備も慌ただしいのでしょう?」
「それはそうなのだけれど」
そうも言っていられないのが勤め人の辛いところです。
その日は私は侍女としてではなく、来賓の一人という扱いになるんですよね。
本来ならば筆頭侍女ですし、専属侍女なのですからそうもいかないんですが……昨年も事情があって侍女としては参加しなかったわけですし。
しかしながら今年も事情が事情です。
婚約発表の場でお相手であるディーン・デインさまの兄であるアルダールとその婚約者がパーティーに参加していた方が貴族的には正しいのですから難しいところ!
陛下の名指しの婚約じゃなかったら微妙なところですが。
「ドレスそのものはどちらにしてもブティックに相談するつもりですし、すでにその方向で話を通してもらっているから安心して頂戴」
「それなら一安心ですわ!」
「スカーレットは当日、ご両親やご家族に挨拶に行くのよね。都合の良さそうな時間に抜けられるようセバスチャンさんには話してあるから、遠慮なく言ってね?」
「お心遣いありがとうございます。けれどわたくしはこの王女宮の侍女ですもの。お父さまたちも職務に励むわたくしを誇りに思いこそすれ、挨拶が遅れた程度でとやかく言ったりなどしないはずですわ!」
「素敵なご両親ね」
「……でも、もしうちの両親を見かけたらユリアさまもお声をかけてはくださいませんでしょうか」
「え?」
「その……両親は、ユリアさまにお礼を申し上げたいとずぅっと言っているものですから」
照れくさそうに髪を弄る仕草は、変わりません。
問題児扱いされていたスカーレットがすっかり淑女になり、勤め人として誇りを持ち、むしろ楽しそうに職務に励む姿を見てピジョット侯爵夫妻はさぞやお喜びになったに違いありません。
当時は最悪侍女をクビにしてくれてもいい……みたいなことまで統括侍女さまとお約束なさっていたようですし、それを思えば今はまるで別人のようですものね。
「……ええ、ご両親にも是非ともご挨拶させていただきたいと伝えてくださるかしら。どうしても私の立場ではこちらから話しかけるわけにはいかないから」
「わかりましたわ! あ、でもうちの兄は無視してよろしくてよ!」
「そうはいかないでしょう……」
いったいスカーレットとお兄さまの間では何があったんだ……?
前も婚約の顔合わせの時に足を蹴っ飛ばしたとか言っていたし……ああ、でもあれはポンコツだったからってことだけれど。
あくまでスカーレットの意見ですが。
(それにしても、これまでピジョット家の方々とそういえばご挨拶をしていなかっただなんて)
ピジョット家はあまり金銭的に余裕もないのであまり社交の場には顔を見せないと言う話は聞いたことがありますので、そのせいかと思っていましたが……ようやくご令嬢をお預かりする身としてきちんと挨拶ができるのですね!
これは気合いを入れなければ……!!
5/8にコミックス版「転生しまして、現在は侍女でございます。」の8巻が発売となります!
新年祭のあまーい二人を、是非コミックスでもお楽しみいただければ幸いです(*´∀`)




