558
「……というわけで」
移動中の馬車の中でアルダールにおおよそのことを説明すれば、アルダールはなるほどと笑ってくれました。
以前から婚約式まで済ませた後にナシャンダ侯爵さまのところに個人的に挨拶に行こうと約束していた件をようやく果たせるわけですが、公務も追加で申し訳なく思っております!!
「……私は侍女たちのすることを今一つ把握できていないんだけど、そういう交渉事までやるものなのかい?」
「ああ、いえそうじゃなくて……」
アルダールの疑問は尤もです。
基本的には王族のパーティーやそのほか行事には予算や場所に決まりごとがありますので、当然ながらそれ専門の部署があるのです。
なので基本的に私たち王族付きの侍女がすべきことは公務対象の王族からの希望をとりまとめ、具体的に何がどの程度必要なのか、そういったことを書類として提出し認可を貰ってあちらの部署が買い付け、そして届けられるって感じですね。
プリメラさまのドレスに関しては王女宮の予算内に公務用のドレスなども含まれていますので、それはまた別の話です。
これに関してはかつてもっと王族が多くいらっしゃった数世代まで前に遡った頃に制定された決まりごと。
なんでもかんでも公費にしてやりたい放題『これも社交よ、外交よ!』ってな感じでパーティー開きまくった王族が過去にいたそうなんですよね。
今でこそ笑い話ですが、当時は国庫が大変だったらしいですよ!
それ以来、パーティーに関連したことについては王族であろうとも決まりに従うことになっているのです……。
まああまり声を大にして語り継ぐような内容でもないので、関係者ぐらいしか詳しくは知らない話ですからね。
「ある程度は希望を通してくれることはわかっているんだけど、それでも具体的にどこの誰が手助けしてくれるとか予算とかが前もってわかっていると通しやすいのよ」
「なるほど……」
「これまでも無茶をお願いしたことはないし、会場も候補はいくつかもうすでに連絡をもらっているけれどプリメラさまもそれで構わないって仰っているし……ナシャンダ侯爵さまもご協力いただけるとあれば、あちらの部署も動きやすいでしょう?」
最初からある程度相談した上でナシャンダ侯爵さまが了承してくださったなら、私がそれを部署に伝えている間に準備もしてもらえるのでやりとりがよりスムーズになるってものなのだ。
いろいろと大人の都合があるんですよ、いろいろとね……!!
「会場を薔薇で飾るという案自体はそう難しい話ではないから、それそのものは通るはずだしね」
「そうだね、規模が違うけれど」
さすがにプリメラさまのアクセサリーはディーン・デインさまの贈り物の……というわけにもいかないので、ドレスに合わせて新調する予定です。
何せ婚約発表の場ですからね!
いつも以上に可愛らしい姿を見せてくれることを期待しているって陛下が仰っていたそうなんですよ! なんで圧をかけてくるんですかね、あの御方……。
いや、プリメラさまを誰よりも愛らしく着飾っていただけるよう当然尽力いたしますけどもォ!!
だってそれが仕事ですし何より私がプリメラさまを着飾らせたい……!!
うちのプリメラさまの綺麗さを! 可愛さを! 大天使っぷりを!
世間に見せつけてやりたいんですよ……!!
「……気合いたっぷりのところ悪いんだけど、ユリアはドレスを決めたのかい。そろそろ注文しておきたいんだけどな」
「ふぐぅ!」
そうでした、アルダールに今年はドレスをプレゼントするからどんなデザインがいいか聞かれていたんでした!
婚約者なんだからドレスやアクセサリーを贈るのは当然だよってこの紳士ィ!
いえ貴族令嬢としてはよくある話なんですが、私には今までそういうお相手がいませんでしたからね……どうする? 何が正解なのかしら? って思ったら考えがまとまらなくなっちゃった結果『もうちょっと待って!』になったわけでそのままプリメラさまの婚約発表情報にテンション上がっちゃって忘れてたなんていえ忘れておりません後回しにしていました何も言い訳にならないな!
私もアルダールの婚約者としての自覚がありますので、パーティーに貴族令嬢として参加するのはもう覚悟を決めております。
ただまあ、そのためにドレスを新調するのもやっぱり勿体ないなと心のどこかで思っちゃったりする程度には自分に縁のない話扱いしていたんだよなあ……と反省しっぱなし!
今後はこの考え方も少しずつ矯正していかなくては……。
毎度毎度新しいものをオーダーメイドするのはさすがにやり過ぎですが、社交界にちょくちょく顔を出さなくちゃいけないことを考えると毎回同じドレスって訳にはいきませんから。
お義母さまから聞いた話によると、下位貴族家の集まりはどちらかというと国の行事みたいなものでなければドレスを新調するよりは手を加えたりすることの方が多いっていうか、お茶会がメインだって言っていたような。
「……とりあえず、色はアルダールの目の色がいいかと思って」
「うん」
「でもアクセサリーはどうしようかな……あまり派手なものにはしたくないの。ほら……その、私は年齢が年齢だし。指輪だけってわけにはいかないから、ささやかなものにしようかなって」
「ならそれなりにドレスを華やかなものにした方がいいんじゃないかな。婚約しているとはいえ、まだユリアは未婚の令嬢だから……あまり既婚者のように落ち着いたデザインを選ぶとお節介な人たちに何か言われる可能性も出てくるだろう?」
「ああ……」
そうなんですよねえ。
服装には流行り廃りがあるものの、基本的にわかりやすく『未婚女性は華やか』『既婚女性は落ち着いている』デザインが喜ばれます。
いずれにしても露出は控えめなのが主流ですかね!
(その代わりに体のラインに沿ったデザインなんかも三、四年前に流行ったっけ)
派手な色彩の布にスタイルを見せつけるかのようなデザインで、色っぽさを演出! みたいな感じの宣伝を見ましたよ。ええ。
あの時は『すごいなあ……』って思いましたが、その頃はまだプリメラさまも社交界に足を運ばれることもなく、さすがに王家が参加するような公式行事の場ではそこまでド派手な装いの方もいらっしゃいませんでしたから。
ええ、TPOって大事ですからね!!
正直な気持ちを言えばお針子のおばあちゃんを頼りたい気持ちもあるのですが、やはり二人揃って出る王家も参加する公式行事……婚約者が贈ってくれると言うんですもの、ここはお言葉に甘えちゃいましょう。
(でもお任せってするのは良くないってお義母さまも仰ってた)
前世でも会社の先輩が『彼氏にお任せで服プレゼントして貰ったら激ダサだったんだよね~ありえないわ~!』って笑ってたのをうっすらぼんやり覚えています!
それとは別にアルダールのセンスは信じてますし、彼は私の好みも把握しているのできっと大丈夫だとは思いますが……やはり、うん、最低限ね?
せっかく聞いてくれてくれて、しかも待たせておいて『やっぱりお任せで☆』は無責任だと思うからね……!?
「あ。でも採寸とかは……」
「ああ、ほら。新年祭の時に行ったブティック、あそこに頼むつもりでもう予約自体はしてあるんだ。特にサイズが大きく変わっていないなら、微調整を残して作り始めるって言ってくれていた」
アルダールに笑顔でそう言われて、私はつくづく思うのです。
私って私生活だとポンコツだな……と!




