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書籍11巻、3/12発売です!
10巻で行った人気投票の結果発表もありますのでお楽しみに!!
デビュー前の少女と同じだと言われ、挙げ句に領地で勉強し直してこいとこのメンツの中で言われる……かなりな話ですよ、これは。
いえ、社交界に出入りするなって言われたわけじゃないですからね。
でも遠回しに言われたも同然ではあるんですけど……。
柔らかい口調ではっきりと言った王妃さまの口元は扇子で隠されているためによくわかりません。
ただ……事前に後宮筆頭とスカーレットから聞いていた情報によれば、侯爵夫人との友情の中で夫人が令嬢を連れて訪れることもあった、とありましたから……大事な友人の娘に、そういう厳しいお言葉を向けなければならなかった王妃さまのお心を考えると、少しだけ残念な気持ちになりました。
王妃さまは、ご自身の立場でお招きした客人たちを前に毅然とした態度を貫いた、淑女として正しい振る舞いをなさったわけです。
(これがもしも『王妃のお茶会』でなく、個人的な……そう、ごくごく個人的な、友人との語らいの一幕であったなら、笑って注意して済ませられる話だったに違いなかったでしょうに!)
病気がちで社交界から遠ざかっていたという侯爵夫人が病を回復したことを機に、こうして王妃さまが直々に茶会に招いたことで復帰しやすくなるようお心遣いをしてくださったこと、イメルダ嬢はきちんと理解していたのでしょうか?
カッとなってやった……だったら、それはそれでやはり幼いとしか言いようのない振る舞いでしょう。
出てしまった言葉は戻らないのと同様に、やってしまったことは取り返しがつかないことです。
厳しいお言葉で出入りを禁じられたわけではなく『縁があれば』と言われただけマシと考えてこの場を去るのが一番傷も少ない気もしますが……イメルダ嬢は自分が何を言われたのか理解したらしくブルブルと震えていました。
(まさかと思うけれど、自分が王妃さまのお気に入りだと思っていたのかしら?)
私がプリメラさまのお気に入りだということに対抗心を燃やして?
いやいや、さすがにそれは考えすぎかと私は思いましたが、まあ現段階で侍女としてこの場に立つ私に何ができるわけでなし、背景の一部となるべく気配を消してただただそこにいるばかり。
(プリメラさまはどうなさるんだろう)
まあ、どうするも何も……王妃さまが仰ったことを覆すなんてできないんですけども。
場の空気はすっかり冷え切ってしまったし他のお客さま方の今にも帰りたそうなこの雰囲気ときたら!
「紅茶がすっかり冷めてしまった」
王妃さまのお声が静かな場に響きました。
実際には特別大きなお声でもなかったですし、響くような場でもなかったんですが……しんと静まりかえっていたせいで、そう聞こえたのかもしれません。
とにかく、王妃さまのそのお言葉は、この茶会の終わりを示す言葉だったのでしょう。
後宮筆頭がゆっくりと頭を下げるのが見えます。
「王妃さま、よろしいでしょうか」
そんな中でプリメラさまが、お声を発しました。
穏やかで、朗らかに。
「何かな、プリメラ姫」
「もし王妃さまが侯爵夫人と特別お約束がないようでしたら、後日ロレンシオ侯爵夫人とご令嬢をお茶にお招きしてもよろしいでしょうか?」
「……夫人と令嬢が良いと言えば構わない。わたくしに遠慮する必要はありませんよ」
「ありがとうございます」
プリメラさまがお二人をお招きしたい、と。
ふーむ、どういうお考えかはまだわかりませんが、これでロレンシオ侯爵家は社交界で皮一枚繋がっていたところに補強材が一つ加わったってところですかね。
言い方は悪いですが、プリメラさまに気に入られれば社交界の花と呼ばれるビアンカさまや、もしかすれば王太后さま、あるいはそれこそバウム家繋がりでアリッサさまと親しくなる機会も得られるかもしれないわけですよ。
あくまでプリメラさまが〝仲良くしている令嬢〟という枠にイメルダ嬢が入ったら、の話ですけど。
ただその可能性が生まれたということで、ロレンシオ侯爵家が社交界で後ろ指をさされることはほんの少し……本っ当に少しだけですが、減った気がします。
(後はこの場にいる夫人方が夫君や周囲の方々に今日あった出来事を話すかで噂の広まり方も変わるでしょうけど)
かつてアルダールが言っていたように、噂は噂。
それに踊らされたらそれまでだ……と今の私ならそうだよなと思えるようになりました。
っていうかそんなところに私も飛び込まなきゃいけないとか国王陛下ギルティ。
そんなこと口に出した日には不敬罪ですので勿論何も言いませんけども。
「ロレンシオ侯爵家は古今東西の書を集める学者を多く輩出するお家柄と聞いています。夫人も大層博学だとか! それにご令嬢であるイメルダさまも留学なさっておいでだったでしょう? わたし、一度お話を伺ってみたかったんです」
無邪気にそう仰るプリメラさま。
おそらくあれはあえて無邪気な姫の顔を見せておられるのでしょう。
王妃さまはともかく、他の夫人たちからすれば無邪気な姫君がご自身の興味から王妃の言葉の裏を深く考えずにお願い事をしたように見えることでしょう。
まあ、どこまで夫人たちが読んでいるかはわかりませんが……。
(プリメラさまは、ロレンシオ侯爵夫人を助けたかったのかしら)
そこについてはお考えを後で聞かないとわかりませんが、私はいつでもお茶会の準備をしてみせますとも!
改めてロレンシオ侯爵夫人たちの好みを見直し、本日戻り次第下準備に取りかかることにいたしましょう。
「では、今日はみなよく集まってくれた。また近いうちに会えることを楽しみにしています」
王妃さまは扇子を閉じてゆったりと微笑み、全員を見渡しその場を後にしました。
そして立ち上がったのを見て、全員が立ち上がり深くお辞儀をし見送る……王妃さまのお茶会が、終わったのです。
当然、王族として次に出るのはプリメラさまですので、私たちもそれに続きます。
「それではロレンシオ夫人、近いうちにお誘いのお手紙を送らせていただきますね。是非来てくださると嬉しいわ! 勿論、ご令嬢も一緒に来てくださいね」
「……ありがとうございます、王女殿下……!」
「来てくださるのを楽しみにしているわ」
救いの言葉だとロレンシオ夫人は思ったのでしょう。
本当にほっとした様子でプリメラさまの言葉にうっすらと涙まで浮かべている姿を見ると、育児って大変なんだなあと私は思ってしまいました。
プリメラさまが大天使過ぎて育児の苦労なんてあまり考えたことはありませんでしたが、やはり思春期……思春期のご令嬢って難しいのね……!!
そう考えたら私もきっとお義母さまにとって扱いづらい娘だったと思いますので、将来大丈夫かなあと自分とそっくりな子供を思い浮かべてみましたが想像できませんでした。
どうかアルダールに似てくれることを願うばかり……いやそれもなんかどこか拗らせてそうだな?
うーん、私たち二人ともちゃんと子育てできるだろうか。
(セバスチャンさんもいるしなんとかなるか!)
そもそも気が早い考えでした。
ちらりと視線を向ければ、ぎゅうっとスカートを握りしめるイメルダ嬢の姿。
あれがなんだか、小さい頃に癇癪を起こしていたプリメラさまや、どうしていいかわからず貴族令嬢であることだけが誇りだったスカーレットを彷彿とさせて……彼女もまた前に進めたらいいなと私は思うばかり。
「ごめんね、ユリア、ライアン。勝手に決めてしまって」
王女宮に戻る回廊の途中でプリメラさまが困ったように笑うので、私たちはなんでもないと答えるだけだ。
「王妃さまはお立場上、ああするしかなかったのだろうけれど……わたしはまだ子供だから、もう少し違う形で王妃さまのためにできることがあるんじゃないかなと思うの。出しゃばりだって思われるかもしれないけど……でも、ロレンシオ夫人たちを歓待するのに、二人も協力してくれる?」
「勿論です、プリメラさま」
「ご随意に」
くるりと私たちを振り返ったプリメラさまがにっこり嬉しそうに笑ったのを見て、本当にうちのプリメラさま大天使!
私は改めてそう思って心の中でガッツポーズをするのでした。