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そしてお迎えしたお師匠さま。
見ためは鋭い目つきをした初老の男性ですが、口元に笑みを湛えているからかそこまで怖さはなく……いえ、なんとなく不遜な表情というんでしょうか?
でもそれが似合っていてなるほどこれがちょい悪親父……なんて前世の古い言葉が出てきてしまいました。
オーグとお師匠さまは名乗られましたが、偽名だそうです。
ご本人が朗らかにそう仰ったので。
「いやあ、本名は好きじゃなくてなア。今はオーグと名乗ってる。だからそう呼んでくれたらありがたい」
「そ、そうなんですね」
「アルダールのやつは知っているが、教えるなよ? あるだろ、そういうのってさ」
「……そういうものかもしれません」
前世でもいたなあ、同級生で『もっとおしゃれな名前が良かった!』とか『もっと落ち着いた名前が良かった!』とか言う子。
私は……私は、どんな名前だっけ?
まあそのあたりについては思い出せませんが、特に可もなく不可もなしって感じだったと思います。
なんたって私ですからね!
それはともかくとして、オーグさまからの荷物は我が家には入りきらないので事前に借りておいた貸倉庫の方に運び込ませていただきました。
「竜の肉は毒抜きをして寝かす必要があるからな。結婚式の頃にちょうどいいくらいだろう。早めろとか言ってくる連中にはとっておきのメニューを出す必要があるからと言い返すいい理由になるだろう?」
おお……なんたる気遣い!
ただの酒好きのオッサンだって散々聞いていましたが、なかなかどうして立派な紳士だと私は思いますよ。
紳士というのは立ち居振る舞い、言葉遣いなどもあるとは思いますが私は心意気だと思っておりますので。
下町にもたくさんの紳士がいらっしゃいますもの。
主にジェンダ商会の商会長さんとか!
言葉遣いや身分だけの偽紳士とはワケが違うってんですのよ。
「いやあアルダールのヤツがしっかり者のカミさんをもらうってんで張り切っちまってなあ。すまんすまん! まあなんにせよ役に立つから喜んでもらってくれ」
「……はあ、まったく。ありがたく受け取らせていただきます、師匠」
「溜め息とは失礼だな。これでも女嫌いになっちまった弟子のことを心配していたんだぞ?」
「別に女嫌いってわけじゃ……!」
ムッとした様子のアルダールがまた珍しくて私は二人のやりとりを見ていたわけですが、オーグさまはニヤニヤとアルダールの反応を楽しんでいるようです。
そしてふいっと視線を私に向けて、にやりと人の悪い笑みを浮かべました。
「当時、おれの馴染みのオンナがバウム領にいてな。そこに普段は入り浸ってたんで、剣術の指南を受ける時間におれがこねえとアルダールのヤツが迎えに来てくれたんだよ。でなあ、馴染みのオンナってのはまあ、娼館の女だったから他の娼婦たちに随分と可愛がられちまったみたいでな」
「師匠!」
「おっと、勿論その時は綺麗な体のまま家に帰らせてやったぜ? さすがにバウム伯爵におれが叱られっちまうからなあ」
ただそれがあってあんまり商売女性たちに対してもアルダールは苦手意識が芽生えたんじゃないかってオーグさまは仰いました。
そしてその後、例のお見合い事件(?)があって、城に上がってからは優良物件扱いされて……ってそう思うとアルダール、随分と不憫ね……?
(それを上手いこと遊ぶ方向に持って行くような性格じゃなかったのが余計にストレスだったんだろうなあ)
まあそこで遊ぶ方向に行っちゃってたら私とは縁がなかったと思いますので、結局のところ収まるべくして収まったと思っておきましょう!
「だからアンタみたいにうちのこの面倒くさい弟子を引き受けてくれる度量のある子が嫁さんになってくれて、おれも師匠として心から祝福してるんだぜ」
「まあ」
「聞くところによるとあちこちから面倒ごとを片付けるのもあって、体よく爵位を押しつけられたみてえだが……ま、アルダールなら何とでも扱えるだろ」
「……努力いたします」
「ああ。お前が努力するってンなら大丈夫だ」
ニッと笑うオーグさまの笑みは優しいものです。
なんだかんだ、やっぱりオーグさまにとってアルダールは特別な弟子なのかもしれませんね。
(バウム伯爵家で出会った頃のアルダールってそういえばやんちゃな頃だったんだっけ)
アリッサさまにも反抗期だった頃の話は少しだけ、本当にすこーしだけね? 教えてもらいましたけど……それでもどちらかというとあれはなるべく顔を合わせないように努力していたって感じなので、やんちゃだった頃の話も聞きたいなあ、なんて……。
そんな思いがどうしても出ちゃって、アルダールと軽い口調でやりとりをしているオーグさまを見ているとまたもやにやりと笑われてしまいました。
うっ、お見通しですかそうですか!
「今じゃあこんな図体になったが、おれとアルダールが出会ったのはこいつがこーんな小さい頃で」
「そんな小さいわけないでしょう」
人差し指と親指で、まるで小さいものを計るかのような仕草をしてみせるオーグさまにアルダールも呆れた様子です。
「剣の筋は最初から良かった。生意気に突っかかってくることも、剣聖だからって憧れの眼差しを向けてこねえところも良かった。だが何よりも、隙を突こうとしてくるところが気に入ってなあ」
「隙を突こうと、ですか?」
「おうよ。寝ているところに罠を仕掛けてくる、剣の稽古だってのに蹴りだけじゃなく石を投げてくるなんて当たり前だった」
「ええ……!?」
今の品行方正なアルダールからは想像できませんね!?
オーグさまの言葉に口元をへの字に曲げるアルダールもレアなんですけども!!
「あれは初日からかかってこいと言いながら剣を合わせることもなく投げ飛ばして『剣術ってのは剣だけじゃなくて体術も使ってこそだぞ』って言われたからですよ」
「そうだったか?」
しれっととぼけるオーグさまですが、なんていうんでしょう、剣の道やら騎士道やらまるでわからない私でもわかります。
それって多分、ものすごく言い方はあれですが随分と実践的な戦い方だったのでは……?
普通の貴族の子息が学ぶ〝剣術〟だとやはりまずは剣の持ち方、構え、振り方……そういうところから学ぶはずです。
メレクがそうでしたからね!
実際に剣の道に進まなくとも護身術に繋がれば御の字って程度に、乗馬と並んで必須な教養扱いってところでしょう。
だからアルダールにいくら才能があるとはいえ、初日からそれは型破りだなあと私にもわかるわけですが……いやあ、それに食らいついていったからこそ才能ありなのかなあとも思いましたね!
寝所に罠を仕掛けるのはちょっと違うかなとは思いますけど!!
(……もしかして、私たちに子どもが生まれたらアルダール、そうやって教えるのかしら……)
それはちょっと……。
思わず心配になってアルダールを見ましたが、彼は少しバツが悪そうな顔をしつつ私を見て至極真面目な表情を浮かべました。
「ユリア、何を考えているかわからないけどそれはきっと違うから」
「そ、そう?」
「はははっ、すっかり嫁さんに骨抜きだなあ!」
楽しげなオーグさまは、その後もアルダールの失敗談ややんちゃだった頃を面白おかしく聞かせてくださって、とても楽しい時間でした!




