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自分を磨くことは人間として常に大切なこと……とは申しますが、結婚を控えた女性というものは特にそれを求められがちとも思います。
まあ人生にそう何回あるかもわからないことですからね、それはよぉーっくわかっておりますとも。
しかしながらなんでしょう。
私の婚約が決定してからというもの、勿論祝福のお言葉を方々からいただくことはよくあることとして、何故だか他の筆頭侍女たちがあれやこれやと世話を焼いてくださるようになったと言いますか……。
(なんだろう、実家のお母さんが増殖したようなこの気持ち……!!)
自分でそう考えてから言い得て妙だなと思わず自画自賛したくなりました。
だってやれ健康に良さそうな食物をちゃんと摂れ、睡眠は大事だ、仕事は残業しないようにしろ、必要なら部下を幾人か回せるよう統括侍女さまに相談する、ドレスは今この型が流行だが来年辺りはきっとこちらのデザインになる兆候が……だなんて!
私たち王宮の侍女は業務の中に、主人を磨き上げる・流行遅れにならないよう気を遣うなどそういったことにも精通しているべきとされておりますが、全員が全員そうではありません。
しかしながら筆頭侍女ともなると、私よりも経験豊富な彼女たちは古今東西あれこれで、それぞれに得意分野が違うのです。
なんて奇跡。
しかしながらそれを私に発揮しないでもいいんです、切実に!!
「この際だから貴女にはマッサージの体感をしていただきます!」
「……お手柔らかにお願いします、後宮筆頭……」
「いずれは王女殿下にも必要になりますからね、よくよく覚えておくといいわ。今は足のマッサージ程度でしょう?」
「ええ」
後宮を預かる側の侍女はドレスアップして外交に勤しむ王妃さまや側室の方々の美容を常々輝く状態に保つため、美容系の技術を学ぶのだそうです。
これは配属されてある程度固定勤務が確定してから教えられるそうなので、幼い私がプリメラさまと後宮で過ごしていた頃に学んでいなかった理由はそういうことだったんですね……。
「それなりに長い時間の茶会ともなるとコルセットやハイヒール、それから髪型や装飾品の違いによっても体の疲労度が違って浮腫みやすくなったり美しい姿勢を保つのが辛いことも増えるわ。勿論、結婚式なんて特に大事な場面では一番美しく見せたいでしょう」
「それは、はい」
「この際痛くなくて効果のあるマッサージを王女宮の三人にはしっかり覚えてもらいます。良いですね、貴女たち!」
「はい!」
「はいですわ!!」
「はい……」
後宮筆頭の気合いの入りようにつられるように気合いを入れるメイナとスカーレット、そして実験台の私。
美の道は一日にしてならずと後宮筆頭に強く言われましたが、これもいつかはプリメラさまのお役に立つスキルなのだとごりごりマッサージされるのでした。
元々プリメラさまの成長に伴い、私たちにこのマッサージは伝授する予定だったそうなので前倒しなんだそうです。
あっ、ちなみにすごい肩が痛かった!
首と肩は前世からの永遠の凝り友ですね! 最悪だな!!
とまあこんな感じで他の筆頭侍女たちからもいろいろと伝授していただきました。
とてもありがたいことですよね……!!
そんな感じでプリメラさまのためにスキルアップをし続ける私たちですが、とうとう脳筋公爵のところから連絡が来ました。
お師匠様がどこで何を狩っているか探ってもらっていたわけですが、狩って戻ってきたそうです! 意味ない!!
いや意味はあるのか?
とにかく、情報によると聞いたこともないようなモンスター名が並んでいました。
アルダールも忙しいらしくて手紙でそのことを教えてもらったので、わからないところはおとなしくメッタボンに尋ねたわけですが……。
簡単に言うと豊かな国の王族が好んで食べるという、お肉がとっても美味しい牛に似た巨大なモンスターが数頭。
牙や鱗がすごく硬くて鎧やブーツの材料に最適な蛇系モンスターが一匹。
それから見るも鮮やかな羽を持つ鳥系モンスターが一匹。
そして驚くべきことに小型のドラゴンが一匹、だそうです。
ちなみに小型と言ってもあくまでドラゴンの中で、なので……『やべぇ大きさだぞ』とメッタボンがとても朗らかな笑顔でサムズアップしてました。
それどういう意味のサムズアップ?
とりあえずお師匠様もいろいろ考えておいでだったようで、脳筋公爵に一枚噛めという言い方で解体や配送の助力を願い出てくれたようなので一安心!
(問題はそれをいただいた後の話よね)
ドラゴンって何に使えばいいんだよ!? って話ですよ。
いやその血が万病に効くとか骨や皮は鎧にだとか、いっそのこと剥製にして贈るのも……なんて頭の中を駆け巡りましたが王家に差し出すならやはり素材そのままの方が良さそうな気がしてきました。
うん、下手に手を加えるよりよさそうです……。
アルダールの名前で陛下と王太子殿下宛の献上品とすれば周囲の貴族も納得してくれることでしょう!
(……多分、鳥系モンスターの羽は私のドレスとかに使うつもりでセレッセ領の工房いくつかに打診をしてもらえるようキース様にお願いしたらよさそうだし)
それに伴う宝石類を公爵家を経由してシャグランから購入すればそちらも面目が立ちそうな気がしてきました!
お肉は……お肉はもう大盤振る舞いで婚約式で食べた上で友人知人にお配りするようにすればいいんじゃないかなもう!!
(前世でも結婚式ってのは準備が大変とは聞きましたけど、これまだ婚約式なんだよなあ!)
とりあえずお師匠様は婚約式に参加するつもりはなく、一旦挨拶だけしたいとアルダールに手紙を寄越したんだそうです。
遠慮してくれたっていうよりは面倒事を避けたいって感じですかね?
結婚式には呼んでほしいそうなので、まあうちに挨拶に来てお酒飲んで解散! って感じでしょうか。
そのくらいがいいんですよ、なんでしょう遠縁のおじさんが遊びに来てくれるみたいな雰囲気……いやどうなんだろう、アルダール的には。
とりあえずお礼の美味しいお酒についてはすでに注文済みですので、そちらについては問題ありません。
「まあこれで婚約式の目処が立ったんだから、十分よね!」
お師匠様が来る日程もおおよそわかったことですし、その日は腕によりをかけてお酒のおつまみを……メッタボンにメニュー作成は頼みたいと思います!!
一応マーニャさんと私で作るつもりではありますが、お酒を好む方用のおつまみとなるとやはりね、料理人である彼に頼った方が早そうですからね。
私は飲み過ぎないようにしないといけません!
つられて呑んで二日酔い、だなんて笑えません!!
「……当代の剣聖が来るって知れたら、やっぱり勧誘だの手合わせ希望者だのが来るのかしら……?」
ぽつりと思わずそう零すと、近くにいたセバスチャンさんがきょとりとしてから微笑みました。
あっ、その笑顔、見たことあります。
「それは当然でしょうなあ!」
良い笑顔ですよね! 知ってる!!
対岸の火事的な楽しみなのか、私を応援する笑顔なのか……。
「……どうせだったらメッタボンに来てもらえないかしら」
「いいですなあ、露払いも頼めばよろしい」
「さすがにそれは」
「ほっほっ」
爽やか笑顔を浮かべるセバスチャンさんですが、冗談、ですよね?
その笑顔が冗談なのか本気なのかわかりづらいっていうか読ませないんだよなあ、いくつになっても!!
あくまでメッタボンは!
料理人枠ですからね!?




