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とりあえず、婚約式はアルダールのお師匠さまの動向がはっきりしてから……ということに落ち着きました。
大体これまでの行動を考えると、狩りに出たら割と早めに帰ってくるらしいのです。
私はよくわかりませんが……今度そのあたりについてはメッタボンに詳しく聞いてみようかなと思っております。
(多分騎士であるアルダールや脳筋公爵よりも、メッタボンみたいな冒険者よりの人だと思うのよね……)
別に冒険者が酒と女好きとかそういう偏見を持っているって意味じゃなくてね!
冒険者たちが己の身一つで稼ぐ代わりに自由気ままに生きているように、お師匠さまはその剣で傭兵のように身を立てているってことでしょう。
結婚するだけが人生ではないと思いますし、宮仕えだって人によっては窮屈極まりないという考えの方がいても私は自由だと思います。
要するに、合う・合わないってものですよね。
話を聞く限り、お師匠さまは非常に自由気ままな方で、その剣の腕によって一目置かれることでその態度が許される……って感じですからきっと私たちのところにお祝いに来ても堅苦しいことなんて求めておられないことでしょう。
美人のお酌というのは少々難しいですが、代わりに美味しいご飯とお酒、それからふかふかのベッドでおもてなしできるようにだけ心がけたいところ。
(となればお酒飲みの方が好むおつまみを用意した方が喜ばれるってことでしょ?)
でも前世でもチョコレートがいい、チーズが、サラミが、塩辛が……って人の好みは千差万別、これだ! ってのはありません。
アルダールにも聞いてみましたが、何でもよく食べていたという答えだったのであてにならないっていうか……まあ彼がお師匠さまと過ごしたのは少年時代ですものね。
そのくらいの年齢の子どもをお使いに出すだけならいざ知らず、お酒の好みやおつまみを把握するほどだったら逆にびっくりですよ……。
「というわけで、どう思う? メッタボン」
「そうですなあ」
私の問いかけにメッタボンは顎に手を当てました。
呆れたというよりは何かを思い出そうとしているようです。
「酒飲みの剣聖ってぇのは俺も以前冒険者時代、よく耳にしちゃいたんです。実際にお目にかかったことはねえんですが……酒場の女たちがよく話題にしてたんで」
「あら、有名な方だったんですねえ」
「どうも金払いが良かったようで、どこの酒場でも人気だったようです。結構あちこち出歩いちゃ金をバラまいて飲み歩き、金がなくなるとどこぞの貴族たちが望むようなモンスターを狩ったり用心棒的なことをしていたと思います」
「……そうなの」
宵越しの金は持たぬ主義だったのかしら。
まあ楽しく呑んでいたら財布の紐が緩んで気付いたら……っていう人も少なくないと思うので、そちらのパターンもあり得るけど。
それでも出世した弟子たちにお金を頼ることもなかったようだし、そういう意味ではしっかりした人なのかもしれない。
「で、俺が聞いた話じゃあ肉が大好物だったと思います。いろんな酒場に足を運んでたみたいですが、肉が美味いとこには複数回足を運んでいたって話でさア」
「へえ……うーん、じゃあ当日はお肉料理をメインにした方がいいのね」
「おそらくそうだと思います。で、肉に合う酒でいいのとなると……まあいくつか思いつくんで、リストにしときまさあ。俺が持っている中にあればいいんですが、そっちは確認してみねえと」
「ありがとう、メッタボン!」
「いやいや……当日は俺が料理しに行っていいか、プリメラさまにも聞いといてくだせえ。腕によりをかけて美味い肉を食わせますよ!」
「ふふ、ありがとう」
メッタボンが来てくれるなら安心です。
きっとプリメラさまもお許しくださるでしょうし、そうなるとお酒の確保だけじゃなくて良いお肉も手に入れておきたいところ。
(アルダールも結構お肉好きだしなあ。でも私はあんまり脂っこいと後がきついから部位を替えてもらうとして……その辺りはリジル商会で聞いてみればいいか)
メッタボンにお礼を言って私は仕事に戻り、合間を見てプリメラさまから許可をいただいて当日はメッタボンに腕を奮ってもらうことになりました。
今回の件についてはアルダールからある程度のことは認めてもらっている……というか、奥向けの話は結婚こそまだですが、私に全権委ねてくれているのです!
現段階ではほら、ミスルトゥ家には仕切る女主人がおらず、マーニャさんに頼り切りな状態ではありますが……彼女は料理上手ではありますけれど、それはあくまで主婦の範囲ですからね。
侍女としてはベテランでしょうが、イコールで料理ができるというわけではないのです。
当たり前のことですけど!
お客さまをお迎えするとなるとそこはやはり餅は餅屋……ってこの世界ではそのような言い回しはいたしませんが、専門家を頼るのがベストでしょう。
もしメッタボンの都合がつかなければ、どこぞのレストランにお願いすることになっていたと思います。
一般的に領地なし貴族で大きなところでもなかったら料理人を雇わないケースもしばしばですからね。
わかりやすいところでは大商人ともなれば多くの使用人を雇って運営していると思いますが、逆に身内経営な小さいお店では従業員は雇っていても自宅には使用人がいない、など……貴族家でもそれは同じことです。
同じ子爵でもうちの実家が使用人を大勢雇っていられたのも領地持ちだったからなんだよなあと改めて感じますよね。
いやあ本当にありがたい環境で育ったんだなあ、私……。
「それでユリア、使用人の選出は進んでいるの?」
「いえ、それが……」
「そうよね、そう簡単な問題じゃないわよね」
プリメラさまにそう言われ、私は曖昧に微笑むしかできません。
現状、セバスチャンさんが執事として家に来てくれること、ハンスさんも侍従として支えてくれること。
マーニャさんとカルムさんがいてくださること。
そしてメッタボンも将来的にはうちの料理人になりたいと言ってくれたこと。
それを考えると十分な気はするのですが、やっぱり足りないでしょうか。
足りないですよねえ、圧倒的に侍女がね……!!
いえ、ハウスメイド的な人材を町から雇い入れることも考えてはいるんですよ。
でも今のところお給金をどのレベルにしてどの程度の人材を!? っていう問題があるわけで……今後どの程度我が家に対してお客様が来るのかでレベルを決めないといけないんですよね。
脳筋公爵だったら正直ある程度レベルが低くても気にしないような気がしますけども、キース・レッスさまやビアンカさまがお忍びで来たら!?
いやあの方々も基本的にお優しい方々ですからね、気にはなさらないことでしょう。
ただやはり使用人の質は主人の問題と言われるこの貴族社会、教育をセバスチャンさんにお任せするっていうのもありですが……。
(……私が教えちゃだめなのかしら)
主人としてすべきことは使用人たちを統率することですが、使用人の教育はあくまで私が指示して別の人間が行うこと、になっちゃうんですよね。
でも私が教えた方が早くない? 今侍女なワケですし。
(って考えがだめなのよねえ)
下の人を育てるにはまずそれに該当した人が育つように環境を整えること、それが上の人間のすべきことだ……なんてどっかで見た気がします。
(そういうところも意識を変えていかなきゃだめなんだよなあ……それが難しいんだけど)
きっと私は女主人として過ごす中で、自分の家の侍女たちに対してあれこれ思ってしまうに違いありません。
その時、口を出さずにどうやって対処したらいいのかとかまだ見ぬ未来に思いを馳せては悩む毎日です。
ええ、今そんなことを考えてもしょうがないんですけども。
「プリメラさまがご成婚なさるその日まで、まずはしっかりと職務に励みたいと思っておりますので」
「そう……ありがとう、ユリア。これからもよろしくね」
にこっと嬉しそうに微笑むプリメラさまの愛らしいこと!
幼い頃からずっと見守ってきましたが、本当に大きくなられたなあと思います。
(……オリビアさま)
本当は、一緒にプリメラさまの成長を見守っていただきたかったですけれども。
今は僭越ながら、私が代わりに頑張りたいと思います!!




