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「何故だ!!」
「いや何故って……」
思わず叫ばれて懇々と説明しましたよね。
我々が取り巻く環境、当然ながらバルムンク公爵家の立場も含めて懇々と。
途中からは爺やさんにも加わってもらってなんとかかんとか脳筋公爵に納得していただきましたよ。
「くそっ……婚約式の余興に俺とアルダールが決闘……ではなかった! 訓練試合を見せれば騎士たちにも良い刺激になると思っていたのに!!」
本音ダダ漏れですよ。
そこは突っ込みませんけども。
爺やさん以外のおつきの騎士さんたちはホッとした様子でしたので、おそらくとんでもねエこと言い出したぞこの人って思っていたんでしょうね。
ええ、ええ、上の人によっては苦労しますよねわかります。
とはいえなかなかどうして、この脳筋公爵……確かに偉そうな言動は見受けられますが、実際に偉い立場の人には間違いありません。
父親であろうと不正を行う人間を悪と断じるくらいには正義漢であり、爺やさんたちに対して思いやりがないのかと言えばおそらく長らく仕えてくれる人を大事にして……いるんだと、多分? 思われるので、悪い上司ではないのでしょう。
少々暑苦しくて面倒くさいタイプってだけで、根っからの悪い人でないことはアルダールが保証してくれているわけですからね!
(それに公爵になってから少し落ち着いたところも出てきたみたいだし)
まあそれはそれとして、一度この人の奥さまを見てみたい気はしておりますけども。
私を愛人にしてやろうなんてとんでも発言をしてきた去年の折には奥さまは大変寛大な女性だと自慢しておられましたからね。
いや寛大なことは違いないと思うんですよ、こういうタイプの人を伴侶に迎えたら寛大にならざるを得ないのでは……?
さすがにそれは失礼な考えだと自分でもちょっぴり思っておりますので、決して表に出すつもりはありませんけどね!!
「……しかし婚約式と結婚式で、贈り物だけはさせてもらおう」
「……ありがとうございます……?」
「何故疑問形で返す、ユリア・フォン・ファンディッドォオ!!」
「あっ、いえ失礼いたしました」
思わず。
思わず本音が……。
侍女としてではないというこの気の緩み、今後は気をつけなくてはいけません。
貴族夫人としてもしっかりしなくては!!
「俺も公爵という立場上、そういった事情で式には招けないことは理解した。……公爵になれば、そうなると前からわかっていたからな」
新年祭の頃、同じことを脳筋公爵は確かに言っていました。
アルダールと堂々と決闘して己の力を示すには、これが最後の機会だと……あの時はもっと切羽詰まった表情でしたが、今は少しだけそれを懐かしんでいるようにも見えます。
アルダールも思うところがあるのか、少しだけ目を細めてからふっと小さく笑みを浮かべました。
「まあ、何があっても剣を交えることはしない」
「アルダール、貴様ア!!」
良い雰囲気だったのにと言わんばかりの脳筋公爵ですが、アルダールも良い笑顔でそう返すだけです。
うん、この二人はきっと一生こんな感じなのかもしれませんね!
しかしこんな調子で今後もこの人ったらミスルトゥ家と付き合い続けるつもりじゃないよな?
一介の子爵家と、他国の公爵家……見ようによっては友情ともとれますが、利権やらなにやらやっかむ人が絶対に出るパターンですよこれ。
アルダールは今後も騎士業が忙しいのだから、そうなると家のことは私が基本的に担当……ってセバスチャンさんがうちの執事になってくれるんでした。
その際は丸投げ……なんて言ったら再教育されそうだな。それはだめだ。
でもかなりな量を投げさせてもらってもいいのでは!?
(うん、そうしよう。今のうちから相談しておこう)
ギリッギリになってから伝えた方がいいかなあとも思いましたが、そんなことしたら絶対にアカンやつです。
ええ、わかっております。
付き合いが長い分だけ、怒らせてはいけない人を怒らせるパターン直行ですよ。
統括侍女さまとセバスチャンさんは怒らせてはいけないタイプの方々なのです!
まあ他にも大勢、怒らせてはいけない人がいますけども。
誰とは言いませんよ、誰とはね……。
それにしても改めて考えると、ミスルトゥ家は現役の剣聖、そして他国の公爵家とも繋がりがある子爵家……しかも国王陛下から直に指名されているんですからこれはもう早く伯爵位をいただいて規模を大きくしないと逆に大変な気がしてきました。
領地持ち夫人なんて面倒くさいものにはなりたくないですが、この際そうも言っていられないのでは……認識を改める必要があるでしょう。
だって今後、そのですよ?
結婚するってことは、いずれまあ、子どももできるかもしれないじゃないですか。
そのたびに私たちの両親以外に祝いでドーンととんでもないことが起きたら?
プリメラさまが嫁いで同じようにお子を授かった際、私が乳母になったりする可能性は勿論喜んで! って思いますが、子が遊び相手に選ばれる可能性もあるわけですよ。
そしてそれは同時にプリメラさまの兄である王太子殿下のお子の遊び相手としてプリメラさまのお子が選ばれる……なんて未来も当然出てくるわけです。
そういう横の繋がりがね!?
あっ、まだまだ先の話のはずなのになんだか容易に想像できて胃に負担がきそう!!
「くそ……っ、なんて頭の固いヤツだ!」
「それをお前が言うのか!?」
「俺は貴様に対して昔から真摯に訴えかけているだろうが!」
「決闘状を時候の挨拶として送りつけるのは真摯とは言わないのでは」
あっ、思わず突っ込んでしまいましたが幸いなことに脳筋公爵の耳には届かなかったようです。
良かった良かった。
しかしこれ以上賑やかにされてもなあと思ったところでパチリと爺やさんと目が合いました。
お互いににっこりと微笑み合い、私はマーニャさんにお帰りのお持たせを爺やさんたちに渡し、爺やさんたちもお礼の言葉を述べて帰り支度を始めます。
「坊ちゃま」
「坊ちゃまは止めろと言っているだろう!」
「お時間にございます」
「ん? む……もうそのような時刻か。クッ、仕方あるまい!」
いやなんでそこで悪役の捨て台詞みたいなのが出てくるんでしょうか。
笑うべきなのかなんなのかわからず、思わず遠い目をしてしまいましたが……幸いにも誰にも見られなかったようでつっこまれませんでした。ええ。
……偉い貴族というのは、腹芸ができないと生きていけないと思っていました。
正直なところ、実際王宮で働いてただ国の為に尽くすだけという馬鹿正直な人はそういらっしゃいません。
私利私欲にまみれた人もいますし、誰かのおこぼれを待ち受けるような暗愚もいれば自身の実力を見誤り過信のあまり身を滅ぼす人や、実力をしって弁える人、それができずに妬み嫉みに心を歪める人もいました。
(でも、あれだけ表情豊かで真っ直ぐでも、公爵という地位だけでなくそれを武器に戦える人ってのは、すごいよね。それだけ周りが助けてくれるだけの求心力が、あの人にはある)
私たちに別れの言葉を述べてずんずん馬車のところまで歩いて行く脳筋公爵は振り返りません。
その後ろを若干急ぎ足で爺やさんと、同じく振り返る様子もなく堂々と歩いて行く護衛騎士たちの姿を私たちは揃って見送りました。
「ある意味で、あの人は貴族として見習うべきところがあるのでしょうね」
「……まあね。ただ決して真似はしないけど」
「もう、アルダールったら」
脳筋公爵にだけは親しみのある辛辣さを見せるんだから!
ああ、そういう意味ではハンスさんにも似たような対応と言えばそうなのかしら?
思わずそんなことを思う私の頭にアルダールはそっとキスを一つ。
くっ……唐突な甘さを見せるじゃありませんか!
ココは外だぞ、控えましょうね!
そんな気持ちで軽く睨んでもアルダールはどこ吹く風と言ったところです。
「……私は私らしく、家族に誇ってもらえる貴族になってみせるさ」
そう微笑むアルダールは相変わらず、かっこいいから困っちゃうんだってば!