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結局のところ、私たちが顔を立てなきゃいけないのは両国の上の人たち、そして贈り物をしてくれるであろうお師匠様です。
立ち回りを間違えると自分たちも嫌われますが、実家にも飛び火しそうですからね……。
バウム家はその辺慣れていそうって言ったらあれですが、名家だけにいろいろとやっかまれてきたのを退けてきたわけですからきっとある程度のことはどうにでもできると思います。
でもファンディッド家はそうもいかないことでしょう。
勿論、意識が多少なりとも変わった今のお父さまであればそう簡単に『長いものには巻かれろ』精神で膝を屈することもないかとは思いますが……それでも社交界で遠巻きにされるとか、話題に乗れないとかそんなことになるかもしれません。
ましてや、年若いメレクとくれば……いくらセレッセ家の助けがあったとしても辛いものがあるんじゃないでしょうか?
(それに、そうしてうちを助けようとしてくれる方々にもご迷惑がいくかもしれない。そんなことあっちゃいけないものね!)
うん、なんとかしましょう。
なんとかできるはずです!
私は一人じゃありませんからね!!
「まずはお師匠さまがどの程度のモンスターを贈ってくるかで内容が変わるかとは思いますが、お二人には加工職人を押さえておいてほしいのです」
「加工職人か。勿論心当たりはあるが……」
「うん、それで?」
要はとんでもない代物を、王家にも差し出せばいいのです。
でも贈られたのはうちなので、それに相応するお礼を先生にも用意しなければなりませんが……そちらはそれこそなんとかなるでしょう。
「リジル商会にとっておきのお酒を注文しましょうか」
「……ああ、先生への返礼か」
「ええ」
幸い? というかなんというか、先日のミュリエッタさんの失礼をリード・マルクくんが『申し訳ない』と謝罪して今後もリジル商会とのお取引をよろしく、と言っていたことを私は忘れていませんよ!
いや、あまり懇意にしないことで返答としようかと思っていましたが状況が変わりました。
とびっきりのお酒を是非ともお値打ち価格で融通していただきましょう!
これに関しては多少の交渉が必要かなとは思いますが……まあ、それはそれこれはこれ。
「加工した品はそれぞれ、クーラウムとシャグランで得意分野の工芸品に変え、王家の皆様全員分誂えて互いに相手国に贈らせていただきましょう」
私もそんなに詳しくはありませんが、知っている限りでは骨や牙などでアクセサリーや服を作れるという話です。
あまりにも稀少でお高いものですから、私も王家の方々が所持しているものをちょびっと拝見したくらいですかね!
自分のお給料からとか目玉が出ちゃうどころの話じゃないので考えたこともなく、正確な値段を見たこともないですが……そもそも時価だし、ああいうのって。
ただまあ前世の感覚的に、要するに象牙とかべっ甲みたいに加工ができるってことなのだと思います。
モンスターの場合、ごくごく稀に体内に宝石やらお香の原料やらも採れるって聞いたこともありますし、その身から採れる油や繊維素材から素晴らしい楽器ができるなんて話もありましたっけ。
(その辺はゲームじゃ特に触れてなかったからなあ)
まあゲームだったら倒した、でドロップのログがあっただけですからね……。
実際にはモンスターの死骸やら周囲の被害、自身のダメージだって傷ですもんね。
とにかく、それを考えると私たちが取るべき方法は単純明快。
まずはお礼を考える。
そこはお酒でオーケーでしょう。
女性とお酒が好きだというなら、片方用意すればいいのです。
で、いただいた品についてはもらったあとはこっちのものって言い方も横暴かもしれませんが、一部は勿論ミスルトゥ家で大事にいただくとしても、その中でも価値あるもので王家が欲するものを差し出せばよいのです。
自国の王に対してだけ立派なものを贈ればきっと争いの種にもなるでしょうから、そこはバランスをとるのが大事でしょう。
たとえば、シャグランは宝石の産地だけあってデザインに優れたものが多いと聞きます。
私が知る中で牛の角や骨を使って透かし彫りにしたペーパーナイフなどがあるので、それをモンスターの角や牙でできないかなと思ったのです。
またクーラウムでは織物産業や被服産業が盛んなこともあるので、モンスターの毛皮や革で何か素敵なものを生み出してもらえるかもしれません。
「それで、それぞれできあがった品を相手国の王家に献上するのはどうかなって」
「……ふむ、やってみる価値は十二分にある」
私の提案に脳筋公爵がうんうんと頷きました。
アルダールもほっとした表情を浮かべているので、概ね問題なさそうです。
「しかし、神殿はどうする? 王侯貴族だけ優遇するのかと声を荒げる者も出るだろう」
「神殿には薬の原料になるというモンスターの血液や心臓、体内で生成されるという石があればそれを捧げてみてはどうかと思うんですが」
血なまぐさいような話ですが、そういう伝承があるんですよ!
まあ体内で生成される石ってのは鯨で言うところの竜涎香みたいなものだと私は勝手に思っているわけですが……。
なんせ時価ですもの!
医療の道に進んでいれば見本品とかで見ることもあったかもしれませんが、とんでもないお値段の代物だというので王城内にあるのも王宮医師の中でも役職のある方しか手に取ることが許されないって話です。
いやあ、それが我が家に贈られてきたら絶対に怖いので献上品リストに私は突っ込みたいと思いますね。
勿論贈られたのは弟子であるアルダールなので、彼の意見を尊重しますけども!!
「いずれにしても、師匠が何を獲ってくるか、か……」
「そうね、大物である可能性が高いんでしょうけど……大物っていったい、どんなモンスターと対峙するつもりなのかしら」
「とにかく部下の報告を待つしかないな。職人は公爵領でも腕利きを押さえておくが、師匠が何を狙っているかによっては計画を修正していく必要も出るだろう」
「ああ」
「とはいえ、俺もいつまでも他国に滞在しているわけにもいかん。いずれお前たちの婚約式に顔を出すためにも、公務を順次片付けていかねば」
おやおや?
今しれっととんでもないことを言われた気がします。
私たちは顔を見合わせてしまいました。
「今か今かと招待状を待ちわびていたのだがな、今回の件もあったし何よりお前たちも慌ただしかろうと思うから急かすような真似はせんぞ。なんと言っても俺は公爵、尊き身であるからな!」
「呼ばないぞ」
うんうんと満足そうに頷いている脳筋公爵に、アルダールが真顔でさらっと現実を突きつけました。
いやうん、呼ばないけども。
婚約式は身内だけの式なので。
結婚式もどうしようかレベルで今話し合いが続いているのに。
いやちゃんと呼びますよ? お客さま。
でもね、あんまり偉い人を呼ぶのもバランスが……って言っている傍から隣国の公爵とか呼べるわけないじゃないですか!!
(でもまあ、兄弟弟子の慶事に参加したい気持ちはわからないでもない、かな)
しかしそれはあくまでこれまでの関係が友好的なものだった場合、だと思うんですよ。
なのになんでそんなに顎が外れるのかってくらい驚くのか、私たちはまるで理解できないのでした……。




