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さてあれから一週間とちょっとが過ぎたところで、やってきた脳筋……じゃなかった、バルムンク公爵さまをお出迎えの日。
前日からお休みをいただいて……というか、半ば公務じゃないのかなこれ。
有給扱いにしてくださってもいいと思うんですけどね!?
だって私たちがお招きしたわけじゃありませんからね……でもまあ、あくまでバルムンク公爵さまが私的にとなれば、こちらも私的に、としなければならないのは世の中のお付き合いってものなわけで……。
(まあ、嫌な話とかじゃなければね。珍しいお客さまが来たってだけの話で終わるからね)
そうであってほしいと常々思っておりますとも。
だって私たちが望んでいるのはただ穏やかな暮らしですから!
スリルとかサスペンスとか英雄譚みたいな大冒険は望んでおりませんから!!
勿論、宮廷の陰謀渦巻くあれこれとかもってのほかの大論外ですよ。
「急な来訪で手土産も少なく、すまんな。どうしても直接告げねばならんことがあってな……ああ、かしこまる必要はないぞ。ユリア・フォン・ファンディッド、貴様も許そう!」
「……お心遣いありがとうございます。そうは仰いますが礼節は守らせていただければと」
「む、何故だ。この俺が許しているのだからそのままその通りに受け止めればよかろう」
快活に笑ってそんなこと仰る公爵さまですが、他の人はそう思ってくれるわけじゃあないんですよねえ……。
ほら、後ろに控えているいつぞやの爺やさんですとか、護衛で連れて来られたシャグランの騎士さまとかの視線がね? ビシバシ刺さっているんですけども?
そもそもアルダールはともかく、私はほぼほぼ顔を合わせたことがあるレベルの知人ですからね!?
「我らは国王陛下より、シャグラン国の公爵閣下をもてなすよう言付かっておりますので」
にこりと貼り付けたような笑みを浮かべたアルダールがそう言えば、脳筋公爵は不満そうに口をへの字に曲げました。
子どもか!
「貴様と俺の仲ではないか」
「……師が同じということ以外、接点はないかと」
「それで十分ではないか!」
しつこいな。なんでそんなに今回は引かないのでしょうねこの人!
まあ以前のように出会い頭に『さあ決闘!』って言われるよりはいいでしょうし、喧嘩を売られたりするより友好的な方がまだマシと言えばマシですが、面倒くささが増したとも言えるのでは……?
もしかしなくても公爵になって一皮むけたら今度は『兄弟弟子なのだし仲良くしよう!』方向に振り切れてしまったんでしょうか。
それはそれで厄介だなあ!?
「まあいい。……いつでも俺のことは呼び捨てにしてくれて構わんぞ、アルダール!」
「……まあ、いつかそれが必要な時が来たならばその時には」
にこーっと笑顔を貼り付けたままのアルダールのその言葉、要するに『そんな日が来るわけないけどな』ってことですよね……。
まったく、彼のことを完璧な貴公子と思っている女性たちにこの可愛らしいやりとりを聞かせて差し上げたい。
(アルダール的には面倒くさいけど突き放すほど嫌いではない相手、ですもんね)
友だちかと問われると違うと即答してくるでしょうし、いろいろとありましたから気に入らない点の方が多いのだとは思いますが……それでもなんだかんだ、私の目にはそれなりに仲が良いように見えます。
まあそれを言うと後で面倒くさくなるのでおとなしくしておきましょう。
「お連れさまもよろしければ別にテーブルを用意してございますので」
護衛の騎士はさすがに受け入れないであろうことはわかっていますが、念のためね!
それにお年を召してらっしゃる爺やさんは座れた方がいいでしょう。
同じテーブルにつかなきゃいいんですよ。
「さて……うむ、まずは謝罪をしておくか。今回貴様たちに迷惑をかけた人間をけしかけた者の中に、シャグランの貴族たちや商人たちが存在していた件はもう耳にしているだろう」
「……一応、概要は耳にしております」
「正式に家名を名乗る前とはいえ、アルダールは爵位ある貴族。シャグランが迷惑をかけたこと、国の代表と言うには足りぬかもしれんがこのギルデロック・ジュード・バルムンク、詫びさせていただく」
「坊ちゃま! 公爵ともあろう方が頭を下げるなど……!!」
「このような事態で頭を下げる気概がなくて公爵などやってられるか。簡単に下げているわけではないわ」
相変わらず爺やさんは過保護なのかな?
それにしても脳筋公爵……もう脳筋と呼べなくなる日も近いのではないでしょうか。
ものすごく立派に見えます!
頭を下げるべき時を知ってそれを行えるというのが、貴族としてどれほどのことか私たちはよく知っていますから。
少なくとも以前の、喧嘩を売ってばっかりだった脳筋公子時代だったら絶対に頭なんか下げなかったと思うんですよ。
(ああ、でもまあ、この人は面倒くさいタイプなだけで根っからの真っ直ぐな人なんですよね……)
良くも悪くもっていうか。
アルダールからすると女癖が悪くて直情的で面倒くさい厄介な、だけど憎めない人ってことですけども。
今回は私の体型のことも言ってこなかったし、女性関係は奥さまとラブラブらしいっていうのをセバスチャンさんに聞いていたのできっと落ち着いているのだと思います。
っていうか他国の公爵家の夫婦仲まで知っているセバスチャンさんの方が怖いですね。
「謝罪を受け取ります。とはいえバルムンク公爵閣下が悪いわけでもありませんし、国家同士での話し合いはすでに済んでいると聞き及んでおりますのでミスルトゥ子爵家としては特に何かを申し上げることもございません」
まあね、何にせよ脳筋公爵は筋を通したってだけの話だし、元々うちとしては文句を言うのも違いますしね。
端的に言っちゃえば外野が変なことしでかしちゃってお互い迷惑を被ったってだけの話ですから……。
「まあ謝罪も済んだことだし、詫びの品は正式にミスルトゥ家に後日贈らせてもらうこととなっている。目録についてはおそらく連絡が行くだろう」
「……ありがとうございます」
「それからお前たちの婚約祝いを別に用意してある。それも受け取るがいい」
なんかご満悦なところが逆に安心しますよ、うん。
やっぱりいきなりご立派な公爵さまになられても、こちらとしては中身が別人なのでは……って思っちゃいますからね!
さすがに乗っ取られたとか着ぐるみ説を推すほど私も混乱はしておりませんし。
「さて、それ以外にも俺がここに来てアルダールと直接言葉を交わす必要があったんだが」
「……伺いましょう」
それまでの雰囲気から一気に真剣味を帯びたバルムンク公爵の表情に、私たちも気を引き締め姿勢を正しました。
そして彼は厳しい表情を浮かべたまま長い溜め息を一つ。
重苦しい雰囲気が漂い始める中、バルムンク公爵は意を決したように口を開いたのです。
「師匠が、行方をくらませてた」
「なんだって!?」
「……おそらく、お前の婚約話を耳にしたからだと思う。祝いの品がどうのと言っていたから、間違いないだろう」
「なんてことだ……!」
「えっ」
二人が言うお師匠さまってあれですよね?
剣聖で飲んだくれで女遊びが好きで型に嵌められるのが嫌いだから傭兵みたいな感じでふらふらしている人ですよね?
シャグラン出身で、いつかはアルダールも私のことを紹介したいって言っていたくらいしか知りませんが……いったい二人は何をそんなに深刻になっているのでしょうか。
私も、近くに控えていたマーニャさんも訳がわからず小首をかしげているとそっと近づいてきた爺やさんが教えてくださいました。
「現剣聖であるあの方は、大変気の良い方でして……ただ、やることなすこと豪快なのです」
「豪快、ですか」
「はい。それはもう」
そっと哀れむような表情、どういうこと!?
困惑する私にアルダールもため息を吐いて私の方を見て言いました。
「つまり、師匠は張り切って私たちの婚約祝いに何か……それこそ私がこれまで狩ってきたモンスターどころではない危険なモンスターを狩って土産にしかねないってこと」
「……は?」
はああああああ!?
ちょっと意味がわかんないですけども!?




