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結果から言えば、裕福な暮らしを当然として見ていたミシェルさんがその傲慢さから身を滅ぼしたってだけの話なんですよね。
そして転落人生を歩む中でも反省が見られなくて安易な方法を示されたことに疑いも持たず……いえ、持てなかったのかもしれませんが、とにかく乗っかろうとして失敗した。
そしてその方法を示した人は失敗することはわかりきっていて甘言を用い、彼女たちが落ちていくのを見て笑っていたってことです。
巻き込まれる側としてはとんでもねえ話だってことだけは確かですね……。
「……背後関係も含め、今後も私たちに関係してくることはあり得ますでしょうか」
「ないと思うよ」
「それはどうして?」
「リジル商会が彼らの保釈金を出したから、さ」
にやりと笑うキース・レッスさまは相変わらずかっこいいですね!
これがニコラスさんだと胡散臭いだけなのに、何がどう違うんでしょうか。
信頼度? やはり信頼度の問題なのかな……?
「リジル商会がそういえば何故……」
「まあそこはね、ウィナー嬢に関連しているのだと思うよ」
「……あえて手元に置くことで、今後彼女に近づけないようにするためですか」
「当たらずとも遠からずってところじゃないかな。私もリジル商会とはあまり親しくないので内情までは察せないが、下手にああいう輩は放逐するとまたいいように使われて我々に実害はなくとも不快になることくらいはあるだろうしね」
「……」
なんだろう、ミシェルさん父娘……散々な言われようでは……?
いや、自業自得なんだけども……。
ほっといたらまた再利用されるとか、いやあり得そうだなあと思うと反論はしづらいし、私が彼女たちを庇う理由は一つもないので何も言いませんし、言ったところでキース・レッスさまにはまるで関係ない話ですしね。
「聞いたところによると父親の方は鉱山に行くそうだけれど、そうきついところではないようだよ。計算もできるからね、そちらで活用するそうだ。娘の方は……まあ、これから何ができるのか、リジル商会側でも思案中と聞いているが」
「内情を知らないという割にいろいろとご存じですのね」
「ははは、付き合いの長さが物を言っただけの話さ。リジル商会と付き合いの長い貴族はそこかしこにいるからねえ」
「なるほど」
商人との繋がりは買い物をするだけではなく、付き合いの中でどう信頼関係を築いていくかってのも重要ですからね!
信頼した相手であればこそ情報を先に知らせてくれることもありますから。
おかげで私も紅茶やお菓子の関係で流行を先取りしたことも過去にありました。
やはり誠実かつ太客になることが大事です。ええ。
(ミスルトゥ家としてはまだまだそういう点では難しいけど、すでにある信頼を大事にしていけば大丈夫よね。役職がらみでの話を持ってきて公私混同さえしなければいいわけだし)
兼ね合いが難しそうですが、そこは私も筆頭侍女として培ったこの精神、今後は女主人として己の立場を見誤ったりしないよう注意していきたいと思います。
「なんでもあの父親の方は金に困っていた頃に鉱山まではいかなくとも力仕事をしていた経験があったそうだから、きっと困ることもないだろう。飼い殺しとまではいかないだろうが、余程のことでもなければリジル商会が彼らを放り出すことはないと思うよ」
「……そうですか」
「まあいずれにせよ、今後は似たようなことが起きないよう、こちらでも気をつけておくつもりさ。あまり貴族内の風紀が乱れることは陛下もお望みではないからねえ」
「そうであっていただけると、大変助かります」
うーん、そこにいろいろと思惑が見え隠れするような気がしないでもないんですが、こういうのは気にしたら負けでしょうね!
何も知らなかった。それでいきましょう。
新興の子爵家なんて格好の的だからね!
「それで、本命のバルムンク公爵の件だけれど」
「本命ではありませんが」
どちらかといえばどうでもいい枠ですよ!
いえ、うちに来るってんですからどうでもいいって言っちゃいけませんね。
しかし当日お越しになるっていうならアルダールも私もあの家にいなくちゃいけないでしょうし、仮にも隣国の公爵をお茶一つ出さず帰れってするわけにはいきませんし……。
さすがに出会い頭に決闘を申し込んだりももうしないでしょう。
先日会った時には随分と……まあ尊大なところはあまり変わってはいませんが、丸くなったというか、大人になったなあという印象を受けましたから。
「まあ今回はその商人同士の問題で多少は貴族たちが巻き添えを食っているし、直接的には関係していないがその兼ね合いでシャグランの貴族も関与していたとかいないとか。私はその話し合いに参加しないのだが、バルムンク公爵が招かれてね」
「はあ、なるほど……?」
単に来たがっただけじゃないのかと思いましたが、言わないでおきました。
キース・レッスさまも苦笑気味だったので多分それこそ当たらずとも遠からずってやつです。
まあなんだかんだ言って脳筋公爵ってアルダールのことが大好きですもんね……。
そう言うと絶対にアルダールがいやーな顔をするので言いませんけど!
「口実にされた感はあるが、まあそうでもないと彼がアルダールを訪ねるのには難しいからね……立場というのは時として役に立つが、厄介でもある」
「……そうですね」
なんだかんだ、兄弟弟子ってやつですものね!
アルダールも文句を言いながら結構気にかけている感じですし……とはいえ、仲良くなった二人は想像もできないので、きっとこれからも同じような距離感でいくのでしょう。
いずれはアルダールが陞爵したりとかでシャグランに行かなくちゃいけない日も出てくるかもしれませんが、いつになるかもわかりませんし。
国王陛下は早く早くと思っているかもしれませんけどね!
「まあ当分は二人の手を煩わせないように陛下も宰相閣下に言っておられたから、安心して準備をするといいさ」
「へぇっ!? ……陛下が、ですか?」
変な声が思わず出て慌てて紅茶を飲んで誤魔化しましたよ。
果たして誤魔化せていたかというとギリギリアウトな気がいたします。
まあキース・レッスさまも紳士ですからね!
突っ込まずにいてくださるのでそれでよしとしましょう。
ついでに言うとこの場も二人きりなんてことはございません。
キース・レッスさまの侍従さんが壁際で待機してらっしゃって、あの方もきっと聞こえていたでしょうが微動だにしませんでしたよ!
はい、大変ありがたいことです……。
「いやあ、だって些事に手を取られて君らが活躍してくれないと、陛下としては困るわけだからね。ご自身の計画にないことをやらかされるのは好ましくないんだろう」
「そんな勝手な……」
ただでさえこっちはライフプランが狂わされているのに、本当にもう!
思わずため息を漏らせば、キース・レッスさまは笑いました。
「それでも、陛下は随分と君のことを気にかけている。気づいているだろう?」
「……はい」
そう、あんまり認めたくはありませんが、陛下は……私のことも気にかけておいでなのでしょう。
勿論それは、オリビアさまが可愛がっていた侍女であり、プリメラさまの侍女であるから……なんですけど。
それでも他の有象無象の中で名前を知っていて、それなりに気にかける相手と思われているってだけですごいことですから。
そのやり方はともかく。
「陛下は君にも幸せになってもらいたいと思っていると思うよ。多分だけれどね」
「……そうであれば、とても嬉しいことです」
大好きな人の旦那さんで、お父さん。
国王陛下だけれど、陛下は私にとってそういう立ち位置だから。
幸せを願ってくれているなら、そこは素直に嬉しいと思うんですよ。
「ってことでそのうち陛下からもお声がかかるかもね」
「ええ!?」
それはちょっとというかかなりご遠慮願いたいですね!!




