535
さて、脳筋公爵……もといバルムンク公爵が何故か、なーぜーか!
我が家にお越しになるということで!!
と言ってもですね、私たちもまだ婚約式すら終えていない身ですので常日頃から在宅しているわけでもなし、いついつに来ると教えていただけると大変助かるのになあ……などと思っておりましたら王城にお越しになる予定があるんですって。
それをまあ、キース・レッスさまから笑顔で教えていただきました。
「きみたちの家に無遠慮に押しかけたあの父娘の後ろについている人間とは関係ないようだからそこは安心してくれていいと思うよ。調書は読んだんだろう?」
「まあ、そうなんですね。ありがとうございます……って待ってください、なんでうちに調書が届いていることをご存じなんですか」
「ああ、いや、ははは」
「『ははは』じゃありませんよ、さすがにこれは」
「いやあ違うんだよ、釈明する機会をもらいたいなあ」
まあね、そういう情報ってのは貴族の間ではあっという間に広まるとは言うけれども。
まだ家としてきちんとした体をなしていないとはいえ、アルダールは注目されているのだから。
でもさすがに貴族同士のことではない問題まで広がっているとか怖すぎでしょ。
ミシェルさん父娘が襲来した件については日中ってこともあって人の目もあったからだろうけど、その調書がいつ届いたのかなんてさすがにバレてるのはどうかと思うわ!
ある程度予測ができるとはいえ……それでも、ねえ?
思わずジト目になってしまった私を前にキース・レッスさまも苦笑気味だ。
大分気安い関係になったからというのもあって口を滑らした……といったところでしょうか?
まあそれはそれでありがたい話なんですけどね!
身分差こそありますが、アルダールにとっては大事な先輩であり、私にとっては弟の未来の義兄ですもの。
「はー、やれやれ。私もうっかりしたものだ。……まあ、この程度なら軽く許してくれると信じているよ?」
「……では今度アルダール好みのワインを分けていただけたらそれで結構です」
「樽で贈らせていただくよ」
「まあ、ありがとうございます」
アルダールって意外に飲むんだよね……その上お酒に強いのか、あまり酔わないんですよ。
だからといってがぶ飲みするってこともありませんが、やはりそこはバウム家のお坊ちゃんだっただけあって舌が肥えているというかなんというか。
私も王城で良いワインに触れる機会が多かったので、こうね、妥協点が難しいんだよなあ二人とも!
(自分たちで飲む分だけならまあ、稼ぎもあるしいいかなと思うんだけど……)
それでもキース・レッスさまのお勧めだったら期待しちゃうじゃありませんか!
いやあ、絶対にいいお酒飲んでますよこのお方だったら。
お酒のおつまみに関しては後ほどメッタボンに相談しようかなーなんて思っております。
マーニャさんのお料理も美味しいですけどね!
やっぱりこう、晩ご飯を作ってくださった後にちょびっとだけお酒を嗜むのにお手間をかけるのはなあ……って、本来の女主人としてなら堂々としろって話なんですが、まだそこまでに気持ちが至っておりませんで。
(今度、カルムさんとマーニャさんとのんびり飲んで、これからのことをたくさん話したいな)
せっかく美味しいお酒もいただけることですし、きっと話も弾むことでしょう。
私たちがこれからミスルトゥ家としてどうやって行くかなんて話もしなくちゃいけませんし……いやあ、本当に怒濤の勢いで準備を進めないといけないのでそういうことに時間をかけられないのが残念でなりませんよ。
「では、キース・レッスさまがお話になれる範囲で構いませんので教えていただけますでしょうか?」
「そうだねえ、まあ、じゃあ美味しいお茶のお礼にまずはシェルラーニ家を追い出されたあの二人について話してあげようか」
アルダールとのお見合いの件で別の国へ追い出される形になったあの二人の話は以前聞いたものと同じ。
どこぞの商家の後妻に入りいろいろと後援してもらったものの、先妻との子供たちとは折り合いも悪く、また散財癖も直らず高飛車な態度を取っていたことから夫が天寿を全うした後、家族として縁を切られ生活に困窮したと。
まあそこで手を差し伸べたのはその国の、別の商人だったそうです。
シェルラーニ工房の先代……つまりミシェルさん父娘と縁切りをした、ミシェルさんにとっての祖父にあたる方ですね。
その方と同じ師に学んだ窯工房の方だそうです。
祖父の縁繋がりで『大変だったね』というような感じで声をかけられて、ミシェルさんたちはシェルラーニの先代は頑固だからとかあれこれ彼らを擁護するような言葉をたくさんくれるその方を信頼したそうです。
お金と住まうところを斡旋してくれた上で。
まあ困窮していたこともあってコロッとその方のことを『いい人』認定したわけですよ、ミシェルさん父娘。
というか、それ以外に縋れなかったのかもしれませんね。
無駄に高い矜持、下げられない生活水準、尽きていくお金。
周囲からはかつて『シェルラーニ工房のお嬢さん、旦那さま』なんて言われていたのに気づけば母国から離れた場所で歳の離れた夫と愛のない結婚生活、自分とそう年の変わらない先妻との子供たちを前に母親になんてなれるはずもなく……そう考えると少々気の毒には思います。
でもそれらを踏まえたとしても、彼女は自分の身の丈に合わない振る舞いをして、それがバウム伯爵さまからお叱りを受けることになったのです。
他国に渡り商売をせよとした先代シェルラーニのなさりようは私から見ると、貴族たちに無礼を働いた民間人としては破格の……彼らが反省さえすれば、穏やかな人生が送れるものであったような気がします。
(結局、そうならなかったわけだから……気遣いは無駄になったってことなのかしら)
先代シェルラーニさんについては私も職人気質な方であったとしか存じませんが、当代もなかなかに職人気質であることは知っています。
直接買い付けをしたことなどはありませんし、王女宮で買い付けをするにしてもそれ担当の方がこちらにやってくるだけなので……。
「まあその相手っていうのが割とその国で手広く焼き物を手がける商家でね。経営の面ではそちらに才があったようだけれど、職人としては弟弟子である先代シェルラーニに遠く及ばず煮え湯を飲まされた思いだったそうだ。まあ一方的なものだよ」
「そうなのですか」
暖簾分けというのはまた違うかもしれませんが、誰それの弟子である……といったことは師さえ許せば大抵の職人が名乗れるのだそうです。
勿論工房を持つとなると、資金面などの問題も出るのでそこはそれ、また別にパトロンなどが要るのでしょうが……。
「商人として成功した兄弟子は、窯工房を無事に栄えさせた弟弟子の工房を潰すまでは行かなくても……汚してやりたかったみたいだねえ」
「さようですか」
「アルダールがウィナー嬢に恋われた話はどうやら有名らしくてね、同じ市井の出ならシェルラーニ嬢の方が見合いに名が上がるほどだったのに……とかなんとかそんな言葉に踊らされたようだ。まあそれでアルダールがどうフるのかを楽しんでいた下世話な貴族も残念ながら我が国にいたようでね」
本当に残念なことだと優しい笑顔でそんなことを言うキース・レッスさまに、発言と表情が一致していないなあなんて思いながら私はただ薄く笑みを浮かべるだけに留めました。
いやあ、よくわからないけど下世話な方が知らないところにいっぱいいたみたいですね!
やだ世間って怖い!!