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ミシェルさん襲来から数日が経過して、私たちは自宅でのんびりと婚約式の準備を進めていました。
その間にもアルダールに片思いをしていた令嬢が玉砕覚悟で告白をしてきたり、やれ侍女や執事の応募はないのか、護衛はどうだと売り込んでくる人たちが幾人か出てきてカルムさんとマーニャさんご夫妻には大変お世話になりました。
ええ、ええ、手早くパッパッとあしらって追い返してくれるその姿は大変頼もしかったですね!!
しっかしバウム家の傍流の傍流の子の夫の従姉妹だからとかもうそれ他人だからね!?
(調べ上げて違ったらそれはそれで大問題だって気づいてるのかしら……)
カルムさんとマーニャさんを言葉で突破できないようではそもそもが見込みなしでしょうしね。
それにしても当たって砕けろ方式でやってくるあたり、新たに家を興すって本当にやっかいなことがついてくるんですね……。
まあウィナー家のように冒険者からというレアケースではないので、わざわざ寄親を探す必要もないのは楽だとも言えますけど。
独立とはいえ、バウム家との繋がりが断たれるわけではありませんし……。
(まあだからこそ、そこに旨みを感じてすり寄ってくる連中が多いってことなんだろうけどさ……)
それにしたって、ねえ。
こっちも忙しいからやめていただきたいんですけれども。切実に。
まあ良かったこともあったんですよ。
シェルラーニ工房さんが今回の件を聞いて、うちに食器を提供してくれることになったんです。
今後も良いオツキアイをよろしくお願いしますって言葉付きで。
おやおや? と思ったらどうやらそれはリジル商会が噛んでいたようで……。
先日、ミシェルさん父娘の調書がアルダールに報告書として届いたんだけど、それをアルダールが要約してくれたことによればまあ彼女たちの背後までは探れなくとも今後はどうにもできないだろうって結論に至ったそうです。
何より、リジル商会が保釈金を出してお仕事の面倒を見ることになったとか……そちらに関してはリード・マルクくんからもお手紙をいただきましたしね?
自分の婚約者にちょっかいをかけていた相手だし、こちらで引き取らせていただきました……って感じのお手紙を。ええ。
「あのお嬢さん、この家程度の家屋を用意してもらって愛人枠に納まるつもりだったそうですねえ」
「……そうらしいですね」
マーニャさんが呆れたように笑ったのを、私も苦笑で返します。
そう、報告書には彼女が何故アルダールを頼り(?)、目的がなんだったのかというのを記されていたわけですが……。
単純も単純、生活水準を落とせずプライドも高いままの彼女は、貴族の愛人枠を狙ったとのこと。
アルダールが結婚する、初恋の相手ならきっと……みたいに誰かにそそのかされてその気になったようですが、デートらしいこともせず顔を合わせたのが三回で初恋って。
いや、一目惚れって言葉があるんだから、世の中ではそれが初恋だった場合もあるのでしょう。
安易に否定しちゃだめですね!
まあそれはともかくとして、この家程度……ねえ。
「良い工房が実家でも、見る目は養えないってことかあ……」
「どうかいたしましたか? ユリアさま」
「あ、いいえ」
この家程度っていう発言がどこまでそのままかはわかりませんが、もしそのままだったとしたらミシェルさんも父親の方も、きっと商売人としても三流だったのでしょうね。
安く買わせていただいた私が言うのも何ですが、この家すごいですからね?
確かに貴族の家としてはこぢんまりとした造りに違いはないですが、使われている木材は最高級、家具もどれもこれもヴィンテージの最高級品。
リビングに置いてあるテーブルなんて一枚板の立派なもの。
ちなみに暖炉も井戸も完備です。
ナシャンダ侯爵家の財力をこれでもかってつぎ込まれた感のある、上品なこのお宅……普通に購入したらきっと目玉が飛び出るんじゃないかなって私は思っておりますよ。
ああ、ちなみに控えめなデザインのシャンデリアもあってですね?
工房のマークに私も見覚えがあって、あれ王城にもあったなーなんて。
「ユリア、今少しいいかい?」
「あらアルダール、書類の確認は終わったの?」
「婚約式に関しては粗方。その後の結婚式と、爵位の授与に関しての手続きについてなんだけど……」
「どれ?」
そうなんですよ、婚約から結婚までが割と切羽詰まったスケジュールなので平行してあれこれ準備を進めないとなりませんからね。
前々から進めてはいるものの、やれ予約だ、規模はとなるとこれが予想外のことも度々出てくるもんなんですよ。
結婚式は大司教さまがかつて修行なさったという教会で了解をいただけて、そちらでブーケ等は準備してくださるということでした。
お客様を招くならある程度の人数を絞って近くの宿屋さんを押さえたりとかもしなくちゃいけませんが、そうなると事前に予約金を準備しなくてはなりませんし……状況によっては金貸しさんの門戸を叩かねばなりません!
なんだろう、お父さまの件でリジル商会を訪ねたあの日を思い出しますね……!!
(いや、多分そんなことになる前にお互い実家に相談して多少援助してもらうことになるんでしょうけどね)
どうあってもバウム家の負担率が大きくなりそうなので、できたら自分たちの予算内で収まるようにしたいですが……こればかりは時期とか、商談の動きを見てって感じで。
予測不可能な部分も含め、確実にこなせる課題から片付けている感じです。
「そういえば隊長から、新婚旅行で休暇を申請するのに一ヶ月でもいいって言われたよ」
「え、えええ!?」
近衛騎士隊ってそんなにお休みくれるのかな!?
って違いますよね、きっと近衛騎士隊のジョーク。ジョークであってくれください。
「……私は一ヶ月なんて休めないから」
「わかってる。でも、行きたいところはある?」
「行きたいところ……」
「国外でもこの際許されるとは思うけど、私はユリアと一緒ならどこでもいいんだ」
「……そう考えたら私、あまり他の地域を知らなくて。だからアルダールがこれまで任務で巡ったところや、過ごしてきた中で良かった場所に行ってみたいかしら」
「そうか……考えてみるよ」
優しく私の髪にキスをするアルダール。
なんだろうなあ、私もすっかり慣れてしまいましたが……マーニャさんたちを越えられないのに待機する人たちに見せつけるようなことをアルダールがしょっちゅうするもんだから……。
「ところでアルダール、もう少しボタンを閉めない?」
「うん? だめかい?」
「だめ、ではないのだけれど……」
ラフな格好で胸元を寛げ、袖まくりをするアルダールはただ楽な格好をしているだけなんですけどね。
書類をやって肩が凝ったら素振りをしたりと彼も自宅できちんと寛ぎつつって感じです。
ハンスさんがいる時は手合わせなんかも庭でしているのだけれど……まあね、遠巻きに彼らの様子を盗み見ようとする人たちもそこそこいてですね……。
(カルムさんが追っ払ってくれてるけどさあ)
圧倒的に手が足りないから追っ払っても追っ払ってもって感じでまさしくいたちごっこなわけです。
「……誘惑が過ぎるのよねえ」
「うん?」
「なんでもない」
そう、普段かっちりしているアルダールが魅力的なのは言わずもがな、その高潔な姿は絵に描いたような騎士像でお嬢さん方のハートをがっちり鷲掴みにしている訳ですが……。
(ラフな格好だと、それはそれで色気がダダ漏れなのよね……)
誘惑するのは私だけにしておいてほしいんですけど!?
とはさすがに言うに言えず。
言ったところでアルダールがうざがったり呆れたりってことはないとわかっちゃいますが、これはこれで私のプライド問題です!
妻である私はどどんと構えておかなくては!!
「……ユリア」
「どうしたの?」
私との会話の後に届いた手紙へと手を伸ばしていたアルダールが、軽く眉をひそめて私に一枚渡してきました。
「……〝そっちに行く〟……って、誰が?」
ただ一行のその手紙。
送り主の名前は便箋に書かれていませんが、封筒にはあるのでしょうか?
私がそれを手に首をかしげると、アルダールが大きなため息をつきました。
「……ギルデロック」
「えええ……」
来なくていいのに! 脳筋公爵!!




