531
「んっ、な……あなたそれ、どういう意味よ……!!」
「そのままの意味ですが?」
顔を真っ赤にして怒るミシェルさんに、私は笑顔を返すだけ。
自分が悪女ムーブする日が来るだなんて……!!
誰が想像できたでしょうか!?
といっても大した悪女になれていないんですけどね。
せいぜい、私より年上の結婚経験のあるレディに対して『ご令嬢』と言っちゃったことくらいですかね。
未婚のお嬢さん扱いしちゃったのは結構な嫌味だと思うんです、私的には。
でもそもそもほぼ言われた内容まんま返しているだけなんですよね。
むしろねえ、このくらいは可愛いもんだと思うんですよ。
年齢ネタでの嫌味は王城で散々聞かされてますし?
行き遅れとか不美人とかそりゃもう陰口のパターンの多さったらそりゃもうバラエティに富んでてすごかったんですよ。
どストレートな悪口から、巧妙な……パッと聞いただけではわからないようなものまで多種多様!
その上、差出人不明の投書まで……思い出してみましたがそれこそ数えきれません。
それらを思い返せば、目の前のミシェルさんはなんて可愛らしいことでしょうか。
わかりやすい態度に口調、裏表がまるでない敵対心むき出しなところはまるで子猫のようではありませんか。
(……こんなわかりやすい人はさぞかし扱いやすいでしょうね)
いったいどこの誰が……なんてのを探るのは私たちのお仕事ではないので、後はお任せです。
きっと彼女が踊っている姿をどこかで見ていることでしょう。
まったくもって性格が悪いというか、趣味が悪いなと思います。
でもきっとそれは、シェルラーニ親子もきっと承知の上だと私は考えています。
そんな道化を演じてでももう一度返り咲きたい、そういう気持ちがあったからこそ茨の道を行くのでしょうから。
それも察せず……だった場合は、余程切羽詰まっていたのか、それともこうなるべくしてなったのか……。
まあいずれにせよ、私たちは私たちの生活を守ることが一番なので、彼らが今後どのような目に遭うのかと思うと同情は禁じ得ませんが関与するつもりはありません。
そこんところはシビアに徹するつもりですよ。
私だって今更甘ったれたことばっかり言ってられませんからね!
「それで? 私の婚約者に用があるとしても約束もないだなんて余りにも不躾だと思うのだけれど。お名前は伺いましたが、当家を貴族家と理解しての行動かしら。それらを無視してでも彼に会わなければならない急用だとでも?」
私の言葉にミシェルさんがプルプル震えて更に怒鳴りつけようとするのを、父親が止めました。
めっちゃくちゃ睨んでくるところはさすが親子と思いますが、まだ理性があるのは父親のようです。
とはいえ、こんな無謀な計画に加担しているんだから理性って言葉はどうかなと思っちゃったりなんかもしますが。
「そ、そうよ! わたしたちはアルダール=サウルさまのために……!」
「私の婚約者の名を気安く呼ばないでいただけるかしら」
とりあえず、そこは釘を刺しておかなくちゃ!
私としてはそこまで……とは思いますが絶対にアルダールがいやがることですし、知らない人が聞いたらアルダールがよその女性に気安く名を呼ぶ許可を与えている人みたいに見えちゃいますからね。
(にしても、ミュリエッタさんもそうだったけど一般の人って勝手に名前呼ぶとかそんな距離感なの? 私の周りにいた人たちってそういうのきちんとしている人たちばっかりだったからなあ……)
主に実家で働いていた人たちとか、ジェンダ商会の会頭夫妻とか。
うん、貴族との付き合い方をよく知って……ってこの人たちもシェルラーニ窯工房にいたんだから知っていてもおかしくないと思うんだけどね?
お見合いが破綻した段階でそんな親しげに名前を呼ぶ立場になくなっちゃってシェルラーニ窯工房の名前に泥を塗ったから勘当されたんだもんね?
「身元も不確かで約束すらとりつけることができないような人物を彼に会わせるつもりはありません。どうぞお引き取りを」
「わ、わたしたちは怪しい者ではございません! アルダール=サウルさまがまだ幼い頃に面識があり、此度の慶事でのお祝いを述べさせていただくために……!」
「慶事で祝いと仰るならば、彼の婚約者である私も当事者。その私に『用はない』とあれほど大きな声を上げておいて、その言い分が通るとでも?」
いったい、この人たちが騒ぎ立てることで何が得られるというのだろう。
アルダールと私の関係を少しでも揺らすこと?
シェルラーニ工房との敵対?
それとも私たちが貴族として対応する様を見て、やれやり過ぎだとか甘いだとか、そういう噂を立てるため?
(どれもありそうで、どれも面倒くさい)
家に招き入れるのはだめです、約束もない人間を入れたとして笑いものになる可能性があります。
アルダールを呼んで早々に退場願ってもいいのですが、その場合は私の立場……つまり、女主人となる人間がそこにいながら対応できなかったと笑われてしまいかねません。
話も聞かずに追い返す、だと冷酷だのなんだの言われるでしょうね。
(幸いなことに、この人たちは私の簡単な嫌味でとても良い反応を見せてくれるから……怒らせて退場させるのが一番理に適っている)
いや、怒りやすい相手で良かったって思うのも変だし幸いってのもおかしなことなんですけど……。
ここはもうちょっとくらい嫌味を言ってみるべきか?
私もそうバリエーションある方じゃないんですけども。
こんなことならもうちょっとくらいこれまでの嫌味のあれこれ、覚えておくんだったなあ……。
今更後悔です。
やり込める方法ならいっぱい思いつくんですけども……怒らせる、怒らせるですか……。
「彼の婚約者として、この家の女主人として貴方たちを客人として認めることはできません。他国での生活が長かったのかしら? もう一度クーラウムの礼儀作法を学び直してから出直しなさい」
やや上から物を言う感じで! どうだ!!
あんまり丁寧に言うと角が立つかもしれないしなによりわかってもらえないかもって思ったので、どストレートな表現を丁寧に言ってみましたよ。
要するにこの国出身のくせに子供でも知っていることを忘れているみたいだからもう一回やり直してこいってことですね。
悪口を言うってのも才能なんだなって思いました。
今度、その辺りについてもビアンカさまに教えていただかなければ……社交界でやっていける気がしませんよ私!!
「し、失礼な……!」
「奥様!」
マーニャさんの上げた声は、ミシェルさんの父親が私に向かって手を伸ばしたからです。
カルムさんが押さえ込むのと同時に、私は伸びてきた手によって後ろに引き寄せられました。
「ユリア」
「……アルダール」
「いい加減放っておかれると、寂しいんだけどな」
ちょっと待って最初の計画と違う行動をとるの止めよう?
甘ったるい笑顔で、目の前にいるシェルラーニ親子なんぞ目にも入っていませんみたいなアルダールに、私の口から変な声が出なかったことを褒めていただきたい!
しかもなんだ!
朝きっちり首元まで留めていたボタンが二つほど開いてるんですけども!?
「さあ、部屋に戻ろうか」
「あ、あるだーる?」
私の肩を抱いて戻ろうとするアルダール。
これ以上はカルムさんたちに任せろってことでしょうか。
彼が特に口を出さなかったということは、きっとそういうことなんだろうと私も小さく頷いて同意を示しましたが……。
「ま、待って!」
呼び止めるミシェルさんの声に、アルダールが足を止めました。
でもちらりと視線を向ける彼の目はどこまでも冷たいものです。
ああー、塩対応アルダールが降臨した……!!