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アルダールと寝所について一悶着はあったものの、翌朝。
来客を告げるマーニャさんに、私は頷いて見せました。
ここまでもう計画通り! 予想より早いけど!!
マーニャさんとカルムさんご夫婦にも勿論今の状況は説明済みで、何か起こるかもしれないことを前提に待機してもらっています。
客が来たらまず私に報告、それからアルダールも来て二人で対処。
とりあえずはこんな流れを予定しています。
別に使用人に対処させるんでいいんじゃない? って思われるかもしれませんが、やっぱり最初が肝心ですからね!
ミスルトゥ家としての対応を見せるためにも、私たちが前に出ないとね!
そもそも任せるほど人数が今はまだいないってのが現状ですしね……。
「予定通り玄関前で待たせております」
「相手は名乗った?」
「はい。シェルラーニとだけ」
「……そう」
「ただ、相手は男性も連れておりました」
「すぐに手を出してくることはないでしょうし、アルダールもいるから大丈夫よ」
私がそう言って振り返れば、アルダールは柔らかく微笑みました。
休日らしく彼も私もラフな格好です。
これも計画の一つ。
といっても、これから一緒に暮らし始めてここが自宅になるのですからある程度ラフな格好をするのは当然なんですけどね!
それでも生活感を出すってのも大事なことですから。
「なんなら私が先に行って追い返しても良いんだけどね」
「それじゃあこれまでと変わらないでしょう?」
「まあね……ともかく、話の様子を見て出るよ」
「ええ、お願い」
計画としては玄関から先に入れない……つまり客と呼びつつも客として認めないという対応をする。
そこで相手の神経を逆撫でしつつ私が出てさらに反応を見る。
といっても、事前にお約束のない客に対しては礼儀がなってないってことでこうして待たせたり中に招き入れないっていうのは貴族家では普通の対応です。
大貴族ともなると門前払いだってありますし、そこは親交の度合いですとか緊急具合によるのかなとも思いますが……。
中には入れても執事に応対だけさせて帰らせたって例もあるくらいですからね!
(家名しか名乗らず貴族家に押しかけるなんて非礼を働いておきながら堂々としているってことはそれだけ私たちを侮っているということよね)
ただの貴族か、あるいはそれと同等くらいに見られていると思うとかなり腹立たしいじゃありませんか。
こちとら国王陛下直々にほしくもない子爵位を押し付けられる程度には認められた貴族だぞう!
いや本当にほしくなかった。要らない贈り物でしたよね……。
まあおかげで将来的には堂々とプリメラさまの横に立てると言われたらその通りなんですが、物事には順序ってもんがあるでしょっていう話ですよ。
「マーニャも気をつけてね、相手がどんな振る舞いをするかまではわからないから」
「お任せくださいませユリアさま。……それにしてもこんなに立派に采配をしてくださる方が未来の奥さまだと思うと、ミスルトゥ家は安泰でございますねえ旦那さま」
なんかにっこにこでそんなことを言われると照れるんですけど!?
小さく咳払いをして気持ちを切り替えつつ、私は階下に降りて玄関に向かいました。
そこでは無理にでも中に入ろうと声を荒げる男性と、その後ろに女性の姿。
押しとどめるカルムさんはいつもの柔和な雰囲気などなく、厳しい表情です。
「カルム、その方たちですか」
「これはユリアさま、騒がしく申しわけございません」
「いいのよ、まさか礼儀知らずな人間が昼前から押しかけてくるなんて誰も思わないでしょう?」
にこりと私が笑ってそう言うと、カルムさんに掴みかかろうとしていた男性がカッと顔を赤らめ、さらにその後ろの女性が眦を吊り上げました。
(おお、こわい)
ただ王城で私のことを未だに睨んでくる未婚のご令嬢たちの視線の方がもっと怖いな!
アルダールの恋人になった直後から今もまだ睨まれまくりですので慣れています。
そのおかげで何も感じません。
(むしろ、かなり前のことになりますがエーレンさんに睨まれた時の方が何倍も怖かったなあ……)
彼女は元気でやっているでしょうか。
幸せに暮らしているといいんですが。今度お手紙でも書きましょう。
(まずは、やることをやらなくてはね)
今の私は貴族家の女主人。
堂々と振る舞わなければ、カルムさんとマーニャさんにも申し訳が立ちません。
勿論、アルダールに対してもね!
筆頭侍女と女主人、異なる者ではありますが上に立つ者として、相手が自分より格上の貴族たちじゃないだけまだはったりも効くってもんでしょう。
(どうやらあちらの女性がミシェル・シェルラーニで男性の方は……もしかして父親?)
男性というから護衛かと思いましたが、そういえばもう彼らは老舗のご子息・ご令嬢という扱いではない一般人ですので普段から護衛を必要とはしないんでしたね。
壮年というには少しくたびれた雰囲気のある男性ですが、体つきはがっしりとしています。
そしてミシェルさんと思わしき女性は、きつめの容貌ではありますがまあ美人の範囲に入るかなという感じでしょうか。
美形を見慣れているせいで、私の基準値が高いことは否めません。
(まあ、モテるタイプの女性ではありそうですけどね)
王城のあのレベルの方々なんてそうポロポロ道端に落ちているわけじゃありませんし、そう考えれば彼女は市井の中で、なかなかの美形としてきっと高嶺の花だったに違いありません。
シェルラーニ窯工房のお嬢さんとして大切にされていた頃はたくさんの使用人がいる家で大事にされて、貴族令嬢と変わらない生活を送っていたのだろうなと思います。
けれど今は、やはりそこそこ苦労をなさっているのでしょう。
それなりのランクと思われるデイドレスに装飾品、それから化粧を施していてもわかるものはわかると言いますか……隠し切れていないくたびれた感がそこに見え隠れしています。
「約束もなく貴族家を訪ねるに、それ相応の用件があってのことかしら?」
「わ、我々はこの家の主であるアルダール・サウル・フォン・バウム殿に用があって参ったのです。貴女ではない!」
「あら、それはおかしな話ね。私は彼の婚約者として国王陛下に認められた人間で、この家の女主人となる立場にある者です」
「……っ」
「まあまあ、そのように目くじらを立てられてはせっかくお若いというのにしわになってしまいますわよ?」
クスクス小馬鹿にしたような笑い方で嫌味を言ってきますが、なんだその捻りのない嫌味!!
思わずポカンとしてしまいそうでしたが、小さく咳払いして誤魔化しました。
私の横に控えるマーニャさんも呆れた表情です。
アルダールの愛人を狙っているんでもなんでも、貴族相手にするのにそんな粗末な言い方しかできないなんて!
正妻の座を狙うならもっとだめです。
(ああ、ダメ出ししたい……!)
そういう場面じゃないから我慢しますけども。
ということはこのレベルに落として私も対応した方がいいってことですかね……?
私はにっこりと笑ってみせました。
「ええ、そうでしたわね。シェルラーニ窯工房のご令嬢といえば私よりもいくつかお歳が上と伺っております。きっと経験談からかしら? 参考にさせていただきますね!」
ああー、なんか今、悪役っぽーい!




