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(さて……あの二人にはあんなこと言われたけど、そう簡単に来るのかしら)
そもそもがっつり言い返してやればいいとか、貴族的な見せつけよりももうちょっと庶民的な見せつけをしてやればいいとかそんなこと言われたって正直どうしろって?
アルダールにも今回の件を相談してみたんですが、何やら考え込んでいるし……。
「あ、あの」
「うん? ああ……確かにお二人の仰る通りだと思っていただけだよ」
「え? そう……?」
確かに乗り込んでくるならやり返してやればいいっていう理屈はわかるんですよ、私も。
だからって相手もそうバカじゃないと思いますし、下手に彼女が行動してその後ろにいる人たちまでバレたら……って思ったら普通は動かないもんじゃないんでしょうか。
(それともミシェルさんを投入することだけが目的なら、達成したからもう切っている可能性もあるのか……)
なんにせよ、面倒くさい。
もう最近そればっかり思っている気がします。
とりあえず自宅に戻る馬車でアルダールと今回の話をしたことで対応はいつでもと彼が自信満々に……いや信頼してるけどね? 何するつもりなのかしら!?
「お帰りなさいませ、旦那様、ユリアさま」
「ただいま、マーニャ」
「本日もお勤めお疲れさまにございました。お食事はお済みでしょうか?」
「いえ、まだなの。準備してくれる?」
「かしこまりました」
玄関先で出迎えてくれたのはすでにミスルトゥ家の使用人としての貫禄があるマーニャさん。
この方はナシャンダ侯爵さまのところに仕えていたベテラン侍女さんだったそうなので、私からすれば大先輩……。
緊張! しますね!!
大貴族に仕えたベテラン侍女が、下位貴族で現役の侍女に仕えるとかなんか日々試練な気持ちです。
いえ、マーニャさんは大変朗らかでとても穏やかな人柄なのでそういったことは一つもございません。
単に私が緊張しているだけの話。
(いつかちゃんと板につくのかしら)
正直今のところ自信がまるで持てません!
まあいっそのことここが一つの担当部署で、私がそのトップだと思えばなんとか……うん、それで当面乗り切りましょう。
「マーニャ、明日と明後日は私たちお休みをいただいたの。だから婚約式に向けて手紙を書かなくちゃいけないのだけれど、手伝ってもらっても良いかしら」
「かしこまりました」
「まずは便箋を買いに行かなくちゃいけないかしらね……」
「ふふ、それならうちの人に買いに行かせればよろしゅうございます」
そうです、婚約式は身内でとりあえず……とは言っているものの、それ以外にもお世話になった方々にお知らせしないわけにはいきませんからね!
誰を招いて誰にお知らせと今後もよろしくといった内容の手紙を書くか、自筆にするか代筆にするか、いろいろとあるんですよ……。
私たちの場合は親兄弟を招くだけなので、たとえば……そう、お義母さまのお姉さま。
実際に血の繋がりはありませんが、私にとっては伯母にあたる方には直筆でご挨拶のお手紙をするのが筋でしょう。
同じような相手でもたとえばそれがパーバス新伯爵なら親しくないし代筆で良いと思います。
エイリップさまは……うーん、最近の関係を考えるに一応直筆でもいいかな? くらい。
そんな感じで直筆は親しい人、上司、お世話になった人……みたいなふりわけですね!
親しくない人にも送るのか? という点については、人付き合いは大事だからねって程度に考えれば納得なのです。
その場合は通常使用人にお任せってのが一般的です。
「アルダールの方はどう?」
「……私もカルムに代筆を頼もうかな」
「アルダールの方が騎士隊でお世話になった方が多そうだものね。こちらが終わればすぐに手伝うわ」
「そうしてくれると助かるよ」
外で働いて自宅に戻ってまだ働くのか! って気持ちに若干なりますが……だって当初は結婚するにしたって親しい人に『結婚しました』って手紙を出して終わりでいいねくらいの気軽さだったのに今やそんなフランクなことできませんし!!
(そういやアルダール、バルムンク公爵には手紙出すのかしら)
言わないといけないとわかっていながらスルーしそう。
その挙げ句に突撃されたらたまったもんじゃありませんね……。
かといって婚約か結婚のお祝いで妙なものを送りつけられても困るので、公爵ご夫妻って形で出すといいかもしれません。
公爵夫人がいい仕事してくださると信じてます!
ふと、アルダールが窓の外を見ていることに気がついて私は首を傾げましたが……なんとなく、彼が厳しい表情をしていたのでもしかすると家の近くに誰かいるのかもしれません。
「アルダール?」
「……うん、気にしなくていいよ。早速明日の朝からお客さんが来るかもしれない」
「えっ?」
「ユリアたちの言うところの『招かれざるお客さん』っていうのがね。これで解決してくれるならそれに越したことはないし、私としてもとっとと終わってもらいたいものだから」
「そ、そうね?」
なんだかそんなことを言われると明日が憂鬱に……いえ、彼が言う通りさっさと終わってくれることに越したことはないんですが。
えっ、例のミシェルさんがうちの周りをウロついてたの?
それただの不審者じゃなくて?
もうすっかり日も暮れている中でそんな誰かわかるほどバレバレの監視者がうちを見ていたんでしょうか。
正直、暇人だなという感想を抱いてしまいました。
こちとら王城で朝から晩まで働いてきたというのに……。
(ああいえ、雇われてそういうことをしている人かもしれないものね。決めつけはよくなかったわ)
とはいえ見張られている? のも気分が良い話ではありませんけども。
明日明後日、休みの間にあちらが何かアクションを起こしやすいように在宅しようと決めたはいいですが、今回はまだ始まりで『暫くは決まった日に帰ることになった』とかそういう布石にしようと思ってたんですよ。本当は。
なのにこの初日で食いつくとか、やっぱり暇なのか。
それとも何か焦っているのか……。
「でも二人揃っている時にわざわざ来るかしら?」
私ならどちらかしかいない時間を狙った方がいいんじゃないかなと思いますけど。
ほら、アルダール一人なら言い寄ることもできるでしょうし……普通は彼女がいる時に突撃したって男性側も本命を優先するもんでしょう?
いや彼の場合は私が傍にいないととんでもない塩対応しそうなのでそれはそれでもしかしてフォローが必要になる可能性もある……のかもしれない……?
それに女の敵は女と何故か昔から言いますし、私相手ならあちらも言いたい放題好き放題してくれて逆にやりやすい気もするんですよね。
アルダールを前にいい子ぶった言動される方が厄介というか。
(いっそ私に無礼を働いたとかそういう理由でこっちからぶった切った方が楽なはずなのよね……)
一番面倒なのはミュリエッタさん方式の『悪気はないし相手を尊重している』と見せかけた言動パターンですね。
失礼だとは思いつつも罪に問うほどでもない、こちらにストレスだけ積ませていくスタイルのあれです。
「あ、そうですわユリアさま」
「あら、どうしたの?」
思わずため息を漏らしたところでマーニャさんがエプロンで手を拭きながら戻ってきました。
彼女は侍女ですが今のところ他に使用人も居らず、ご夫婦で家を管理してもらっているため自炊状態ですがとってもお料理が上手なんですよ!
「旦那様からお二人のご寝所はこれからずっと一緒でいいと伺ったのですけど、本当によろしいので?」
「……え」
まだ婚約者なので、寝所は、別々にしていたはずですけど?
思わず勢いよくアルダールを見れば、彼もまた勢いよく目を逸らしました。
「アルダール……?」
「うん、いや。ほら、いろいろあって旅行中も寝所は一緒だったし、ね?」
ね、じゃないでしょ!!
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