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可愛い店員さんが運んできたのはパスタとサラダとスープ、本日のデザートは伝統的なキャロットケーキらしい。ごくごく一般的なセットメニューで価格も良心的です。これは今後も通わせてもらっていいかもしれませんね。園遊会が終わったらメイナを連れてきてあげましょう!
ところで、紅茶のお替りをいただいたけれどもアルダール・サウルさまが手を放してくれないため、店員さんが淹れてくれた。店員さんが営業スマイル以上に笑顔だったけど深い意味はないよね? これなんて羞恥プレイ?
しかしこの店員さん、王宮勤めで紅茶の淹れ方を叩きこまれている私が言うのもなんですが……デキる……!!
色味、香り、味わい、どれをとっても王宮で出せるレベルのものです。
一体どこで学んだんでしょう。いいえ、お店に出ているのですからそれ相応に修行してこられたのかもしれませんね、もしくはものすごく独学で頑張れるほど紅茶マニアなのか。
私も慢心していられません、今以上に美味しいお茶を出せるようになってプリメラさまにお出しして、それを続けられるように……いえ、より一層精進していかねば。
「あの、アルダール・サウルさま?」
「はい、なんでしょう?」
「お食事も来ましたし、手をですね……」
「ああはい。……しょうがないですね」
しょうがないことなのかな?!
いやいや、これでようやく手が自由です。顔が赤いのは気のせいです。
手が温かいからですかね! 暑いんですよ、そうです、それが原因です!!
全くこの方、どこまで私をからかえば気が済むんでしょう!
ちなみにお料理もとても美味しかったです。
カルボナーラに似たクリーム系パスタでしたけれども、温泉卵みたいなものが載っていて濃厚で結構お腹に溜まりました。サラダの方は彩りの良いトマトが中心のものでした。新鮮で良いものを使っていますね!
スープはシンプルにコンソメでした。これもまた良いお味です。
そうだ、メッタボンにもこのお店教えてあげましょう。
レジーナさんを連れてデートという名目の味の探求に励めば良いのです。結果私たちの食事にも影響が出てお互い嬉しい結果になることでしょう!
しかしあの厳ついメッタボンがこの店の可愛らしい雰囲気&カップル多めの店内で危険人物として通報されないかちょっと心配ですね……レジーナさんを脅して無理矢理デートさせているなんて誤解を受けたりなんかしたら危険です。主にレジーナさんの口撃が。あの人、実は弁が立つんですよねえ……。
まあ、そういう事態は起こってから考えることにいたしましょう!
デザートのキャロットケーキは安心・安定の美味しさでした。
勿論お支払いは割り勘で……と言いたいところですが、アルダール・サウルさまに有無を言わさぬ速さで支払われてしまいました。やりおる。また別のところでお礼を考えねばならなくなりました……。
けれども、アルダール・サウルさまがイケメンであって直視するのが難しいのだとしてもとても優しく頼りになる方であることは間違いなく、気さくで会話上手、ちょっと内容は違いますが家族の長子として色々問題を抱えている共通項などからとても和やかに時間が過ごせたように思います。
ちょっとレストランで手を重ねられたことが普通じゃない気がしますが……男女間の友人でもこういうことってよくあるんでしょうかね……?
いえ、深い意味などない。そう私は考えておりますが。
とりあえず、なんとなく妙齢の男女だからでしょうか、ついでになかなか相手がもしいたとしても結婚は跡継ぎたちがしてくれないとねーみたいな世間話とかしちゃったりもしました。
アルダール・サウルさまは分家を立ち上げないといけないけれども近衛の仕事が実は好きなんだとか。
騎士として動き回っている方が性格に合うらしく、分家の家長になったら流石にそればかりではいられないから今から憂鬱だとか……この方なんでもそつなくこなすと思っていたけれども、やっぱり人間らしい人だわ。弟の幸せは願うけれど、やっぱり自分のやりたい仕事をしたいものです。
私がプリメラさまが嫁いでもあの方の侍女として生きていきたいというのは何気に皆気付いているらしく、そうなったらバウム家でも歓迎ですよと彼は笑ってくれていた。
降嫁なさる姫君に長年仕えた侍女がついていくということは珍しい話ではないので、私もきっと希望が通るはずなのだ。通して見せる!!
そしていつかお生まれになるであろうお子さまのお世話にも関わらせてもらって、娘みたいに思うプリメラさまとそのお子さまに囲まれて老後を迎える……ああ、なんて素敵なんだろう。
幸いにもディーン・デインさまにささやかながら助言させていただいたりなどして、あの可愛らしい少年にも私は受け入れてもらえているようですしきっとプリメラさまとともにバウム家に行ったとしても歓迎してくれると思います。アルダール・サウルさまも歓迎ですと言ってくれたんだし。
「しかし秋のイベントは少しばかり気が重いですね」
「そうですか、やはり近衛の方々にもご負担を強いてしまいますからね……」
「いえ、今年は冬を前に活発化するモンスターが多く見られるとの報告が上がり、陛下のご意向で討伐に我々も一部出陣するのです。その為編成などで色々あるものですから」
ちなみに会話の表現があいまいなのは、城の外で迂闊なことを喋らぬようにという配慮ですよ!
こういうのを弁えないといけません。我々は忘れちゃいけませんが、公僕ですからね!!
余計な言葉を口から出して、そこからなにがあるかわかりませんからね。私は小市民ですからそんなことになったら対処なんて考えるだけで胃が痛くなるってものですよ。
しかし。ああ、なるほど。これはフラグですね!!
妙な活発化が見られていた、というフラグからの巨大なモンスターが出現してゲーム主人公の父親である傭兵が登場するわけですね!! うん、ここはゲームの通りなのかな?
もしヒロインの少女がゲームと同じように現れたとしても、プリメラさまとディーン・デインさまだけ諦めてもらえれば攻略対象は王太子殿下に国一番な商人の跡取り息子、そしてまだ会ったことがないので褒めようがないけど国一番の暗殺者と選り取り見取り。
……うん? 暗殺者はこの場合選り取り見取りとして良いもの扱いで大丈夫なのかしら?
まあそこの辺りはわからないですが、ディーン・デインさまがプリメラさまに一目惚れする逆パターンだったり、ライバルキャラであるはずのプリメラさまが痩せていたり、兄である王太子殿下と仲睦まじくなった……というゲームにはない状況ですので、どう転ぶかはわかりませんね。
ですが私としては変わらずプリメラさまに害が及ばなければ、ヒロインの城内生活を手助けすることもやぶさかではございません。頑張り屋という設定だったと思いますし、問題さえなければ優しく接してあげたいと思いますよ。
確か設定上、登場時の彼女の年齢は15歳だったはず。そう考えればメレクに接するような気持ちにもなるというものです。
しかしフラグが立ったと言えど、可能性として否めないのはこの『主人公の父親』がこの世界に存在するのか? ってことからまず考えないといけませんね。その場合はまあ、凶暴なモンスターが出たから軍が動いて対処……ということになるのでしょうか。被害がゲームよりも大きい、とか……。
「アルダール・サウルさまもご出陣なさるのですか?」
「いえ、私は城詰めとなります。寮で同室の、同期が行くんですが……正直どちらが良かったのかはわかりませんね」
「そうなんですか……」
剣を振るうにしてもモンスター相手という不確定要素が大きい方で騎士らしく活躍すべきか、王家の警護に尽くし園遊会で神経を尖らせつつ出陣している仲間の分も書類や諸々を負担すべきか……うん、まあ。どちらも大事なお仕事ですけれどね!!
とりあえず、アルダール・サウルさまが大怪我を負うようなことはないようです。
勿論、この方の剣の腕が優れているというのは耳にしておりますから心配などするべきではないのでしょうが……やはり顔見知りの、言葉も交わした方がご出陣なさるとなれば心配になるというのが人間でしょうね。
「アルダール・サウルさまじゃございませんの!」
それじゃあ帰る前に本屋に寄りましょうか、なんて会話をしながら並んで歩いていると後ろから大きな声がかけられた。うん、アルダール・サウルさまだけに。
いや一応私も振り向いたんだけどね。顔見知りだったんだけどね。
一瞬、アルダール・サウルさまが嫌そうな顔をしたのが超レアだったんだけど、二度見した時にはもういつもの柔和な笑顔でした。
ちなみに本屋による理由はディーン・デインさまが新しい冒険譚が欲しいとおねだりしてきたからなんだって。最近読書が本当に好きになったみたいで、王都は最新刊が出るからアルダール・サウルさまにお願いしてくるんだとか。んんん、可愛い。
きっとあの嫌そうな表情は、そんな弟さんのお願いに思いを馳せていたのを邪魔されたからだよね?
……あの子が嫌いだから、とかそういうのだったり、するんだろうか?
晴れやかな笑顔で、駆け寄ってくるその人はスカーレット・フォン・ピジョット。内宮所属の侍女で、ピジョット侯爵家のご令嬢で。
いわゆる、婚活するために侍女になった、をまさに体現したような女性なのだ。