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その後は拍子抜けするくらいすんなりと、ファンディッド領に着くことができました。
お天気にも恵まれて、お墓参りも滞りなく……なんだったらそこの教会の昔からいらっしゃる神父さまには『あの小さなお嬢さまがこんな立派になられて今度は結婚、なんと喜ばしい!』と泣かれてしまったことにはちょっぴり困りましたけどね。
ああ、ついでにお父さまが大して飲めないのに『娘が結婚する時には婿殿と飲むのが夢だった』とかこれまた初耳なことを言い出して……結婚はまだ先ですよ!
まったくもう。
まあお義母さまもお義母さまで『どうする? 婚約者なら普通は別室だけど、必要なら貴女の部屋に予備ベッドを運ばせるけど……』って真面目な顔で聞くんじゃありませんよ!
客室でいいんですよ!!
っていう流れがありつつ楽しい実家での時間を満喫して王城に戻ってきた私たちですが、ライアンからの報告でちょっぴり眉間に皺がよる事態が発覚いたしました。
「……なるほど、シェレラトス準男爵も唆された側だと」
「そのようです。といっても酒の席での話と言われればそこまでの、商人たちでも親しい人間たちが集まった席で気が大きくなったのかもしれませんが」
「そう、ありがとう。例の兄弟は?」
「はい。無事に王都を脱出させることができました」
「ありがとう。下がって業務に戻ってください」
「承知いたしました」
手段は聞きませんけど胸のつかえが取れたのでこれで一安心ですね!
まあシェレラトス準男爵もフィッシャー家も当面忙しくなりそうだし、王女宮に面倒をかける余裕などないでしょう。
戻ってきて早々、あっちこっちから不祥事が次々に発覚した、侯爵家が揉み消してた……なんて話題がコソコソ聞こえて来ましたからね。
まさしく人の口に戸は立てられぬってやつですよ。
王城内については統括侍女さまにもいろいろと相談済みなので、今のところフィッシャー男爵がやらかしたことが多すぎて王女宮が原因とはみんな思っていないようです。
ふふん、上手いこといきましたね!
(まあそれだけ不満が溜まっていたってのも問題だと思うけど)
王城内の責任者はその大半が貴族家出身の者なので、どうしても縁故採用や寄親などへの忖度、利権問題……そういうのがつきものになりますからね。
それで風紀を乱しては元も子もありませんが、あまり厳しく取り締まりすぎても回らなくなるから組織って不思議。
有能な一族からはやはり有能な人も多く輩出されることもあるので、有能だからとその一族を取り立てていたら中には……っていう例も少なくありません。
フィッシャー侯爵家に関しても、あの男爵くらいですからね、悪い噂があるのは。
それはともかく、これで当面王城内で私たちの噂を言うよりもずっとそっちがホットな話題として取り扱われることでしょう!
その間にまた別の話題が生まれ、私たちはそれが落ち着いた頃に婚約式を迎えるという感じでしょうか。そうなってくれればいいな!
(……王城内が片付いたなら、こっちを問題視するべきかしら)
届いていた一枚の封筒。
差出人は、なんとユナさんです。
彼女の手紙は気になることがあり筆を執った……という当たり障りない内容から始まって、先程ライアンから報告を受けた『シェレラトス準男爵が酒の席で……』というものの内容がもう少しだけ詳しく記されていました。
それに加えて、つい最近ミュリエッタさんに接触してきた女性がいるんだそうです。
私も知っている老舗の窯工房のお嬢さんだそうですが……それがね、なんと昔アルダールと付き合っていて? アルダールに片思いしてフラれたミュリエッタさんを仲間だって言って? 高らかに笑いながら去って行ったらしいんですね?
もうこの段階でお腹いっぱいなんですけど!?
まあそれはともかくとして、それだけなら婚約者のリード・マルクくんが解決すればいいだろうとユナさんも思っているそうですが、ミュリエッタさんの様子がなんだかおかしくて私の名前を出して呟いていたんだそうです。
(軽くホラーかな?)
おそらく婚約者としてリード・マルクくんが解決か対策か知りませんがやってくれるはずだけれども、よくわからない方向に変な動きをしている人がいるので念のため気をつけてほしいとユナさんが自分の独断だと手紙を送ってくれたのです。
どうしたユナさん。
若干疑いの目を向けてしまいましたが、彼女は今の生活に満足しているようなのでもしかしたら変な動きをしてリジル商会が居心地悪いところにならないか心配しているのかもしれませんね。
それとも将来的にフィライラ・ディルネさまのためにプリメラさまに媚びを売っときたいか。
勘繰りすぎだとは思いますが。
(それにしてもアルダールの元カノ、ねえ……?)
心当たりがあるとすれば、かなり前に商人の娘さんとお見合いして女性不信になった……とかなんとか言っていたあれでしょうか。
この話題、アルダールにしてもいいのか?
(でも聞かないで動いたらそれはそれでものすごく後で怒られそうな予感しかしないし……)
婚約式を前に機嫌がいい今のうちに相談しておくべきかなとも思うのです。
ミュリエッタさんも落ち着いてくれたと思ったのに、ここで彼女の古傷を突っつく人が現れるとは。
まったく、リード・マルクくんは何をしているのやら!
いえ、勝手に訪れた客人に関してまで彼がコントロールしていたらそれはそれで恐ろしいので、仕方ないことだったのだと思うことにしましょう。
そもそもリード・マルクくんも私よりずっと年下なワケですし。
いっくら腹黒そうに思えたりすごい少年だったとしても少年は少年ですからね!!
「仕方ないか……」
きっと何事もない。
だけど、一応気をつけておくには越したこともないのです。
(……アルダールの元カノが今更出てきたって、不安になることはないけど)
まあ、いい気はしないですよね!!
不満に思ってアルダールにチクチク言ったりするほど狭量ではありませんよ?
ただ今更出てきてなんだやるのか? っていう気持ちにはなるから不思議です。
それにアルダールに対しても酷い態度だったらしいことはアルダールがものっすっごくソフトな表現で教えてくれたので、わかっておりますとも。
未練なんてものもこれっぽっちもないとわかっています。
(ただちょっと引っかかるんだよなあ)
シェレラトス準男爵、老舗の窯工房のお嬢さん。
もしそこが繋がっていたとして、目的はなんでしょう?
今更アルダールとよりを戻したいとか?
でもそれなら彼女の方が愛人候補として名乗りを上げるはずなので、私に愛人を押し付ける……じゃなかった、立候補させる理由にはなりません。
アルダールも変に言い寄られた場合は私に教えてくれてますし、そこに元カノ情報はありませんでしたし……。
(何が狙いかわからないなあ)
ただ、大手の商人たちは私たちの結婚をお祝いしているという空気をタルボットさんが醸していたことを考えれば窯工房は関係ないのかもしれません。
とはいえ相手は老舗中の老舗、変な関わり合い方をすると今後『子爵家として』禍根を残すかもしれないと思えば、きちんと目を光らせておくべきでしょうか。
(うーん、いつになったら王城仕事だけに集中させてくれるのかなあ)
婚約してもこの始末、結婚してもまさか続くとか言わないよな……?