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(……人目につくところで豪商のタルボットさんから直接私たちはお祝いされた。さも商人たちは私たち二人の味方のような振る舞いだった)
お祝い品として相応しいだけのオパール、それを示すことでタルボット商会としても祝いの品をどれだけ振る舞えるのか示せたわけだ。
(上手いこと、商会の勢いがあるってところを示すのに利用された気分だわ)
まあこちらも利用しているのだから、お互いさまってやつなんだろうけど。
これからは侍女としてではなく、貴族夫人としてこういうやりとりを商人たちともしないといけないってことですかね……。
しばらくの間は領地もない子爵夫人として穏やかに暮らさせてはもらえそうだとは思うんですよ、少なくともプリメラさまの成婚一年前くらいまではね。
あの娘大好き国王陛下のことですから、領地までは与えずとも陞爵をさせたいと手ぐすね引いている気がしますのでその頃にはある程度、家の規模を大きくしたり使用人の数を増やせと言われるんでしょうね……。
(こちとら穏やかーに暮らしたいだけなのに)
私が家を取り仕切る女主人として苦労するのと同時に、アルダールもきっと……これは私の予想に過ぎませんが、近衛騎士隊で出世しそうな気がします。
それが手っ取り早いですもの、国王陛下にとってね!
(またモンスター退治に引っ張り出されるのかしら)
「?」
「なんでもないわ」
国政としても、私情としても、アルダールを便利な駒として使われるのにはやはり抵抗があります。
でもモンスターを退治してもらえば国民は大喜び、他国へは『我が国では剣聖候補が頑張ってくれている』って自慢もできて、アルダールの評判はうなぎ登り間違いなし。
デメリットとしては私が心配ってくらい、メリットの方が多いですものね。
クーラウムの近衛騎士隊は飾りではなく本当に強い、っていうのを示せる人材が多いわけですよ。
たとえばかつて近衛騎士だったキース・レッスさま然り、現在の隊長であるベイツさま然り。いやあの二人は人外的な強さって噂もありますけど。
なんだったらアルダールが『あの二人はちょっと……別格かな……』なんて言ってましたからね。
アルダールが『別格』なんて言うって、どのくらい強いんでしょう本当に……。
(メッタボンに聞いたらわかるかしら)
わかったところでなんだって話ですが、まあぶっちゃけただの好奇心ですね!
あれ?
そうやって考えるとミスルトゥ家ってとんでもない状態になるのでは。
近衛騎士隊のホープである子爵、近衛騎士隊経験のある高位貴族出身の従者、国王陛下の〝影〟だった執事。
やだ、過剰防衛力……。
(まあさすがに実力行使を仕掛けてくるところはないでしょ、そのメリットもないし)
だからこそ愛人だのなんだの、搦め手できているわけですからね!
それも今回の旅行で少し落ち着いてくれそうなのは良かったと思います。
教えてくれたのがタルボットさんってのがちょっぴり引っかかりますが。
「それにしても馬車の準備から出発までが本当にスムーズだったわね」
「……どうやらあのタルボット商会の会頭がいろいろと手配してくれたようだよ」
「そう」
なるほど、キャラバンが妙に手間取っていたのも私たちとの演出のためってことですかね?
だとしたらやはり侮れないですよね……メッタボンのお父さんですが、好きになれないタイプですよ本当に!
「ユリアのご家族もきっと首を長くして待っていることだろうね」
「少し、照れくさくって。家族以外の人を墓参りに伴ったことはないの」
「……昔からいる使用人たちもかい?」
「ええ」
私が王城に行く前までは、そりゃあ一応貴族令嬢でしたし、子供でしたから?
家の庭に墓があるわけじゃないから教会まで出るのに一人で……というわけには行きませんでした。
「大抵は、お父さまが一緒でしたから」
王城に住まうようになり、一年に何度か帰る中で……お義母さまから結婚の話が出る度に、逃げるようにしてお墓参りに行きました。
「今思うと逃げ場にして、母には申し訳ないことをしたと反省しているわ」
「ユリア……」
「たまに訪れたと思うと家の愚痴ばかりで、きっと母も天国でやきもきしていたと思うの。だから、今日はようやく安心させてあげられるかなって」
こんな私のことを大事にしてくれる恋人ができただけじゃなくて、結婚までしちゃうんだって言ったらそりゃもう安心してくれるに違いありません。
もしかしたらちょっぴり愛情重ためかな? って思うことはありますが、私にとって比べる相手もいない素敵な旦那サマってことで無問題です。
きっと天国の母も満足に違いありません。
イケメンで、一途で、私の仕事に理解があって、稼ぎもある人ですって紹介したら普通に『なんで!?』って言われそうだなあなんて思いました。
あまり実母の記憶ないんですけども。
私の母ですからね……そういう反応しそうだなって。
「ユリアのお母さんに認めてもらえるといいんだけどね」
「アルダールが認められなかったら大半の人が認められないと思いますよ……?」
何言ってるんだ、この人。
思わずジト目で見てしまいましたが、アルダールは気にしていない様子。
それどころか向かいの席から私の隣に移動して、さも当然のように抱きしめてくるから……くっ、前よりも甘え上手って言うかスキンシップ過剰がですね!
「アルダール?」
「うん、ちょっと甘えたくなった。可愛いことを君が言うから」
「どこが!?」
どこにそんな要素ありましたかね!?
にこにこ笑顔のアルダールはこういう時何を言っても自分の意見を曲げないことはよーくわかっております。
稼ぎも良くてイケメンで一途だけど、ちょっと意地悪で頑固なんだよなあ!
(……まあ、そういうところも好きだから仕方ないか)
惚れた方が負けって言いますし!?
いや、告白もアプローチも向こうが先だからつまるところ私は最初から負けていた……?
そもそも勝敗ってどこにあるんだかよくわかりませんけど。
「まずはファンディッド邸に行って、それからだろう?」
「ええ。教会に行く前にお花も買いたいな」
「そうだね」
実母は花が好きだったと聞いています。
どんな花も大好きだとよく言っていたそうですが、ピンクのガーベラが好きだったという話をお父さまがしたのでそれを中心にお花を用意したいですね。
(ピンクのガーベラの花言葉は、前進だっけ……)
お父さまのことを明るく励ます女性だったと聞いています。
生きていたら、どんな母子になっていたのかと思った日もありました。
「……アルダール、私ね」
「うん?」
「お母さまに貴方を紹介できる日が来て、すごく幸せよ」
あの頃は前世の記憶がどうのとかで大人ぶって、記憶に薄い母親のことを想ってあげられない薄情な子供だったと思います。
けれど、今アルダールに告げたように私は幸せだなと思ったんです。
愛されていたんだなと、唐突にそう思ったんです。
だから、彼を母に紹介できることが、こんなにも誇らしくて嬉しくて、幸せだなあって。
アルダールは不思議そうに首を傾げましたけど、何も言わないでくれました。
(そういうところが好きなんだよなあ)
ただ、抱き寄せてくれたそれだけで、私はこの人の隣にいられて幸せだなあと素直に甘えておくことにしたのでした。




