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「これはこれは、ご旅行なさるという話を小耳に挟んではおりましたがこんなところでお目にかかれるとは……光栄です」
「……タルボットさんは商談帰りですか? ご苦労さまです」
「はい。これより王都に戻るところでございました。バウムさまにおかれましても、叙爵おめでとうざいます。こうして直接祝いの言葉を述べさせていただける機会を得られて、望外の喜びとはまさにこのことですな」
「……ありがとう」
にっこにっこと上機嫌そうなタルボットさんですが、その表情と内心が同じとは限らないっていうのが大商人。
世界を股にかけるリジル商会や地元で根強い人気のジェンダ商会に比べればやはり知名度は低いものの、一度へこたれてもまた復活できて尚且つ支店まで展開した上で他国とのパイプもある十分大きな商会の会頭さんですからね!!
(……メッタボンのお父さんって思うととても複雑なんだけど)
まあ今更タルボット商会に対して私が思うところはありませんし、ミュリエッタさんの保護者役もリード・マルクくんに移ってフットワークも軽くなったから商売に思いっきり本腰を入れているんでしょう。
しかしキャラバンを連れている様子はありませんし、幾人かお付きの人がいる程度にしか見えませんが……。
私たちに挨拶するためだけに寄ってきたのでしょうか。
単なる偶然って思うほど私も純真ではありませんからね!
(旅行に関しても私たちがある意味大々的に報せて、誰かしら接触しやすいようにしていたからおかしな話でもないし)
婚約話もね、正式な発表とかがまだできていないだけで陛下がお認めくださったっていうビッグニュースだけはもう国内外に駆け巡っているらしいから……。
うん、まあ、国王陛下が一臣下の婚約を期間無視して認めちゃったってんだからそりゃニュースにもなりますよね……。
「ここで会えたのも何かのご縁。いずれお贈りさせていただこうと思っておりました品がございまして、もしよろしければこの場を借りてお渡ししたく思いますがいかがでしょうか?」
「……祝いの品か」
「さようで」
にこにこしながらサッとタルボットさんが手を挙げると、後ろからササッと現れたお付きの人が私たちの前に小箱を恭しく差し出してきました。
私はどうするべきかとアルダールを見上げましたが、彼はにこりと私に微笑みかけたと思うと小箱を手に取り開けました。
そこには綺麗だけれど普段使いにできそうなブローチが二つ。
大きさは少しだけ違いますが、意匠から考えるにペアで使うことを前提としたものです。
使われている石はオパールでしょうか。
「これはなかなか良いものだな」
「祝いの気持ちと謝意を込めさせていただきました」
謝意?
思わず私が視線を向けると、タルボットさんはまたまたにっこりと笑みを浮かべました。
確かにアルダールが言うように、このオパールは上質なものだと思います。
貴族への祝いとして贈るにしても、高位貴族が受け取るランクの石と細工ではないでしょうか。
それについての返答が『謝意』とな?
「……賢しらに振る舞う恥知らずがおりますと、同じ商人としては少々気に障るところがありましたからなあ。同輩がご迷惑をおかけした分の謝意でございますよ」
言い回しが本当に遠回しすぎてあれなんですが、それってつまるところシェレラトス準男爵のことですかね……!
おそらくこの場合の『謝意』は感謝の方の意味ですね!?
(賢しらってのは爵位を金で買って貴族たちに擦り寄るやり方のことかしら……)
まあそれはそれで戦略なので、悪いことではないのですが……。
ただシェレラトス準男爵の場合は戦略的というよりはラッキーで手に入れた資金を爵位につぎ込んでその後上手く回せていないって感じですもんね。
あくまで報告書を読んだ感じですが。
確かに品位に欠ける行動だとは思いますしね。
息子をこれから伸びそうな爵位持ち貴族の若奥様に愛人として推薦するあたり!
しかもそれを別の貴族から斡旋させるという行動は、確かにあまり人としても……ね。
「お二人が仲良くリジル商会でお買い物をなされた話はすでに伺っておりますが、機会がございましたら是非タルボット商会もご利用くださいませ。お待ちしておりますゆえ」
にこにこ笑顔のタルボットさんはそれだけ言うと深々と頭を下げ、踵を返しました。
何かを言うべきなのか、この贈り物は受け取って良かったのか……頭の中をいろいろと考えが巡りましたが、ここは素直に受け取っておくべきでしょう。
商人たちとの付き合いはこれからもずっとあるのです。
ただの貴族、一介の侍女……そういった立場ではいられなくなった以上、彼らと良い関係を築いていくのは自分たちの身を守るためにも必要なことです。
(もしかしてタルボットさんもシェレラトス準男爵と何かあったのかもしれないけど……まあいいか)
それにアルダールが箱の中身を開けて確認したってことは、受け取るべきって彼も思ったからでしょうし。
ちらりと視線を向けるとアルダールはにっこり笑ってブローチを取り出していました。
「折角だから、つけていこうか」
「え?」
「こういう時でもないと、揃いのものをつけるタイミングもないからね」
「そ、それはそうだけれど……」
ただでさえいちゃついている旅行で、ペアのブローチつけているとかアピール過剰って言われないでしょうか!
いやもうそのくらいしないとダメなのか!?
アルダールが楽しそうだからいいか、とは思うのでとりあえず頷いておきましたけど。
(……タルボットさんがあんな言い方したってことは、シェレラトス準男爵のことはもう考えなくていいかな)
周囲にあまり私たちに干渉してくるとああなりますよって警告になればなんて思っていたのも事実ですが、あんまり酷いことにならないといいなあ!
(そういえばセバスチャンさんに相談しておいた件もどうなったかな)
例の、私の愛人候補となった兄とその兄に言うことを聞かせるための人質になった弟っていうシェレラトス準男爵の子供たち。
もう子供って年齢ではないんでしょうけれどね。
ライアンにやらせるとは聞いていますが、細かい所はお任せしちゃったんですが……まあ上手くやってくれると信じています。
他の商人たちが彼らのメンツのためにも動いてくれているなら、きっとライアンも動きやすいことでしょう。
「……なんだか自分が腹黒くなった気分だわ」
思わずそう呟くと、私にブローチをつけてくれていたアルダールがきょとんとした顔を見せました。
少しだけ首を傾げて、何故かキスを一つ。
「ユリアが腹黒いなら、世の中の人の大半は腹黒いことになると思うし……なんだったら王城にいる方々の八割方はもっと黒いから安心していいよ」
「……それ、どこも安心する要素がないんだけど!?」
否定もできないこの悲しさよ!
でも語弊があるから!!
人間ですもの、どこをとっても真っ白……なんて人はうちのプリメラさまくらいなもんだと私はそう思っていますが、王城で働いている人の大半が善良な方々ですからね!?
八割は! 言いすぎです!!