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とはいえ、簡単に言えばシェレラトス準男爵は私とどのような形にしろ縁ができたという結果が必要だっただけなのでしょう。
そういう意味では愛人の子供たちは準男爵にとっていつでも捨てることのできる駒。
モテないと噂の鉄壁侍女だけに見目良い上の子が気に入られればそれはそれで融通を利かせてもらえるよう取り計らってくれるだろうし、だめならだめで息子が勝手にやったと謝罪するきっかけにもなるとか考えているんじゃないでしょうか?
(問題は、何故下の子が私に手紙を送ることができたのか……よね)
下の子のことを盾に上の子に愛人になるよう命じたのだとしたら、下の子は監視の目がついていると思った方が無難ですよね。
ましてやそんな謝罪の手紙を送るだなんて、シェレラトス準男爵からしたら悪印象を私に持たれることでしかないわけですし。
「……ねえアルダール、この手紙の主とその兄を秘密裏に保護したとして、何かデメリットってあると思う?」
「何もないだろうね。精々、その後のことについてどうするか……だけど。事情を考慮すると碌な扱いは受けていなそうだし、ユリアの愛人を願い出るくらいの年齢だ、弟の保護者にはなれる年齢じゃないのかな」
「……きっかけさえあれば、ってことね」
フィッシャー侯爵は今のところ仕事を辞めさせることで男爵に対する禊的なことをしたとでも思っているのでしょうが、そこはそれ。
ついでに折角ですから風通しをよくしていただきたいと思うので、後ほど宰相閣下に〝苦情の〟お手紙でも出しておこうかなと思っております。
ええ、ここ数年の問題をまとめて提出するつもりだったものですよ。
辞めちゃったから出しそびれた……なんて勿体ないことはいたしません。
なんだったら『相手が辞めてしまったのでどうしようかと考えたけれどこういうことが起きていたという実態を知っていただきたいと思って』とかなんとか言っておけばいいんじゃないでしょうか?
知りませんけどね!
もっと早く報せろとかそういうことは聞きません。
なにせ一つや二つのクレーム内容だけじゃ『この程度で』って言われるのが関の山。
だから数年分溜めてたんですとでも言ってやれば宰相閣下の周りで同じようなことをしている身内がいる人たちも黙らざるを得ないでしょう。
別にね、縁故採用が悪いとは私も思っていないんですよ。
なんだったらスカーレットだってピジョット家関係で侍女に滑り込み採用された経緯もありますし……。
内宮筆頭もピジョット夫人と遠縁だからってあの子を守ってくれていたおかげでクビになることもなくこうして今や王女宮の信頼に値する侍女となってくれたわけですし?
(……全部放っておいても勿論問題ないのだろうけれど)
おそらくそれはそれで誰かが勝手にいいように解決してくださることでしょうからね。
あくまでアルダールと私に関わったのは偶然で、もともと素行の悪い人たちがそれをきっかけに失脚しようがなんだろうがそれは偶然が重なった結果ですから。
ただまあ、ちょっとくらいは意趣返ししたって許されるってもんでしょう。
でも何事もやり過ぎはよろしくないし、手を出しすぎてもっと厄介な件も任せていいなんて思われても困りますし……。
「そうねえ」
「……ユリア?」
思わず声に出てしまいましたが、私はきっと上手に笑えていたと思いますよ!
若干アルダールが引き気味でしたけど!!
「何をするんだい」
「いいえ? 大したことはしないの」
安易な気持ちで王女宮に手を出そうなんて考える人が出ないように少しだけ、本当に少しだけ手を回すだけですよ……とはさすがに言いませんでした。
実際その通りなんだけど、言い回しがちょっと悪役っぽくありません?
私はモブですし?
仕えている王女様はプリンセスオブプリンセスで可憐で愛らしい姫君であって悪役令嬢ではありませんしましてや肉まんじゅうでもありませんし、そこは誤解されないようにしないといけませんよね!!
まあ今更プリメラさまが癇癪持ちのあの〝プリメラ〟にはなりようもないんですが……。
(……やっぱり商人だしある程度はミスルトゥ家として考えるなら、やたらめったら切り捨てるのは悪手。かといって簡単に許しを与えたとなれば、同じ下位貴族たちの中で新興貴族だからと軽んじられるきっかけにもなりかねないし……)
しかし私と縁を持てばより強い商会、もしくは商談……あるいは他の貴族と繋がりが持てるという期待を抱くのは仕方ない話なのかもしれません。
どうしたってそういう面で侍女というものはコネクションがありますし、騎士たちよりもそういう意味で商人たちは与しやすいと考えるものでしょう。
侍女の中にはそれで商人たちから格安であれこれ手に入れる人もいるわけですし、そのあたりは助け合いっていうかね? 持ちつ持たれつっていうの?
そういうコネも私は必要なものだと思いますので、要はどう付き合っていくかの線引きが問題なんですよ。
今回に関してはどうあってもあれこれ角が立つとしか言いようがありません。
あちらの言い分としては息子が願い出ていたことだとかそんな感じでしょうが、それで終わらせるほどこちらも甘くないってことを示さないといけないわけですよね……。
(そして多分、そういう役割を私に求めている)
誰が、なんてことはあえて言いませんけど。
アルダールには次期剣聖として、騎士たちの輝ける星として……そして能力ある後嗣となれない立場の、それこそ庶子であったり次男、三男という立場の人々が夢を見る時の指標であってもらいたいという目論見もあるのでしょう。
(……光に近くなればなる程、影は大きくなる……)
王家という太陽の恩恵に与ろうとその影に潜むもののなんと多いことか。
そしてアルダールが清廉潔白な騎士であればあるほど王家としてはそれが望ましく、そしてそんな彼を支えるために私に求められることがなんなのか。
(セバスチャンさんが、ハンスさんが新興貴族の家臣になる理由もそこにあるのだと、ちゃんと理解していることを示さないと)
何もしないことを望まれる場合もあるでしょう、しかし何もしないことで評価が下がることもよくある話。
子爵夫人になろうがなんだろうが、まあ私がそれなりに働くうちはアルダールに悪い話など来ないでしょう。
そして私にはもっと『周りを頼ること』を学ばせようというわけですね。
(……発案者は誰なんだか)
大きなため息が出てしまいそうですが、まあいいでしょう。
私は諦めてから、アルダールににっこりと笑いかけました。
「そうそう、アルダール。一つ相談があるのだけれど」
「なんだい?」
「私たちの結婚式の場所なのだけれど……とてもよいところを教えてもらったの」
「へえ。どこかな?」
アルダールが小首をかしげたのを見て、私は少しだけ申し訳なく思いつつ一つの教会の名前を挙げました。
それは王都からさほど遠くはないものの小さな町の、そう大きくない教会です。
だから彼も不思議そうにして私を見ていました。
「……別にそこで構わないけれど、急にどうしたんだい?」
「ええ。とある方から思い出話を伺って、とても御利益がありそうだと思ったものだから」
「御利益、ねえ」
不思議そうにするアルダールは続いて「誰から?」ときいてきたので、私は満面の笑みで答えました。
「大司教様が出家なさった際、修業した教会なの」
ええ、私。
そこそこ人脈があるってところを見せておかないといけないのですよ。
「……もしかして、あれこれ苦労をさせているのかな」
「いいえ。私が望んでしていることよ」
だってそうでしょう?
折角私を守ってくれるアルダールがいるのだから、私もアルダールを自分なりの方法で守ってみせようじゃありませんか。
なんせ私、地味ですけど有能な侍女ですのでね!




