表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
521/641

518

 とはいえ、簡単に言えばシェレラトス準男爵は私とどのような形にしろ縁ができたという結果が必要だっただけなのでしょう。


 そういう意味では愛人の子供たちは準男爵にとっていつでも捨てることのできる駒。

 モテないと噂の鉄壁侍女だけに見目良い上の子が気に入られればそれはそれで融通を利かせてもらえるよう取り計らってくれるだろうし、だめならだめで息子が勝手にやったと謝罪するきっかけにもなるとか考えているんじゃないでしょうか?


(問題は、何故下の子が私に手紙を送ることができたのか……よね)


 下の子のことを盾に上の子に愛人になるよう命じたのだとしたら、下の子は監視の目がついていると思った方が無難ですよね。

 ましてやそんな謝罪の手紙を送るだなんて、シェレラトス準男爵からしたら悪印象を私に持たれることでしかないわけですし。


「……ねえアルダール、この手紙の主とその兄を秘密裏に保護したとして、何かデメリットってあると思う?」


「何もないだろうね。精々、その後のことについてどうするか……だけど。事情を考慮すると碌な扱いは受けていなそうだし、ユリアの愛人を願い出るくらいの年齢だ、弟の保護者にはなれる年齢じゃないのかな」


「……きっかけさえあれば、ってことね」


 フィッシャー侯爵は今のところ仕事を辞めさせることで男爵に対する禊的なことをしたとでも思っているのでしょうが、そこはそれ。

 ついで(・・・)に折角ですから風通しをよくしていただきたいと思うので、後ほど宰相閣下に〝苦情の〟お手紙でも出しておこうかなと思っております。


 ええ、ここ数年の問題をまとめて提出するつもり(・・・)だったものですよ。

 辞めちゃったから出しそびれた……なんて勿体ないことはいたしません。

 なんだったら『相手が辞めてしまったのでどうしようかと考えたけれどこういうことが起きていたという実態を知っていただきたいと思って』とかなんとか言っておけばいいんじゃないでしょうか?

 知りませんけどね!


 もっと早く報せろとかそういうことは聞きません。

 なにせ一つや二つのクレーム内容だけじゃ『この程度で』って言われるのが関の山。

 だから数年分溜めてたんですとでも言ってやれば宰相閣下の周りで同じようなことをしている身内がいる人たちも黙らざるを得ないでしょう。


 別にね、縁故採用が悪いとは私も思っていないんですよ。

 なんだったらスカーレットだってピジョット家関係で侍女に滑り込み採用された経緯もありますし……。

 内宮筆頭もピジョット夫人と遠縁だからってあの子を守ってくれていたおかげでクビになることもなくこうして今や王女宮の信頼に値する侍女となってくれたわけですし?


(……全部放っておいても勿論問題ないのだろうけれど)


 おそらくそれはそれで誰かが勝手にいいように解決してくださることでしょうからね。

 あくまでアルダールと私に関わったのは偶然で、もともと素行の悪い人たちがそれをきっかけに失脚しようがなんだろうがそれは偶然が重なった結果ですから。


 ただまあ、ちょっとくらいは意趣返ししたって許されるってもんでしょう。

 でも何事もやり過ぎはよろしくないし、手を出しすぎてもっと厄介な件も任せていいなんて思われても困りますし……。


「そうねえ」


「……ユリア?」


 思わず声に出てしまいましたが、私はきっと上手に笑えていたと思いますよ!

 若干アルダールが引き気味でしたけど!!


「何をするんだい」


「いいえ? 大したことはしないの」


 安易な気持ちで王女宮に手を出そうなんて考える人が出ないように少しだけ、本当に少しだけ手を回すだけですよ……とはさすがに言いませんでした。

 実際その通りなんだけど、言い回しがちょっと悪役っぽくありません?


 私はモブですし?

 仕えている王女様はプリンセスオブプリンセスで可憐で愛らしい姫君であって悪役令嬢ではありませんしましてや肉まんじゅうでもありませんし、そこは誤解されないようにしないといけませんよね!!


 まあ今更プリメラさまが癇癪持ちのあの〝プリメラ〟にはなりようもないんですが……。


(……やっぱり商人だしある程度はミスルトゥ家として考えるなら、やたらめったら切り捨てるのは悪手。かといって簡単に許しを与えたとなれば、同じ下位貴族たちの中で新興貴族だからと軽んじられるきっかけにもなりかねないし……)


 しかし私と縁を持てばより強い商会、もしくは商談……あるいは他の貴族と繋がりが持てるという期待を抱くのは仕方ない話なのかもしれません。

 どうしたってそういう面で侍女というものはコネクションがありますし、騎士たちよりもそういう意味で商人たちは与しやすいと考えるものでしょう。


 侍女の中にはそれで商人たちから格安であれこれ手に入れる人もいるわけですし、そのあたりは助け合いっていうかね? 持ちつ持たれつっていうの?

 そういうコネも私は必要なものだと思いますので、要はどう付き合っていくかの線引きが問題なんですよ。


 今回に関してはどうあってもあれこれ角が立つとしか言いようがありません。

 あちらの言い分としては息子が願い出ていたことだとかそんな感じでしょうが、それで終わらせるほどこちらも甘くないってことを示さないといけないわけですよね……。


(そして多分、そういう役割を私に求めている)


 誰が、なんてことはあえて言いませんけど。

 アルダールには次期剣聖として、騎士たちの輝ける星として……そして能力ある後嗣となれない立場の、それこそ庶子であったり次男、三男という立場の人々が夢を見る時の指標であってもらいたいという目論見もあるのでしょう。


(……光に近くなればなる程、影は大きくなる……)


 王家という太陽の恩恵に与ろうとその影に潜むもののなんと多いことか。

 そしてアルダールが清廉潔白な騎士であればあるほど王家としてはそれが望ましく、そしてそんな彼を支えるために私に求められることがなんなのか。


(セバスチャンさんが、ハンスさんが新興貴族の家臣になる理由もそこにあるのだと、ちゃんと理解していることを示さないと)


 何もしない(・・・・・)ことを望まれる場合もあるでしょう、しかし何もしない(・・・)ことで評価が下がることもよくある話。


 子爵夫人になろうがなんだろうが、まあ私がそれなりに働くうちはアルダールに悪い話など来ないでしょう。

 そして私にはもっと『周りを頼ること』を学ばせようというわけですね。


(……発案者は誰なんだか)


 大きなため息が出てしまいそうですが、まあいいでしょう。

 私は諦めてから、アルダールににっこりと笑いかけました。


「そうそう、アルダール。一つ相談があるのだけれど」


「なんだい?」


「私たちの結婚式の場所なのだけれど……とてもよいところを教えてもらったの」


「へえ。どこかな?」


 アルダールが小首をかしげたのを見て、私は少しだけ申し訳なく思いつつ一つの教会の名前を挙げました。

 それは王都からさほど遠くはないものの小さな町の、そう大きくない教会です。


 だから彼も不思議そうにして私を見ていました。


「……別にそこで構わないけれど、急にどうしたんだい?」


「ええ。とある方から思い出話を伺って、とても御利益がありそうだと思ったものだから」


「御利益、ねえ」


 不思議そうにするアルダールは続いて「誰から?」ときいてきたので、私は満面の笑みで答えました。


「大司教様が出家なさった際、修業した教会なの」


 ええ、私。

 そこそこ(・・・・)人脈があるってところを見せておかないといけないのですよ。


「……もしかして、あれこれ苦労をさせているのかな」


「いいえ。私が望んでしていることよ」


 だってそうでしょう?

 折角私を守ってくれるアルダールがいるのだから、私もアルダールを自分なりの方法で守ってみせようじゃありませんか。

 なんせ私、地味ですけど有能な侍女ですのでね!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらもよろしくお願いします!

魔法使いの名付け親完結済
天涯孤独になったと思ったら、名付け親だと名乗る魔法使いが現れた。
魔法使いに吸血鬼、果てには片思いの彼まで実はあやかしで……!?

悪役令嬢、拾いました!~しかも可愛いので、妹として大事にしたいと思います~完結済
転生者である主人公が拾ったのは、前世見た漫画の『悪役令嬢』だった……!?
しかし、その悪役令嬢はまったくもって可愛くって仕方がないので、全力で甘やかしたいと思います!

あなたと、恋がしたいです。完結済
現代恋愛、高校生男児のちょっと不思議な恋模様。
優しい気持ちになれる作品を目指しております!

ゴブリンさんは助けて欲しい!完結済

最弱モンスターがまさかの男前!? 濃ゆいキャラが当たり前!?
ファンタジーコメディです。
― 新着の感想 ―
[一言] 何時も面白い話を書いて頂きありがとうございます!
[一言]  そもそも「もてない」「地味な」侍女という対外的な状態が、単純に姫様に一途なことに由来するという事を知らない連中が多すぎるってことなんでしょうね。  だから逆にそれを知ってる王家や王城上層部…
[一言] ユリアさんもなんだかんだでしっかり貴族してるのが良いですよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ