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 そして何が気に食わないって、お父さまと同じような考えの男性は一定数いるということだ。

 貴族にとって家と家を繋ぐ結婚こそが女の幸せ、繁栄をもたらし、子を儲け立場を確立し、社交界の花となるこそが最上。

 まあそういう考えはありだと思いますよ、血筋を大事にするにはそれなりの理由があるし。

 だから私だって大きな声でそんなのおかしいとか言い出したりなんていたしません。

 貴族位というのはただの特権階級というだけではないのだから。


 まあ中には『貴族なんだから平民相手に何をしてもいい』とか考えちゃう人もいるわけだけどね!

 そういった特権階級意識の固まり(勘違いな)の人たちの子女が侍女とかになるのは良い結婚相手を見つけるための“侍女という名の婚活”の為だったりとかで……で、そういった勘違い特権階級が無暗に身分を振りかざして「書類とか仕事とかそういうのをしに来たんじゃないのよ!」という態度と言動から悪循環が出来ていたというのは悲しい現実だ。

 でも私だけじゃなくて、仕事をしていてそれを真面目にやって誇りを感じている者も一定数勿論存在する。


 だから、そう考えを改めて欲しいわけじゃないけれども娘としてお父さまには理解していただきたかったという落胆は、正直大きい。

 今までだって仕事よりも結婚と訴えるお父さまに、私は仕事が充実していて幸せだと訴えてきた。

 でもあの日は何と言ってお帰り願ったのかも正直曖昧だ。

 あの後メイナが噂を聞いて(即日噂になっていたことに眩暈を覚えたものだ)憤慨してくれて、それにちょっと救われたけど。勿論彼女にはその後の口止めをお願いした。メイナはその人当たりの良さから同期のメイドや侍女たちととても仲が良いので、こういう時はとても助かる存在だ。

 

 でも、うん。こういう政治とかが関わらない、誰かを貶める噂話っていうのはなんでかものすごくあっという間に広まるんだよねえ。女性たちはしょうがないと思っていたけど近衛隊にまで聞こえているなら、王家の皆さまにも伝わっていると思って間違いないだろう。なんてこったい。


「……それは、お耳汚しでした」


 これ以上しかめっ面を私もしたくないし、この話題は出来ればもう少し冷静になるまで置いておきたい。園遊会の前にちょっとした恥をかいたが、醜聞というには弱いし私が不美人だと親に嘆かれたという笑い話なだけだ。笑い話にされている対象からすると笑えないわけだけれども。お父さまとは冬にじっくりとお話しすることにしよう。そう、じっくりとね!


 だからアルダール・サウルさまに対しては変なことを耳に入れたなあとちょっとした恥ずかしさと申し訳なさがある程度だ。この話題はそれで終わりにしたい、そういう態度をとれば彼は察しがいいから理解してくれるだろう。


「改めて言うのもなんだかあれだけどね」


「……え?」


「私は、貴女が素敵な女性だと思いますよ、ユリア殿」


「え、え?」


 テーブルに置かれていた私の手に、アルダール・サウルさまの手が重ねられた。

 幾分か私よりも体温の高いその手は当然男性だから大きくて、すっぽり包み込まれるみたいで。見た目はほっそりしていてもやっぱり剣を持つ手だからなのか、かさかさしていて、ごつごつとしていて、ああ、男の人の手だなんて改めてまた思ったりなんかして。でも嫌だなんて思わなかった。


「きちんと考え働き、真面目な姿は貴女の周囲が認めています。勿論、私も」


「あ、ありがとうございます……」


「ねえ、ユリア殿。勿論ご存じでしょうが、我々貴族に生まれついた男の二つの名前にはそれぞれ意味があるんですよ」


「ええ。存じております。最初の名は成人してから生きていく、家名を背負うに似合う名前であること……だから家長がつけるのだと。そして二つ目の名は、」


「そう、父親が外に向けての名をひとつ目に与えるのと対になるように、母親が二つ目の名をつけます。私の場合はもうご存じでしょうが、私の父方の祖母がつけてくれました」


 弟のメレク・ラヴィで言えばメレクというのはかつていた賢者の名前にあやかった、実にポピュラーな名前でお父さまが“世渡りが上手でファンディッド子爵家を繋いでいけますように”と願って付けたというちょっぴり情けないお話を聞いた弟がいじけたのを思い出す。

 お義母さまがつけたラヴィはこちらもポピュラーなもので、家庭を大事にできる聖人にあやかった名前だ。


 でも一体なぜそんなことを言い出すのだろうとアルダール・サウルさまを思わず見つめれば、彼は穏やかに笑った。

 ……ところでいつまで手を繋いでいるんだろう。これ払ったり抜いたりしたら失礼になるの? でもなんか緊張して汗をかいているような……ぬめったりなんかしないと思うけど心配じゃないですか。


「私のサウルというのはなんでもバウム家の初代さまにとって弟君のお名前だそうです。あまり有名ではありませんがね。縁の下の力持ちとしてバウム家分家として当主に尽くし、支えたと同時にとても家族思いで家庭的であったということです」


 紅茶を一口飲んで、少しだけ曖昧な――寂しげなような、呆れているような、そんな表情で少し笑ったアルダール・サウルさまは、言葉を続けた。

 私が口をはさむことを良しとしていないであろうことは雰囲気でわかる。私は空気が読める人間のはずだ! そしてこの選択は限りなく正解だと思う。


「私に求められているのは弟を支える分家の当主となることなのでしょう。父上には兄弟がいませんでしたからね。弟の代で私が分家を立ち上げることは確定していますから」


「……そう、ですか」


「だから私は支える(・・・)のが得意なんだと思いますよ、そう願いが込められた名前を持っていますからね」


「はい。……? そうですね?」


「……貴女が頼ってくれたらいいなと思ってるんです。私が貴女の支えになれたらいいなあなんて自惚れてこんなお話をさせていただいているんですから」


 支えるのが得意ってなんだ? と思って思わず同意していいのかわからず疑問形で返してしまったけれど、彼は気にしている様子はない。


 というよりも、ふわっと笑ったアルダール・サウルさまは、もしかして照れていらっしゃるのだろうか。


 え、ていうか頼っていいですよって。

 素敵だよとか持ち上げつつ頼っていいとかこれってなんだろう、もしかしてフラグ?

 いやいやいや待て、待つんだ私。いくら乙女ゲームの世界で私が前世乙女ゲームやりこんでたからってそうそうフラグがあるわけないじゃん。勘違いしてはいけない。セーフセーフ。


「……ありがとうございます。ダンスパーティの時もそうでしたが、頼りにさせていただいています」


 そうだ、この人は頼りになる人だ。

 個人的に頼ったことはなかったけれども、互いにプリメラさまとディーン・デインさまの幸せを願って色々やり取りをしているうちに頼れる大人であるという認識はしている。

 前回のお父さまの件で王太后さま経由で私を庇うようにダンスに誘ってくださったり、色々知らないうちに頼っていたしそのお礼をするために今日お会いしたというのに、また頼っていいと言ってくださるとかどれだけこの人、良い人なんだろうか!


「正直に申し上げれば、お父さまが私の容姿にがっかりしていたのは気付いていましたけれど、私が仕事に対し熱意をもっているということを理解していただけなかったことに落胆が大きくて」


 これは素直に悩みがあるなら相談してねってことだろう。

 うんうん、私も立場上なかなか人に相談できないからそういうことならありがたいです。

 アルダール・サウルさまは失礼ながら立場が微妙な分、色々と人の心の機微にも敏くていらっしゃるし……なによりも良い兄という経験が包容力を醸し出しているのだろう。色気も醸し出してるけど。


「まあ、年配の男性に多くみられる傾向ですね。貴族女性は家庭に入り綺麗な衣服を纏って社交界で家名を浸透させるのが良いのだと」


 そうだ、妻女を着飾らせるだけの財産と寛容さをその当主は持っているのだと、妻を広告塔として社交界はそれこそ女の闘いが繰り広げられる。

 私は正直そういうのは御免だし、噂話とかで種を撒くとかできそうにないし、着飾るとかあのコルセットと毎回格闘するとか、髪形凝るとかありえない。そんなことしているんだったら廊下のモップ掛けとかの方が私はよっぽど楽しいです……。


「だけれど私は、楽しそうに働く貴女は素敵だと思うんですよ。いつもいただくお茶もお菓子も美味しいですしね」


「あっ、りがとう……ございます……」


 真っ向から褒められて、仕事をしている姿がいいと言われて、顔に熱がまた集まって。

 その所為でお礼がまともに言えずに尻すぼみになってしまった。


 ああーあーあー。

 カッコ悪い。カッコ悪いよ私!!


 でも、……楽しそうに働く私を、こうして認めてくれる人がいてくれるという事実が、私の胸を温めてくれた。

 そうだ、私を認めてくれる人はたくさんいてくれる。

 たまたま、お父さまがそうじゃなかったってだけで。本当は、誰よりも肉親の、お父さまに認めていただきたかったのだと今更気が付いた。そうじゃなかったから落胆していて、私を認めてくれる人がいるのに見えなくなってしまっていた。

 ああ、なんて情けない。


 ところで。


「あの……アルダール・サウルさま」


「なんでしょう?」


「手を、そろそろ離していただけませんでしょうか……?」


 そろそろ料理とか運ばれてくると思うんですよね!

 まあ滅多に来ないお店だから大丈夫だと思うけど、店員さんに何この不釣り合いなカップルとか思われたらいたたまれないんでそろそろ許していただけませんかね!


 そう何とか言葉にせず視線で訴えて見るものの、お返事はただただあまぁい視線で――店員さんが美味しい料理を運んでくるまで、このままであった、ということだけは言っとこう。


 もう、なんだか食事をする前からいっぱいいっぱいなんだけど……。

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