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「ライアンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくねライアン。みんなも彼が早く馴染めるように協力してください」
「はい!」
そうして迎えた新たなる王女宮のメンバー、ライアン。
金の髪に青緑の瞳、中性的な美貌は注目の的になって当然では? と言いたくなるほど整った顔立ちの青年です。
基本的にはいつも少し困ったような笑みを浮かべているところが庇護欲をそそりそうなタイプですね……うん、セバスチャンさんやニコラスさんとは違ったタイプの人です。
ちなみに初日ということで今日は私の下で業務説明を受けてもらっています。
明日からはセバスチャンさんの下でみっちりしごかれるそうですが……えっ、それ給仕とかそういう意味のお仕事ですよね?
他の意味合いもあったりしますかね!?
(ニコラスさんの同類なのだなあと思うと、複雑な気持ち……)
あの胡散臭い笑みの青年と目の前のライアンも一緒だと思うとね!
しかし〝影〟も美形しかいないんでしょうかね。
どうなってるんだこの国!!
まあ人間皮を剥いだらみんな肉なんだから大丈夫。
そう考えれば……いやただのホラーだわそれ。
「……それではライアン、セバスチャンさんからすでにある程度のことは説明されていると思いますが今日は私とともに王女殿下にご挨拶をした後、基本業務の説明と書類に関して手伝ってもらうことになります」
「承知いたしました、王女宮筆頭さま」
「私のことは名前で良いわ。同じ宮で働く仲間ですから」
「……ありがとうございます、ユリアさま」
困ったような笑みから少しだけ嬉しそうに笑うの、それって演技……なんですかね?
事前に〝影〟だと聞いているせいでちょっと疑った目で見ちゃう上司を許して!
まあ彼も彼でこれが『お仕事』なんだから、お互いに円滑な上司・部下の関係を築けたら良いのでしょう。
私はプリメラさまのために尽くすことができれば良いのですし、彼は陛下の意向を元に動いているのですからそこは同じはず。
将来的にフィライラ・ディルネさまの……王妃付きの執事となるまでは、ここでしっかりと普通の人間関係を学ぶってことなのでしょうから。
ライアンはセバスチャンさんが教え込んだと言うだけあって、所作も綺麗ですし態度もしっかりとしています。
気弱そうに見えるだけで、そういう部分が〝隙のまるでない美形〟に人間味を与えてくれるのですから……まあ、そういうことなんでしょうね。
幸いと言えるのはスカーレットとメイナが美形を前にしても顔を少しだけ赤らめただけで、別に一目惚れするとかライアンを特別扱いしようという雰囲気になっていなかったことでしょう。
彼女たちがいくらしっかりしているとはいえ、年頃の女の子ですから……素敵な殿方を前に恋に落ちてしまうことだってあるかと少しだけ心配していたのです。
まあ、杞憂に終わってなによりですね!
「上手くやっていけそう?」
「そうですね。……ここの方々はとても穏やかで、少しまだ……落ち着きませんが。セバスチャンさまよりよく尽くすようにと言われておりますので頑張りたいと思います」
「無理はしないでいいわ。……一応、あなたのことは最低限聞いています。明日からはセバスチャンさんと共に行動をするので緊張することも多いのでしょうが、ある程度のことは私にも相談してくれて構わないわ」
「ありがとうございます」
まあ彼の出自が何であろうと、身元としてはこれ以上ないほど信頼できるわけですし……少なくとも私の部下となった以上は責任を持って面倒を見てあげたいと思っているのも事実です。
(セバスチャンさんがいてくれるしね!)
そこが一番大きいですけども。
プリメラさまへのご挨拶も恙なく終えることもできましたし、プリメラさまが彼に心を動かされることも勿論ありませんでしたし。
さすが我らがプリメラさま!
私たちに接するのと変わらず穏やか笑顔でライアンのことを歓迎してくれました。
(……王太子殿下や王弟殿下を見慣れているから、美形慣れが半端ないってだけかも知れませんけどね……)
そういう意味では私も美形に慣れてはいるんですよ、慣れては。
ただただ眩しいってだけでして。
「あ、そういえば」
「どうかなさいましたか? ユリアさま」
「折角だから王子宮に足を伸ばしますか? 王子宮筆頭にも紹介しておきたいと思うし、それにあちらにはニコラス殿がいらっしゃるから挨拶をしておきたいのでは」
「王子宮筆頭さまには是非に。ニコラスはお気になさらず」
「そ、そう?」
間髪を容れずにニコラスさんのことを拒否するライアンに驚くも、これがセバスチャンさんの教育成果なのかと納得しておくことにしました。
ええ、その方がいいと思ったのでね!
ちなみに王子宮を訪ねたらニコラスさんは不在だったので、胸をなで下ろしたのは秘密ですよ。
(……まあ、あの人も王太子殿下付きなんだから忙しくて当然ね)
神出鬼没でしょっちゅう顔を出しているような気がしているもんだから、ついついいつもいるみたいなイメージがついてますけど。
ニコラスさんだって王太子殿下の専属執事なんだから、忙しくて当然なんです。
「挨拶回りは一通り済んだし……そうね、後でまたタイミングが合えば紹介するけれど、私の婚約者で近衛騎士のアルダール・サウル・フォン・バウムがこちらに足を運ぶことが多いから、覚えておいてもらえると助かるわ」
「かしこまりました」
「明日からの業務に関しては王女殿下の傍でどのように行動するか、セバスチャンさんをよく見て学んでください。それ以外の業務についても順次お願いするようになるでしょうが、まずは執事としての流れを覚えてもらうのが一番でしょう」
「はい」
そうです、基本的に女主人相手ですからね。
起床のご挨拶や身嗜みに関しては当然侍女である私たちが受け持ちますが、その他の業務……スケジュールに関してですとか、移動の際に付き従うこと、茶会などでは準備もありますし、結構やることそのものは多いですからね。
いかに優秀な人材とはいえ、一日で全て覚えろというのは難しいでしょう。
……いえ、事前情報としてプリメラさまの好みくらいはすでに叩き込まれている可能性が大ですね。
(そう考えたら彼が独り立ちするのはそう遠くない話なのかしら)
セバスチャンさんの後継として考えるなら、護衛としての力量もきっと十分持ち合わせていることでしょうし……まさか早く引退したくてめっちゃくちゃ厳しく鍛えたりなんかしてませんよね?
「ライアン」
「はい、なんでしょうか」
「セバスチャンさんの指導が厳しくて辛い時はいつでも言ってね?」
割と真剣ですよ!
まあ指導方針について私がとやかく言えるわけではありませんが、王女宮の責任者としては新しく来た使用人仲間に対し心を配ることだって大事なお仕事なのです。
私が事情を知っていてなおそんなことを言うのがおかしかったのか、ライアンはふにゃりと笑いました。
おかしそうに、困ったように。
「……はは、ありがとうございます。頼りにさせていただきます」
その顔は二十三という年齢よりももっと幼い感じがして……整いすぎた美形が笑うと、それはそれで破壊力がすごいなあと思うのでした。




