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夕食はカルムさんマーニャさんご夫妻からの、心尽くしの手料理をいただきました。
家庭的なお料理の数々に舌鼓を打ちつつ楽しい時間を過ごしましたが……念のため、最近のことをお二人に聞きつつ警戒してもらうことにしました。
元より貴族街にある家です。
ナシャンダ侯爵家が所持していた際には警備の兵も巡回の目を厳しくしていたでしょうが、今は一介の子爵……というか、まだ家主がきちんと家に入っていない、使用人だけの準備段階。
私たちも少しばかり油断していたと思わざるを得ません。
陛下が認めてくれた結婚……それに対して異を唱えるかのごとく行動してくる貴族家がまあいるとは思っちゃいましたが、実力行使もどきを仕掛けてくるとは……。
まあ茶会や手紙で私たちが動じないと見ての行動だとは思いますが。
とはいえ、今の段階では『偶然そこにいただけ』と言われてしまえばそれで終わってしまう話です。
しかしながら私やアルダールが気をつければいい、という問題に留まりません。
もし万が一、実力行使でカルムさんマーニャさんご夫妻に対し暴力で訴えてくる輩がいたらと思うとぞっとするではありませんか!
いずれはね、セバスチャンさんがいてくれるようになりますから?
そうしたら大抵の暴漢ごときではあの人に敵わないでしょうからね……。
ほっそりして見えて実に恐ろしいほど強いらしいんですよ、セバスチャンさん。
さすが王家の影出身の執事。詳しくは知らんけど。
王都の警備はかなりなものですので、特に貴族街となるとさほど犯罪率は高くありません。
私たちも家に押し入ってまで……とは思いますが、今回の件も併せて考えを改め、備えを増やすことは大事だと思うのです。
(さすがに本気で私の愛人になりたいって人はいないと思うのよね。アルダールはともかく)
アルダールに恋しているご令嬢はいると思うんですよ。
正直なところ、ミュリエッタさんと同じように諦めの悪いご令嬢がいたっておかしくないと私は考えています。
ほら、ミュリエッタさんの場合はね?
一般に言うところの〝深窓のご令嬢〟らしからぬ行動力と、転生知識のせいで暴走しがちだったんだと思うんですよ。
でも彼女の良いところでもあったんだと思うんです。
決して誰かを陥れたり、犠牲にしたりせず、真っ向からアルダールが好きだと態度でも言葉でも示してきました。
多少は私を軽んじる言動があったとしても、それは可愛いものです。
今となっては、ですが。
でも真性の貴族令嬢ともなるとね……。
高位貴族のご令嬢ともなれば醜聞は御法度ですから、まず間違いなく人を使って……というのはあり得るでしょう。
(これまでは、嫌がらせのお手紙程度で済んでいた)
それは王城で暮らしているから、という点が大きいのです。
物理的に王城内、しかも王宮側で王女騎士団が警護するエリアにいる私を害そうとするのはほぼほぼ無理があるというものです。
だからこそガス抜きの意味も兼ねて嫌がらせの手紙は私も放置しておりました。
大なり小なり不満ってのはどこかで発散しないと爆発しちゃいますからね!
(うーん、でもこの家で暮らすとなるとそうはいかないよなあ……)
少なくとも王城とこの家とを半々くらいになる程度生活リズムが安定してきたら、つまるところ私もアルダールも自分たちの身を守ることを考えないといけません。
やはり夜道に限らず実力行使で出られたら私なんてひとたまりもありませんし、アルダールに限ってはその女性から変な疑惑をかけられて厄介な話になることが見えていますし……。
(その挙げ句に責任を取って……なんて話になりかねませんからね!)
そうまでして愛人になりたいのか?
いいえ、そうではありません。
あくまでこれはミスルトゥ家という新興貴族を叩き潰したい、それだけの嫌がらせなのです。
アルダールに関しては振り向いてもらえなかった女性からの怨念という方が該当しそうですが。
ちなみにカルムさんマーニャさんご夫妻にお話を伺ったところ、別に日中で妙なことは起きていないようでそれだけは安心です。
「……一度冒険者ギルドに、当面の護衛をお願いしましょうか。さすがに護衛官を雇って家と私たちの行き帰りを護衛させるのでは予算的にも厳しいし……」
「うーん……」
「一緒に帰れる日だけを選んでこの家を使うというのは非効率だと思うのよね。それでは私たちが政略的な意味合いでの結婚だってまた言われるような気もするし」
「本当に面倒だなあ」
苦笑しながらそう言うアルダールですが、私も大いに同感です。
まったく、政略だろうとなかろうとこちとら結婚するんだからほっといてくれって感じじゃありませんか!
とはいえ、互いにここで面倒ごとにぶち当たると迷惑がかかるのは上司……つまり王族です。
私たちが処分されて実家がそれぞれダメージを負ってくれるのが理想なのだと思います。
私の場合はファンディッド家じゃなくてセレッセ家ですかね!
「さすがに個人の問題だもの、護衛官を雇うなら自費でってことになるし……」
「そうだね。……背に腹は代えられないし、バウムの町屋敷から数人、結婚式までの間だけ人を借りようか」
「……そうするしかないかしら、やっぱり」
うーん。
私もアルダールも一から全部、とまでは言わないものの親になるべく頼らずに新生活を準備したかったんだけどなあ!
いえ、お父さまが描いてくださった絵画を玄関に飾りたいから少し大きいもので明るい色調の……なんてお願いとかは違いますよ?
ほら、私たちもいい年齢ですし?
貴族の一般的にはとっくの昔に結婚していて子供がいてもおかしくない年齢層なので、さすがにお金とか人を借りるとか、そういう面で助けてほしいとお願いするのは少々気後れするというかなんというか。
(……なんて言ってる場合じゃないわよね)
まさか新居のあれこれは解決したと思ったらこんなだなんて、誰が想像していたよ?
はあー、まさかストーカーもどき? 案件が発生するなんてさすがに想定外ですよ。
でもまあ、バウム家の私兵が来てくれるならばそれはそれで安心です。
だって身元もしっかりしていますし、アルダールはなんといってもバウム家の〝大事な〟息子ですもの。
アリッサさまが喜んで……いや下手したらバウム伯爵さまが張り切って選抜を開始するかもしれません。
当面はカルムさんマーニャさんご夫妻と私たちで、本来予定していた結婚生活に似た暮らしをすることができるかな? なんて甘い期待を抱いていただけにちょっぴり……いや、かなり残念です。
「ところでユリア」
「なあに?」
「結婚までは別の寝室だけど」
するっとアルダールが私の頬を撫でて流れるようにキスを一つ。
いや手慣れすぎてないかな?
それを突っ込むと絶対に叱られるので口には出しませんが。
ええ、私は賢い女なので!
「早く一緒の寝室になれるといいね」
「飲み過ぎです!」
くすりと小声でそう言って笑うアルダールに、私は思わず彼の手からワインを取り上げるのでした。
いや、お酒強いの知ってるけどね。




