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「……ってことで、我が家に執事として将来セバスチャンさんが就任します」
「うわあ。……いや、すごく助かるし頼りになる御仁だし、うん。……でも、うわあ」
そして夜に私の元を訪れたアルダールと共に王城から帰る道すがらセバスチャンさんの話をしたわけですが。
あ、ちなみに今はまだミスルトゥ家所有の馬車なんてものはありませんので、王城から城下町に行く定期便です。
乗合のように大勢ではないちょっぴりリッチな方に乗っております。
馬車で通勤する場合の想定や、混み具合なんかも見たいじゃないですか。
それに結婚までの間に何度もあちらで寝泊まりするなら当面はこの馬車を利用しないといけませんし……乗合の方がお安いけど、一応私の立場を考えたらお高い方を利用するべきなのでしょう。
安全の問題とか、貴族なんだからとか、諸々の事情がね。
「まあセバスチャンさんが来るのは私たちが結婚したらということなので、それまでは新人研修もあるから……どんな人なのか今から心配だわ。ニコラスさんみたいなタイプじゃないって言ってたから、そこは少しだけ安心したけど」
「……まだ身上書は来ていないんだっけ?」
「ええ、近日中にとのことだけれど……でも陛下が若い男性をプリメラさまにつけるというのが少しだけ意外だったわ。まあ、将来的にはフィライラ・ディルネさまにつける長期的な目があるのだから仕方のないことなのかもしれないけど」
「そうだね」
でもニコラスさんみたいに見た目からして何を考えているかわからなくって腹黒で人の不幸は蜜の味スタイルじゃないにしろ、陛下の〝影〟出身ってことはある程度腹黒であることは大前提よね。
腹黒な人がまた増えるのか。
私は上司としてちゃんと扱える人材ならいいんですけど……って普通の使用人として礼節を重んじながら働いてくれたらそれでいいよ!
……なんてね、私が要望できる側にいないのです。
もはや決定事項なんだから覆りません。
「ああ、最寄りに着いた。昼間に人をやっておいたから、夕飯は用意してくれているはずだけど……」
「なければないでまた食べに出ればいいし」
「そうだね」
当面結婚式までの間に私たちがちょくちょく家に行って泊まることも増えることは、管理人であるカルムさんとマーニャさんご夫妻には連絡済みです。
まあ、そうは言っても一応未婚でもありますので?
寝室はちゃんと別ですけどね!
(って言ってもまだ慣れないんだよなあ、一緒の家に暮らすってこのドキドキ感……!!)
新生活に向けてあれこれと準備をしていること自体は変わらないので、ドキドキは継続してはいるんですよ。
ただまあ、いろいろと重圧は感じてますけども。
(でも時間さえ合えばこれからは、こうやって王城から一緒に帰ったりもできるのかな)
それってちょっとだけ、楽しいことでは?
帰りに寄り道なんかしちゃったりしてさ!
「婚約式を身内だけのスタイルにしたら随分と楽になったからいいけど、さすがに結婚式の招待状はそうはいかないよなあ」
「とはいえ、やはり予算ってものがあるから……」
「近衛騎士隊の連中は当直以外はみんな来たがって厄介だよ。さっそくハンスに押し付けたけどさ」
「まあ!」
そうでした、ハンスさんはアルダールの右腕的な立場になるんですもんね。
いずれは領地持ち貴族にしたい陛下の采配があちこちに見えてため息ものなんですが、それでも多少はやはり見知った人がいてくれる心強さもあります。
領地持ち貴族になる頃にはプリメラさまも今よりぐんと背が伸びて、レディとして花開いていくのでしょうねえ……。
多くの人が見惚れてディーン・デインさまは気が気でない状態になるんじゃないでしょうか。
そんなことを言いつつ、プリメラさまの方がやきもち焼きだから心配しちゃうんだろうなあという想像をすると微笑ましくってたまりません。
そしてその頃にはミュリエッタさんも、リード・マルクくんのところに嫁いでいることでしょう。
最後に見た彼女の姿はかなり……なんというか、後味が悪い感じはしましたが、それでもリード・マルクくんが彼女と向き合うような雰囲気も感じたので良い方向に進んでくれたらいいなと、老婆心ながら思っております。
私が何かしてあげられることはないし、してあげようとも思わないし、なんだったらこれからもあまり縁を持ちたくないくらいには残念な関係を築いた相手ですが、不幸になれとは思いませんし。
なんだかんだ言って、リジル商会に嫁ぐとなれば私も縁がさっぱりきっぱり切れたのか? って問われたらそうじゃないと考えています。
大商会ですから利用しないって選択肢がないのは勿論のことですが、王太子殿下とプリメラさまの仲が良好である以上これからもどこかで顔を合わせることでしょう。
それを考えれば、私の一方的な好き嫌いだけでどうこう……ってのは大人げない。
顔を合わせて険悪な雰囲気にならない程度の関係で知らんぷりできる状況が望ましいですね!
まあ彼女の想い人を奪った憎い女と思われていてもおかしくはないので、こればかりは時間が解決してくれると願うばかりです。
失恋の経験は前世にしていますが、あればっかりは誰かに何かを言われてどうなるってもんでもありませんでしたし。
(……結婚式にジェンダ夫妻を呼んだとして、リジル商会の会頭を呼ぶ必要はないわよね?)
基本的にはプリメラさまはお忍びでご参加していただけるよう現在、調整中です。
勿論ビアンカさまもね! そこはご協力いただくことになりました。
キースさまはメレクの義兄ですし、ファンディッド家繋がりということでお招きしますし、ナシャンダ侯爵さまもビジネスパートナーですからね。
最高でも侯爵がいるって段階ですでに会場も良いところを押さえないといけないのかと思うと今から胃が痛い。
いい結婚式場を見つけたらまあそりゃね?
いろいろあちこちにお願いしたら手配も楽になるでしょうが、その分お礼もして回らないといけないですし?
「ユリア」
「え?」
そんなことをボンヤリ考えながら歩いていると、ギュッと肩を抱かれて私はアルダールを見上げました。
その彼の目線の先には、以前私の〝愛人に立候補〟した男性の姿があって『まだ諦めてなかったんだ……』と思わず遠い目をしてしまいました。
「はあ、まったく油断も隙もないな。早く馬車を仕上げてしまおう」
「……アルダールと一緒でないときは、夜に来るのは避けておくことにするわ」
「そうだね。その方がよさそうだ」
さすがに直接的に手を出しては来ないでしょうが……。
ああ、そういえばふと思い出しました。
(バウム卿とウィナー嬢の方がお似合いだったのに、権力にものを言わせて貴女も無理矢理結びつけられて可哀想に、だっけ)
いったいその話題はどっから来たのかな? って首を傾げながらそちらはビアンカさまに預けたんですけどね。
私の愛人になりたいって方からのお手紙ですので、どこぞの貴族のおぼっちゃまだったので!
今もアルダールに睨まれてあっという間に逃げていったけど、ふと、私は立ち止まって周りを見渡しました。
貴族や富裕層が暮らすだけあってそれなりに治安の良い場所ですし、そこそこ人通りもありますが……ああやって待ち伏せされるのはいただけないなと思ったのと同時に気づいたのです。
「……こちらの家に行くことを決めたのは、今日の昼間なのにどうしてあの人、知っていたのかしら」
「確かにね」
私たちが定期的に新居に顔を出すことを前提に、ずっと待っていたとは考えられません。
ということは王城で、私たちの行動を見張っている人間がいると考えるのが妥当でしょうか。
はあ、いい加減にしてくれないかなあ!




