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よし落ち着こうか私。
目の前にアルダール・サウルさま。だけど何も真っ正面から目を見てオハナシしよう!! ってわけじゃない。
私の前には美味しそうな紅茶が湯気を立てている。
うんうん、残暑だけど紅茶はホットでもアイスでも美味しいですからね。
野苺亭という屋号らしいこのお店は食器や店内に苺や苺の花のモチーフをあしらってあってとても可愛らしいけれど、過度にあしらってあるわけではないので彼のような男性がいても全然おかしいところは見受けられない。まあ、女性向けかなと思う雰囲気ではあるけど……ああ、もう、うん。
言葉を選んでいてもしょうがない。
そうですよ、デートにうってつけのお店ですね!
どうだ! 言い切ってやったよ!!
……うん、誰が褒めてくれるわけじゃないんですけれども。
私たちが座った二人用テーブルも、その左右も、他のテーブルも、カップルか家族かで賑わっておりまして……とても和やかで平和な空気です。
きっとこの店内でいたたまれない気分になっているのは私だけです。断言できます。
とりあえず機会を失うといけませんので目的の贈り物をお渡しすることから始めなくては。
「本日来ていただいたのは、普段のお礼をしたいと思いまして」
「おや、そのような気遣いなど無用ですのに。……とはいえ、貴女からのお心遣いです、ありがとうございます」
「い、いえ! 大したものじゃないんです!!」
にっこりと微笑むアルダール・サウルさまを思わず直視してしまった。
なんという破壊力……これは早々に贈り物を渡してお食事をしたらとっとと退散するのが最善策です。ええ、勿論お約束ですもの、一緒にお食事を、と申し出ていただいてそのままになんていたしません。今後の関係性にも影響が出てはいけませんからね。
プリメラさまがディーン・デインさまとのご関係を前向きにお考えなのですからそのご家族と悪縁を結ぶのは私としても避けたいところ。政略結婚の意味を正しく理解した上で、夫婦として互いを尊敬しあい愛しあえる関係をプリメラさまはお望みです。今のところ、ディーン・デインさまはそれに最適と私も愚考しておりますが……ああ、うん、なんで私、イケメン苦手なんでしょうね。
いいえ。これはお仕事。お仕事の一環。人間関係が最悪な職場は良くないっていうからこういう地道な関係構築が大事なのです。ちょっと大げさな気がしますけど。他の同僚や侍女や後輩たちにここまで緊張なんてしませんけど!
そうです、侍女スイッチが入りさえすれば私はやれる。乗り切れる!!
さあやるのですユリア! 贈り物を手に取って、アルダール・サウルさまにお渡しするのです。
それでミッションのひとつめが終了ですよ! イージーイージー!!
鞄から荷物を取り出して、ただ差し出すだけ。
ほらできた!
「ありがとうございます、開けても?」
「はい、どうぞ」
中身は手作りのブランデーケーキにハンカチとまあいたってシンプルですがね。
感謝の気持ちは思いっきりこめたつもりですけれども。味はいいと思いますよ、数日前から寝かせてあるわけですから香りも味も綺麗に馴染んでいるはずです。
ハンカチの方はまあ、物は良いんですよ物は。
ただ刺繍にそこまで自信があるわけじゃなくてですね。まあ使う使わないはこの方の判断だし。
……誰に言い訳してるんでしょうね。
まったく、年齢だけで考えたら私はすでに嫁いで子供の1人も産んで地位を確立し、2人目がいてもおかしくない……要するに行き遅れなんだから、初々しい反応なんかしてたら失笑ものです。
おかっしいなあ、前世で言ったら21歳、もうすぐ22歳ですけどそのくらいなんて花の20代ですよ! この世界の結婚適齢期が早すぎるんですよ!!
まあ、そこは貴族の令嬢としての“役割”だからしょうがないのでしょうけれども。
ええ、ええ、その役割に納得ができなかったから真っ向から立ち向かうのではなく逃げ出す形で今があるのですから偉そうなことは決して言えない立場なんですけれども。自覚ありますのでごめんなさい。
そう、そうですよ。
私は結婚とかしていないだけで、十分に立派な『大人』なのです!
贈り物を贈ってありがとうと言われたらどういたしまして、それからお食事をして帰る!
ごくごくありふれた友人との休日じゃありませんか。ふふふ、なにを私も緊張していたのでしょうね。
「これは……ブランデーケーキですか。ありがたくいただきます。それにハンカチですか。……使わせていただきますね、本当にありがとうございます」
「はっ、い……」
あっ、いけない。
爽やか笑顔直視してしまいました。……カッコいいよ、うん。カッコいいよ、文句なしですよ。
目が離せなくて、なんかキラキラしてて、あっ、もう隠せない。顔が真っ赤になった。耳まで熱い。どうしよう、私がこんな初心な反応を見せるとはなんて恥ずかしい!!
この歳になって恋愛経験が乏しいことは前回のダンスの際に思わず口にしてしまったのでモロバレなのは理解してるけど、ちょっとくらい大人の女らしい行動をしたかったのに!
アルダール・サウルさまはそんな私の様子を見て優しく笑ってくれるけど、それはなんて微笑ましいものを見るようなまなざしなんだろう!
あーうん、わかってますよ。ディーン・デインさまの初々しさを見るような目で見るのはおやめください。わかってますよ、この年齢で初心で申し訳ありません。
「笑わないでください」
「すみません、あまりにも可愛らしくて」
「またそんなことをおっしゃって!」
これだから女慣れしてる男って怖いんだ!!
睨みつけたい気持ちはあるけど、それでまた目が合うと動悸が酷くなるから目を逸らすのが精いっぱいだ。ちょっと悔しい。
「そういえば、ファンディッド子爵と先日会われたそうですね」
「……噂がもう近衛隊の方にまで?」
「流石に王城での出来事となりますと、人の口には戸が立てられないものですから」
苦い笑みを浮かべたアルダール・サウルさまに私は眉を顰めてしまった。
そう、実はお父さまと一度きちんと話をせねばと思っていたのでお手紙を書いた。園遊会があるから今は忙しく里帰りも難しいので冬にゆっくりと父娘として関係を修復できたらなあと思ったのだけれど、何を思ったのかお父さまは急に私を訪ねて王城に来たのだ。
流石にまだ子爵位にあるお父さまが王城に来るのはおかしな話ではないし、ましてや『王城で働く娘に会いに来た』と正式な手続きを踏んで城内の私を呼び出したのだから誰も止めることはない。
面会室は大きめな談話室のようになっていて、望めば個室を貸し出してもらえる。
だから私もお父さまが変なことを言いだす前に個室に移動しようとしたところでお父さまはやらかしてくれた。
いやね、謝ってくれたのよ。男の矜持とか言い出さず、悪いことを謝罪できるのは大事だよね。
今回色々迷惑をかけた、娘に尻拭いさせるなんて父親失格だ、ごめんなと。
まあそれはいいよね。うん、まあ、内容を事細かに話したわけじゃないし(多分これは王弟殿下とか宰相閣下にお父さまが直接釘を刺されていたんだと思う)。
でもさあ、城内に働く人間ってすごいいっぱいいるんだよね。当然面会室には毎日のように複数人面会があるんだよね、当然申請が通った人だけだから信頼はある程度あるんだけどさ。
その人たちの前でおんおん泣く貴族らしいおっさんと、そこそこ年齢のいっている侍女姿の娘。
さらにその貴族のおっさんが言うには「美人に生まれて来なかったお前が不憫で不憫で」「それは親である自分たちのせいなんだけど、それをものともせず働くお前がまた不憫で」「美人に生んであげられれば嫁ぎ先だって選び放題だったろうに侍女だなんて縁の下の力持ちをして挙句にどこの貴族の御手付きにもなれないなんて!」と言いたい放題だったのだ。
あれ、謝られてるのに一方的に貶されてないかという状況だったんだよね。
ええ、まあ。
面会室の出入り口を守る衛兵がものすごく同情的な目を私に向けていたけれどもそれがどういう意味合いなのか、怖くて今でも聞けません。一応面会室であった出来事は口外無用と面会に来た人も、受ける側も約束事としてなされているけれど……この笑い話を人がしないと言い切れないのがなんとも。
なによ、美人で生まれなくて可哀想って。流行の顔立ちじゃないってだけじゃないか。
いやまあ美人だったらなあと思わないわけじゃないけど、美人じゃないだけで不細工ってわけでもない。
ものともせずに働くって……侍女のお仕事すごく楽しいのに。働く女で何が悪い。
嫁ぎ先が選び放題? いやいや私にはどっかの奥様におさまってお茶会や社交界で着飾って口先で腹の探り合いとか無理だししたくない。
どっかの貴族の御手付きとかそれこそ望んでるんだろうなとは思ったけど、直接言われるとダメージがでかかった。
そんな不埒な真似をしてくる男なんてこっちが願い下げだ!!!
とまあ、関係を修復するどころかお父さまが一方的に私の自尊心を砕く出来事があったのだ。
これは眉を顰めて当然だろうと言い訳をさせていただきたい。
お父さまはね、お父様はね……悪気はないんだよ!!(だからこそたちがわるい。)