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公爵家の立食会はなんというか……王宮での雰囲気と似たものがありましたね!
軍部派の貴族たちとはまた少し、物腰が違うと言いますか……同じ貴族令嬢でもやはりそれぞれの家で気質が異なるのでしょうか。
とはいえ、それでもビアンカさまよりのお考えの方々ですのでそこまで恐ろしいということもありませんでした。
ただまあ興味津々に私たちを見てくるその様子がね……なんかね……。
女性陣からの値踏みするような眼差しとか、軍部派の女性たちが積極的に探りを入れてくるのに対してこちらは観察からみたいなね!
勿論、軍部派の女性たちが猪突猛進という意味ではありませんよ。
彼女たちは友好的に振る舞いつつ近くで観察……それに対して貴族派の女性たちは私たちの立ち居振る舞いから会話のきっかけと話の持って行き方をシミュレーションしている、みたいな?
やり方は異なりますが、いろいろと考えて行動をしておられる……これが……社交!
(いやだわあ、こんなのがシーズン中ずっとなんだなあ……そりゃビアンカさまだって終わった後ははしゃぎたいよねえ)
シーズン外でそれなりに親しい間柄だけで親睦を深めるといった趣旨の会でもこれですもの。
「ユリア、もうちょっと私に体重をかけて」
「え」
言われるままに力を抜いて少しだけアルダールに凭れるようにすると、彼は私の髪に口づけをしたではありませんか。
一瞬何をされたのかわからない、その程度に軽く……ではありますが。
「!? あ、あるだーる?」
「しっ……」
突然何を、そう言いたかった私もアルダールにそう小さく制されては何も言えません。
この場では微笑んでできる限り仲良く寄り添っていろというビアンカさまからのお言葉の通り、私は大人しくアルダールといちゃ……ついているわけですが!
「あらあら、相変わらず仲睦まじいわね」
「ビ、ビアンカさま」
「これは公爵夫人」
「先ほどは挨拶だけで申し訳なかったわね、ユリア、それからバウム卿。それともミスルトゥ子爵とお呼びするべきかしら?」
艶やかにそう微笑んだビアンカさまが、私に向かってウィンクをしてくれた。
周囲の視線は当然ながら、主催者であるビアンカさまに釘付けだ。
「正式な発表はまだもう少し時間を要するようでして、今はまだバウムとお呼びいただければ」
「でも見せつけないでちょうだいな、この会にはまだお相手が見つかっていない方々も大勢いらっしゃるのよ?」
「申し訳ありません、つい。こうして堂々と婚約者として彼女が私の傍らにいてくれることが日々嬉しくてたまらないもので」
「ふふふ! バウム卿の片思いがこうして実ったんですものねえ、王女殿下の大切な侍女の心を射止めるにはそれなりに大変だったでしょう?」
「それはもう」
なんだそれ。
な ん だ そ れ !
こんな小芝居が始まるなんて聞いてませんけど!?
叫び出したい気持ちをグッと堪え私は赤くなってしまいそうな顔を周囲に見られないよう、扇子で隠しつつそっと地面へと視線を向けました。
(こ……これはあれね、アルダールが私に首ったけだと周囲に示しているのよね。男性陣には牽制ってところかしら)
そう、この婚約があくまで政略的なものだとしても、アルダールが私を溺愛している……という態度を貫けば彼よりもどこかしら優れている人でないと見劣りして私に選ばれることはないってわかりますもの。
それに今のビアンカさまのお言葉で、私を一気に『高嶺の花』に押し上げましたよね……。
王女殿下のお気に入りだからって何が射止めるのに苦労なのかって話なんですけど。
まあ王家との繋がりが強く、王太后さまの後ろ盾があって社交界デビューできたって字面だけ見ると相当なもののように思えますが……いえ事実ではあるんですが。
事実は事実だしそういう意味で価値はある女だと思いますよ、私も。
王女宮筆頭っていう立場もあるし? 領地持ち貴族の娘であのセレッセ家とも遠縁になりますし?
ただまあそれで勝手に価値だけが爆上がりされるととっても困るっていうか、現物の私を見て「あれ……?」って落胆したみたいな雰囲気になることが多いんでね?
実物は普通の人間なんですよ、ええ。
それに加えて今は剣聖候補で陛下に期待されている『新子爵』が恋い焦がれて口説き落としたってことになっているわけですよね?
うん、間違っちゃいないんだけどね……!
「これまで互いに城内での仕事が忙しく、なかなかこうした場に足を向ける機会もありませんでしたのでこれからは二人で赴きたいと思っている次第です」
「まあそれは良いことね。わたくしもユリアとは友人として長い付き合いだけれど、とても優しくて気立てが良い人だから……泣かせたりしたら承知いたしませんよ? バウム卿」
「心しておきます。まあ……私が彼女を手放せないので、それはあり得ませんね」
(うああああああああああああああもう勘弁してくださああああああああい!!)
穴があったら入りたい。
必要なことだとわかっているし確かにこれは効果的だと思うよ!
周囲にも私にもな!!
(アルダールに言ったところで『ただ素直に自分の気持ちを言葉にしただけだよ』とかしれっと返されそうだしこのやるせない気持ちはどうしたら……)
ビアンカさまもどうせ面白がって……。
そう思って思わず恨みがましい視線をビアンカさまに向けたら、なんだか同情に満ちた眼差しを向けられてましたよ。
それはそれで解せぬ……。
「そういえば二人が準備しているという新居、どうなのかしら?」
「幸いにも周囲が協力してくれて、共に進めております。とはいえ、細かなところがどうしてもありますのでそろそろ半ばあちらで暮らしながらでもいいかと話してはいるところですが……」
おっと、ようやく私も交ざれそうな話題が来た!
というかビアンカさまがこれ、水を向けてくださったのですね。
「陛下からもありがたくも早く結婚式を挙げよとお言葉をいただいておりますので、少々気が早いかとは思いますが婚約式は身内のみで行い、その後は結婚式まであちらで過ごす時間を増やそうかと思っております」
「まあ、そうなのね。確かに一から家を興すのだもの、あれこれ手間がかかるものねえ。でも本当に二人が幸せそうでなによりだわ。わたくしも応援していた甲斐があるというものだし」
ちらりとそこで流し目ですか、そうですか。
公爵夫人と懇意で応援されていた恋っていう付加価値がこれでつきましたね。
うん、胃が。
「まあ婚前に暮らし始める例はいくらでもあるし、家の準備からだもの。誰からも非難なんてできないわよねえ」
公爵夫人のお墨付き!
いやまあ確かにね、爵位持ち貴族だってのに家を探すところからなので……順番が多少前後しているけど、それに伴ってアレコレ変更しなきゃいけないこともありますし。
そりゃもう大変なんですよ、細々と。
「そういえば、二人の仲を今でも疑う人がいるんですって? ふふふ、今日の二人のその仲睦まじさを見れば一目瞭然でしょうにね」
「そうですね。ですが私の婚約者はご存じの通り奥ゆかしいもので」
「あら、そうねえ。でも安心してちょうだい、わたくしがこれからも友人としてあなたの愛しい婚約者の支えになりますから」
「ありがとうございます」
しれっと愛しいだの奥ゆかしいだの言わないでいただけますかね!
まあこれで男女ともに愛人候補の方々が遠慮してくれるようになってくれたら万々歳ですが……私がちろりと周囲を見渡した限り、悔しそうにしている方が幾人か見られましたので、効果は抜群のようです。
(これで変な手紙が減ってくれたら嬉しいんだけどな)
地味にあれは体力と気力が削られますからね……。
そんなことを内心で思っていると、ビアンカさまがニコニコ笑顔で私を見ました。
うん? と思ったところで笑みが深まって……あっこれいつもの悪戯っ子の笑顔だ!
「ねえユリア、もし二人に子ができた時の名付け親には是非立候補させてもらいたいわ! ああでもいろんな人が立候補しそうよねえ」
「ぐっふ」
「両家のご両親でしょ、セレッセ伯爵はまあ却下としても王太后さまやプリメラさまも名乗りを上げられるかもしれないわねえ! ああ、上司繋がりでベイツ侯爵も出てくるかしら……」
そしてにっこり笑顔で爆弾投下。
そうですよねそれがビアンカさまでしたね!!
大変素敵な笑顔ですよビューティホーですがびっくりするんで止めてください本当に。
「ははは、ありがたいことですが二人でその辺りは決めたいと思っておりますので。それに、うちの隊長はまだ独り身ですのでそういったことには関わらないと思いますよ」
アルダールも! 笑顔で真面目に答えなくてよろしい!!
ついでにベイツ隊長がこれを機に結婚するから名付け親に……とか言い出したらどうするんですか、まったくもう!!




