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パルシヴァル男爵は一言で言えば、気さくなおじいちゃんでした!!
男爵位を賜ってはいるものの領地は持っておらず、今では多くの騎士たちの相談役みたいな形で軍に籍を残しておられるのだそうです。
「いやあ、長生きはするもんじゃの。あのアルダールの坊主がこんなに良い嫁さんを見つけてきたんじゃから」
「……はは」
アルダールのことも幼少期から知っていて、バウム伯爵さまの不器用な愛情に対しても何度か意見をしてくださっていたんだとか。
「まったく、丸く収まってくれて良かったわい。揃いも揃って頑固者で……」
「いや、パルシヴァル翁、どうかその辺で……」
「ふん! こんな時ばかり年寄り扱いしおってからに。……お嬢さん、この偏屈な馬鹿たれをどうぞよろしくなあ」
「は、はい!」
偏屈な馬鹿たれって。
アルダールをそんな風に言う人初めてでびっくりですよ!!
とはいえそこには確かな愛情というか、安心してくれている姿を見ると……やはり私もそうですが、アルダールも良い大人に囲まれていたんですね。
一部問題があっただけで。ええ。
「ふふ、パルシヴァル卿、どうかうちのお嫁さんとも仲良くしてあげてくださいね」
「夫人も安心したことじゃろう」
「ええ。こんなに気立てが良い子がアルダールの奥さんになってくれるのだもの」
「……王女宮筆頭殿といえば園遊会でのモンスター騒ぎで冷静に対処したと聞いておる。この馬鹿たれの妻には勿体ないほどの女性じゃわい」
「そうかもしれませんねえ」
やだこんなところでもそんな話題が出ちゃうんですか。
いやまあ昨年の話ですものね……。
なんでか美化されてますけどあの時本当に足がガックガクだったのでそんな冷静に対処できたかって問われるととてもじゃないですがお恥ずかしくて!
……なんて言えるはずもなく、私はただ曖昧に笑って誤魔化すしかできません。
そんな私を見て、パルシヴァル卿はにやりと笑いました。
「こやつが何か不義理をしおったらわしを頼るが良いぞ。騎士職にはちぃとばかり顔が利くでな、良い相手を見繕って……」
「だめですよ。もうユリアは私の婚約者なのですから」
ぐいっと肩を抱く力を強めるアルダールにパルシヴァル卿は楽しげに笑いました。
うん、いい感じに遊ばれてるなあ……。
「独占欲が強いのもほどほどにしろよ? でんと構えて帰って来やすい場所になってやれ」
「はいはい」
「嬢ちゃんも。騎士の妻は不測の事態ってものが多いが、信じて待ってやってくれ。それがわしらには、なによりもありがたい」
「……はい」
騎士の妻。信じて待つ。
そうですね、アルダールがつい最近まであちこちのモンスター退治に足を運んでいた時も、私は心配でたまりませんでした。
信じてはいても、怪我はしていないだろうかとか……とにかく、心配で。
侍女として忙しくしている時間があったから乗り越えられましたが、これからもそれは続いていくのです。
パルシヴァル卿の真剣な言葉を、私も真剣な気持ちで受け取りました。
そんな感じで初回のお茶会は上手くいったと思います。
多少の緊張と、普段とはまるで違う疲れを感じつつ……後はアリッサさま監修のあのシナリオを次はビアンカさまと共に貴族派の方々が開く茶会で披露すれば良いのでしょう。
(ただそっちの方が私にはハードルが高いんだよなあ)
まだこれはアルダールに言っていないんですが、ビアンカさまいわく『軍部派の方々はバウム家の話を呑み込みやすいだろうけど、貴族派は疑い深いかもしれない。より仲睦まじさを見せつけるべきだ』って言われているんですよね……!!
(より仲睦まじいってどういうのなんだ……?)
そしてそれをアルダールにどう説明すればいいのでしょうか。
あらゆる意味でハードルが高くありませんかね?
「あの、アルダール」
「うん?」
帰りの馬車の中で、私は意を決してアルダールを見ました。
彼は変わらずご機嫌な様子でにこりと微笑んでくれてですね。
ああ、うん。
なんか言いづらいな!?
「……来週は、ビアンカさまと王都の公爵邸で開かれる茶会に足を運ぶじゃ、ないですか」
「そうだね」
「その際に、ですね。バウム家の茶会よりも、少しばかり、その……仲が良いことをアピールできるようにと、ビアンカさまから仰せつかっておりまして」
「……ふむ」
私の言葉に少しだけ目を丸くしたアルダールは何かを考えるように顎に手をあてて、それはもう良い笑顔を見せました。
「うん、わかったよ。ユリアには照れずに協力してもらわなくてはいけないけど」
「それは……えっ、それはどういう……!?」
にっこりとそれはもう楽しそうなアルダールを前に私はどうしていいのやら。
ビアンカさまによると、その茶会では私の愛人に名乗り出た男性たちの家と繋がりがある人たちも呼んであるとか言っていたので……アルダールはそこを特に意識しているのだろうということはわかりますけども。
「ほ、ほどほどにね?」
「うん」
「ほどほどですよ!?」
「うんうん」
いちゃつくって、どうしたらいいんでしょうか。
正直二人っきりなら全然構いませんが、外でと言われるのは本当に困ると言いますか。
そんなことを考えていると、アルダールの手が伸びてきて指を絡めるようにして私の手を繋ぎ、そっと持ち上げてキスをしてくるではありませんか。
最近はそういうのしてこなかったのにどうしたのかと目を丸くしていると、アルダールがまた笑いました。
「こういうことくらいなら、許されるってことだよ」
「え?」
「ユリアもこのくらいなら慣れてくれたしね」
そう笑いながらほんの少し身を乗り出したアルダール。
離れた時には、彼の唇に今日つけていた紅がついてしまって……それを指で拭う彼の姿を見て、私の方が恥ずかしくなってしまったではありませんか!
「あーあ、早く結婚してしまいたいな」
「……まだあれもこれも片付いてないわ」
「そうだね。まだ家の方も改装が完了していないし……婚約式を終えたら本格的に移り住む準備をするかい?」
「住居手当とかあれこれの変更手続きもあるのよ?」
「あー、そうか。そっちもあるからなあ……週末に泊まるとか」
「休みが合うとは限らないけど」
そうですよ、新居にも足繁く通って泊まったりもしないといけないんでした。
準備は順調に進んでいるし、管理人夫妻が業者さんを相手にしてくれているので私たちも仕事と婚約式の仕度などに集中できるんですが、それでも対外的な行動はしないといけません。
ああー、本当に面倒くさい。
「……馬の様子も見に行きたいなあ」
「そうね。……まだ引き取っていないけど乗れたりするのかしら?」
「問い合わせておこうか。馬具の調整もしたいし、大丈夫そうなら遠乗りでもどうかな」
「素敵ね」
アルダールったら自分の馬のことが気になるんですね。
まあ私もあの人懐っこい子を思い出すと頬が緩むんですけども。
茶会の合間にもこうした気晴らしは大事ですよね。うんうん。
(規模がそこそこ大きいとはいえビアンカさまよりの貴族派の方々がほとんどなのだから、今度のに慣れておけばその後はハードルが下がるはず……!!)
まずは参加しやすいバウム伯爵家の茶会、そして少しハードルを上げてビアンカさまの茶会とくればある程度のノルマはオッケーでしょう。
今後高位貴族の方々からの茶会や夜会のお誘いがあったとしても、場の空気は一度知っておけば次への糧になるというもの。
やれるかどうかじゃない、やるんですよ……!!
私の振るまい一つでプリメラさまにもご迷惑がかかるし、幸せな結婚生活にも影響がでるのだから気合いだけは入れて乗り越えてみせますとも。
ただ、できたらやっぱり社交って面倒くさいから最低限にしたいな、と今回も思ったのでした。