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茶会は大変和やかな雰囲気で、アルダールも見覚えのある方がちらほらいたようです。
やはり事前に聞いていたとおり夫婦で参加というより跡取り息子や、それに準ずる青年と自分の娘を出会わせる目的も含まれている雰囲気もちらほらと。
そんな中で私たちはアリッサさまに連れられて夫人たちにご挨拶して回りました。
みなさんとても良い方で、伯爵位から下の方が多かったですね。
中には同じ子爵位の夫人が、私が『弟のために社交界デビューを見合わせて働いた』という例の王太后さまシナリオ、あれにいたく同情してくださってですね……。
ご自身も子爵夫人として子を三人お育てになっているそうですが、やはり嫡子にデビューのお金を使うと他二人にはあまりかけてあげられないとか思うところはあるようです。
そうよね、三人分って相当お金かかりますもんね……。
前世の感覚でいうと、分割や助成金なしで大学の費用を卒業までの分一括で支払わなくちゃいけない感じですかね……貨幣価値観的に。
そのくらい社交デビューって準備にお金がかかるんですよ。
教育は基本的に勿論のことですが、当日の衣装やアクセサリー、それをエスコートする親もそれなりに着飾る必要がありますし……なんだったら使用人や馬車なんかもあれこれと身綺麗にするためにお金もかかります。
そして親しい間柄になった方からいただいたお祝いに返礼が必要ですし、婚約者を探すために(もしくは見つけたら)それに対する接待交際費も必要、と……。
(本当にあれこれ、頭が痛くなりますよね……)
そういうものから逃げたくて私は侍女になったなんて事実は明かせません。絶対に。
せっかく夢見ていただいているのにブチ壊す必要はありませんものね!!
まあとにかくそういう理由もあって、無事に社交デビューできてよかったね働いて偉いねって感じで褒め称えていただきました。
その方のお嬢さんにも紹介していただけたので、そこから私も女性たちの話に交じってですね……。
勿論アルダールとご挨拶は回りましたし、なんだったらいろんな人に注目されていたなと思うんですけどいかんせん彼の態度が甘すぎてちょっと離れたいところだったのでナイスタイミング。
ヘタレって言うな。
「あ、あの、ファンディッド子爵令嬢にお伺いしたいことがございますの」
「なんでしょう?」
「あの……バウム卿とは、噂とは、その随分と様子が異なるようなのですが……」
「噂……ああ、もしや王女殿下の婚約に関しての、あれですか?」
わかってるけどあえて私はさも今思い当たったかのように小首を傾げて見せました。
年若いお嬢さんたちを相手になら、まだ淑女になりきれていない私でも十分通用しているはず……です!
「確かにそのような噂がありますが、事実とは異なるのです。お恥ずかしい話ですが、王女殿下の婚約がきっかけではあるのですけれど……」
「まあ、そうなのですね!」
「はい。嫡子さまが登城なさる際、兄君が傍におられると安心できるとのことで彼も一緒に王女宮に来ていたものですから、それがきっかけで言葉を交わすようになったのが始まりなんです」
今回のシナリオはこうだ。
王女殿下とバウム家の嫡子……つまりディーン・デインさまはお見合いを重ねるが、二人はまだ幼く、安心できる大人が傍についていた。
ディーン・デインさまは兄であり王城勤務のアルダールが妥当であり、プリメラさまには専属侍女である私。
だから顔を合わせる機会があって知り合ってみたところ意気投合、そして園遊会での私がバルムンク公爵夫人を助けた姿にときめいてアルダールは告白した。
……っていう感じですね!!
なんか結構違いますが、まあ概ねいいんじゃないでしょうか。
ちなみに監修はアリッサさまですよ。
このくらいなんていうか劇的な方がみんな好んで噂してくれるだろうってことらしいです。
結婚が覆せないなら、面白おかしく話の種になる……しかもそれが好意的である方向に持っていくのが良いだろうとのことでした。
そもそもプリメラさまとディーン・デインさまの関係に関しては陛下が指名したものですので、私たちがどうこう動いたところでまったく関係がないんですよね……。
(まあ多少なりともお二人の関係が良好になるように動いたのは事実ですけどね)
それでも相性ってあるじゃないですか。
友人としては良くても恋する相手にはちょっとなあ……って反応をどちらかが示していたら、多分それ以上進展はなかったんじゃないかなと思います。
特にプリメラさまがそう思われたら、国王陛下のことですからすぐにでも別の候補者を連れて来たでしょうし……。
「では噂はやっぱり噂でしかないんですのね」
「ええ。私たちは仕事柄どうしても王城を離れることもありませんし、以前までの立場であれば社交に勤しむ必要もありませんでしたので……王城に勤めている方々は私たちが共に過ごす姿を見ておいでですが、社交界では知られていないこともあって噂に尾鰭がついてしまったのでしょう」
「ああ、わかりますわ。茶会などではやはり小さな噂に小さな尾鰭がついて回ることがあって、次に聞いた時にはとんでもない話になっていたことがありますもの!」
「そうそう、わたくしも経験がありますわ!」
きゃあきゃあとはしゃぐ少女たちを可愛らしいなあと思いながら、こんな子たちでも社交界でそういう話を耳にするんだなあと思うと私、やっていけるでしょうか……。
表向きは笑顔を浮かべて頑張りますけども。
「ユリア」
「あら、アルダール」
「歓談しているところすまないけれど、彼らを紹介させてくれないかな。ご令嬢方、婚約者を返していただいても?」
「まあバウム卿、申し訳ございません!」
「わたくしたちったらついついファンディッドさまのお話に夢中になってしまって……」
「楽しくしていたところを申し訳ないと思っているよ。それではまた」
アルダールの柔らかな笑みにぽーっとする少女たちに、私は内心苦笑する。
初恋泥棒してそうだなあ、アルダールったら!
いえ、やきもちなんて焼いてませんけど!?
「……またどこかでお目にかかれることを楽しみにしております」
「はい! またお話をさせていただけたら嬉しいです!!」
差し出された手に手を重ね、私も声をかければ彼女たちはすぐに笑みを私に向けてくれた。
アルダールに対してどうこう思うというところはなさげ、かな。
なんていうか、アイドルを前にしてちょっとはしゃいじゃうファンみたいな感じなんだろうか?
「……楽しかった?」
「それなりに。とても可愛らしいじゃありませんか」
「そうだね。私たちには妹はいないからなあ」
「あら、アルダールは将来プリメラさまという天使のように愛らしい方を義妹にできますでしょう?」
「まあね。それを言ったらユリアの方が早いんじゃないか、メレク殿とオルタンス嬢の結婚もそう遠くないだろう?」
「ええ、オルタンス嬢が学園を卒業したらすぐにでも嫁ぎたいと言ってくれているみたいで」
言われてみれば確かに私の方が先に義妹ができるんですよね!
オルタンス嬢との関係は良好ですし、将来的にはプリメラさまも義姉妹になるわけですが……あらやだメレクも可愛いしディーン・デインさまも可愛い上に義妹たちが可愛いとか私ってものすごく天使に囲まれるのでは……?
想像してみるととんでもない光景が広がるんですけど!
「……うん、ユリアは通常運転でなによりだよ」
「そんな残念なものを見る目でこちらを見なくても」
他愛ない会話をこそりとしつつ、私が向かったのは少しだけ奥まったところでアリッサさまと座って歓談しているご老人の方へとアルダールが目を向けました。
「……あちらは?」
「あの方はヘンドリック・パルシヴァル男爵だ。以前、親父殿の右腕として軍部で働いておられた方でね。今でも騎士たちに影響力が強い」
勿論、地方も含めてね。
そう言ったアルダールの笑みに、私もにっこりと笑みを返すのでした。




