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しかしまあ、脅迫関連は王弟殿下、うちの使用人になりたいって話は統括侍女さまで、今一旦愛人関係に関してはアルダールとビアンカさまにお願いするとして。
「……でもそれだけでは足りませんよね」
「ん?」
「当たり前と言えば当たり前ですが、アルダールと私は職務がある以上基本的にはプライベートの時間をこの王城で過ごすことが多かったのは事実です。そしてそれを見た人々が理解し、噂を信じなくなったのも」
「……そうだな」
にやにや笑う王弟殿下に若干腹が立ちますが、この人は手は貸してくれますが決してなんでもかんでもやってくれるわけじゃないんですよね。
まあその距離感が私としてはとても嬉しいんですけど。
だってそれは、私なら『やれる』って信じてくれているからでしょう?
「ただ、それは王城内で働いている人たち、それも使用人や騎士といった立場の方々に有効だったわけで……私たちが本当にただお付き合いしているのだと、そこからの話だけでは足りなかったということなのでしょう」
「……まあ、そう、だね」
アルダールも苦笑しながら頷きました。
そう、元々私たちの関係については王女殿下とバウム家の嫡子が婚約するために必要な布石だったという見方の噂があったわけです。
そしてその延長上で、貴族たちの間ではそれが今も根付いているのでしょう。
家族や使用人たちが『そんなことはない』と言ったところで、直接目にしたことのない人の方が多いのですからそれは仕方のない話、なのかもしれません。
(なにせアルダールも私も、立場上は社交に参加しなくても良い人間だったわけですしね)
だからこそのんびり王城でデートなんかしていたわけですが……爵位持ちになるんじゃないなら、それで十分だったわけですし?
でも、爵位を持つようになったからこれまで通りではいけなくなった。
「予定を前倒ししましょう」
「うん?」
「アルダール、悪いけれど休みの日は全部私と予定を合わせてほしいの」
「構わないけど……」
「王弟殿下にもご協力いただければ幸いです」
「いいぜ? 何をしてほしい?」
私はにっこり笑ってみせました。
それはもう、淑女らしい笑みをね!
「社交をいたします」
ええ、ええ、これしか方法はありません。
いえ……婉曲的な方法は多分たくさんありますが、それだと効果が薄いだろうなっていうか、手っ取り早く知らしめるにはこれが一番っていうか。
そりゃやりたくないことナンバーワン、着飾ってウフフアハハとお偉方に交じって本音を隠しながら笑顔の仮面を貼り付けるあの社交ですからできることならやりたくない!
ですが将来的にどうせ『ミスルトゥ子爵夫人』として私も社交シーズンになったら参加せざるを得ない部分はあるのだと思います。
プリメラさまの侍女をしながらでも、貴族としての役割ってものを果たすべきなのでしょう。
領地がなくとも『社交一つできない貴族夫人を抱えているなんてプリメラさまが可哀想』なんて言われちゃたまりませんからね!
このユリア・フォン・ファンディッド、まだミスルトゥ夫人とはなっておりませんが社交だってなんなくこなして見せましょう!
……表面的には!!
「本格的な社交シーズンではありませんが細々と茶会が開かれているところはそこそこにあるでしょうし、大きなところで王弟殿下には私たち二人が茶会に顔を出す機会が増えるというようなことをちょっとだけ言っていただければと思います」
「へえー、いいぜ。セレッセ伯爵にもこの後会う約束しているから、そっちにも頼んでおいてやる」
「まあ、ありがとうございます」
楽しそうで何よりですよ、王弟殿下!
私が社交に出たくなくて侍女をやっていたらデビューもしなくて済んだって喜んでいたことまでご存じですからね……私の葛藤を知っていてニヤニヤしてるんだから、本当にこの人はもう!
「アルダールは私と茶会をいくつか……そうね、アリッサさまにいくつかお勧めの茶会で同伴させていただけないか聞いておいてもらえる?」
「ああ、任せておいて」
「私もビアンカさまとお義母さまに相談します」
そう、今のところ私たちはまだ結婚していない以上、それぞれ茶会の誘いが来ていたとしてもそれはそれぞれの実家宛に、個々に届いているはずなので。
基本的にはね、どこそこの家の誰々さんへみたいな感じで……働いている人たちのところには家族が転送したり、そのように取り計らってくれと手続きをしておくものなのですが私はしていません。
ちなみにビアンカさまが『これからは社交に誘われるかも』的なことを以前仰ってましたが、実家でお断りの手紙を書いてもらっていたわけですよ。
どうしても断れない系があれば連絡くださいって形でね。
今はお義母さまも私の仕事に対して理解してくれているのでそういったことを一手に引き受けてくれているわけですが……。
(ビアンカさまやアリッサさま経由で、それなりの規模でありながら私たちに好意的な場所で顔を出して公然と惚気ればいいわけでしょ。それでも疑う目を持つ人はいるだろうけど、実際に目にした貴婦人たちの言葉の方が強いわけで……)
それでもって食い下がってくるならそれはそれ。
公爵夫人と伯爵夫人が認めるカップルをそんな風に疑ってかかったなんて知られたら社交界では大変な目に遭うでしょうね。ええ。
それに加えて実家関連の人たちにもご挨拶しておけば安全安心、義理は果たせると思います。
さすがに本格的な社交シーズンになると今度はプリメラさまがお忙しくなるので、私もきつかったと思いますが……今ならまだ、それなりに! 余裕が! あるので!!
婚約式の準備だけで今結構いっぱいいっぱいだけどね!!
「……婚約式にあまり大勢を呼ぶわけにはいかないから茶会などで多くの方にご挨拶をしたいとでも銘打っておけば、なんとかなると思うんですが」
「まあそうだなあ。せいぜいいちゃついてこい」
「ハードルが高い……」
くっ、二人きりならまだしも……。
アルダールもにっこりしてるし!
「じゃあドレスをまた新調しようか。私は騎士の制服でいいだろうけど、ユリアはそうもいかないだろう?」
「そうですけど、まだ着ていないドレスもあるからそれを使おうかと思って」
「そう? じゃあアクセサリーが要るかな。本当なら婚約指輪をつけてほしいところだけど、式がまだだからなあ」
「アルダール……」
隙あらば貢ごうとしないで!
まったくもう、王弟殿下もゲラゲラ笑わない!!
「いやあ、仲が良くて本当にいいことだぜ。ああ笑った笑った」
「笑わせるためにやってるんじゃないですけど!?」
「笑わせてもらった分はきっちり宣伝しといてやるから、楽しみにしとけ。あとお前が休みを取りやすいよう、統括侍女のバアさんにも話を通しておいてやる」
「……ありがとうございます」
まあ王女宮については当面の間、セバスチャンさんを頼りにするしかありませんね。
プリメラさまにも事情を説明すれば理解をしてくださると思いますから。
(あーもう、あーもう!)
どうしてこう!
穏やかに仕事させてくれないのかなあ!!
そんなことを思いながらアルダールと一緒に王弟殿下の執務室を後にして、私たちは顔を見合わせて笑うのでした。
「さ、まずはお手紙書かなくっちゃね」
「そうだね。ユリアの実家側よりはうちの方が誘ってくるのは早そうだ。ああでも、公爵夫人は大喜びで誘ってきそうだね……」
「あー、まあ、でもまずは私たちの休みを合わせてから……ね?」
「楽しみにしてるよ。……精一杯その日はユリアを構い倒せばいいんだろう?」
「アルダール!」
手を振って去って行くアルダールを見送って、私はなんとも言えず照れくさくなりました。
まったくもう、本当にうちの夫(予定)は私に甘すぎやしませんかね!!
気を抜いたらにやけそうになる顔を必死に取り繕って、私は自分の執務室に戻るのでした。




