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さて、アルダールとの新居が着実に準備段階に入っていく中で私たちは急ぎ婚約式を執り行わなければなりません。
仕事の合間合間にあれこれと準備をしているのですが……。
「どうすんのこれ」
一般常識に照らし合わせて招く客人リストを一旦思いつくままに書き出してみて、私は遠い目をしてしまいました。
そうです、婚約式と言えば『両家の子息令嬢が婚約することに相成りました、つきましては皆様にも二人の未来を応援していただけたらと思います』というような……まあ、両家の結びつきと共にお披露目を兼ねているっていうか。
婚約式は結婚式よりもフランクなものになるので、別に大々的にやる必要はありません。
両家の家族、親しい友人、職場の人間というのが一般的でしょうか?
なにせ仕事をしている場合は結婚式に出られないという場合もあるので、貴族間ではどちらかに顔を出せば……みたいなところもあります。
アルダールと私の場合は身分的には子爵ですから本来なら家族と親しい友人を招いて……というのが正しいのでしょうが、陛下から婚約を認められたとか結婚を急かされているとか、まあ複雑な事情があるためきちんと『婚約式をしますよ!』と公表してある程度人を招かないと体裁が整わないんですよね。
でも、ですよ。
(……なんだこの重鎮三昧。うちのお父様が卒倒しちゃうじゃないの)
そうなんですよ、私たちの上司と言えば王城で働く人間のトップクラスなんですよ。
アルダールは当然、近衛騎士隊の隊長が上司にあたりますし?
私に関しては統括侍女さまですよ。ええ。
まあ主人はプリメラさまなのですが、ご参加いただくわけにはいきませんし職務上の上司はやっぱり統括侍女さまですから!
あとは職務上(?)親しくしている方と言えば、王弟殿下やナシャンダ侯爵さま、キース・レッスさまになっちゃいますよね。
当然ですがビアンカさまも。
アルダールはあれですかね、ハンスさんですか。
お師匠さまと連絡がつけば招待するんでしょうか?
どうしましょう、脳筋公爵が呼んでもないのに来ちゃったら!
(……豪華すぎない?)
一介の子爵(予定)の婚約式とは思えないメンツになりつつありますけど!?
親しい人と言えば、王太后さま付きの侍女であるおばあちゃんだし。
王女宮の人たちは全員を招くわけにはいきませんので、そこは今回セバスチャンさんとメッタボンを招待しようかと……結婚式の時にメイナとスカーレットに来てもらって……。
レジーナさんは個人的にお願いしたらその日、お休みを取ってきてくれるかもしれません。
それ以外だとジェンダ夫妻もどちらかの式には参加していただきたいなと思ってしまうわけで……。
考えれば考えるほど厄介になって参りました!
「どうしたものかしら……」
やはり身内だけで行います! ってした方が無難でしょうか。
警備上の問題とか出てきそうですしね。
正直なところ、もう面倒くさいので『婚約しました!』ってハガキを一斉に送るんじゃダメでしょうか。だめですね。
(くっ……厄介な……!!)
新たに家を興す以上、婚約式に誰を呼ぶかでその関係性とどれだけ大事にされているかを周知させる意味合いも含まれますし、下手なことをしては『王家が結んでくれた婚約なのに適当なことをした』なんて言われてしまうしで本当に厄介極まりない……!!
それに上司として考えればベイツ隊長を招くのは当然ですが、あの人も侯爵なんだよなあ!
どんだけ高位貴族が集うんだよって話です。
私たちはまあ仕方ないにしても、うちのお父様の胃が壊れちゃう……。
(ビアンカさまをお招きするなら、やっぱりご夫君である宰相閣下にも招待状を送らないといけないかしら。いけないわよね)
職務第一の方なので基本的に欠席でしょうが、ご夫婦に出すのが一般的……くっ、婚約式にしろ結婚式にしろ、参加なんかされた日にはどんだけ注目されているカップルなんだと世間が……いやすでに思われているけど!
陛下に婚約を認められたって段階で!!
(……もっと、穏やかに式をしたかったなあ)
両家の家族だけを招いて終わらせるような、そんな平凡な式が良かったです。
今更言ったところでどうにもなりゃしませんけども。
身内だけの式と言いつつもあれこれ気を回さなくてはいけないのも事実ですし、周囲の思惑はともかくお祝いの気持ちをみんなが持ってくれていることもわかっているのでとても複雑!
「……アルダールにも後で相談しよう」
爵位授与の関係であれこれ忙しいところ申し訳ないとは思いますが、やはりこれも二人でどうにかしなくてはいけない問題ですので。
ある意味で近衛騎士の方々が同僚として参加してくださるなら、警備の面ではとてもありがたいような……いや、とても目立つな。
今のうちにお父さま用の胃薬を買っておいた方がいいですかね!
とっておきのよく効くやつをジェンダ商会に注文しておきましょうか。
婚約式は基本的に立食パーティーですし、招く人が粗方決まれば会場、料理のランク、その他まあ……うっ、予算。
はあ、頭の痛い問題です。
幸いにもプリメラさまの公務が今は特にないことが救いですかね。
今の状況なら基本的に自分のことを優先しろと統括侍女さまからも言われておりますし……なんといっても、結婚を急かされているので婚約式を早くやれという上からの圧力がですね……。
こっちにも! いろいろと都合がね!!
文句は言いたいところですが、そうもいかないのが世の中ってものなのです。
とりあえずはアルダールに相談することにして、私はもう一つの悩みの種を引き出しから取り出しました。
いくつかの封書のその対応、そちらも考えなければなりません。
束になったそれをいっそ燃やしてしまいたいとも思うのですが、そうもいきませんしね……。
内容は大まかにわけて三種類。
第一に、脅迫めいたもの。
これは大体がアルダールと私の関係について妬み嫉みといった類いですかね。
騎士隊に提出しておしまいでいいと思います。
第二に、なんでか知らないけどアルダールへの愛人志望だという女性からの手紙。
これがまあおかしな話できっと私と上手くやれると思うというようなどこからその自信きたの? っていうわけがわからない手紙です。
アルダールに知られたら大変なことになりそうなので、ちょっと持て余し気味ですが……ビアンカさまに相談しようかな。
そして第三に、自分を売り込む人ですね。
王家の覚えめでたい子爵家で是非雇ってほしいという売り込みです。
これに関しては何故私のところへ……と思う人も交じっていますが、基本的には自分の身内をミスルトゥ子爵家で働かせたいという感じでしょうか。
統括侍女さま行き……いや、これもビアンカさまかしら。
なにせ現段階でもこれからも、私の立場は『子爵家の人間』です。
手紙を寄越してきた相手が上位貴族である場合、こちらから文句はなかなか言えないのが実情ですのでこういう場合は上位者を頼るのがセオリーというもの。
(しかし、なんでみんなそれがわかっていて手紙を寄越すのかしら……)
正直、あまりよくない手だと思うんですよね。
私が、あるいはアルダールが侍女を雇うつもりだと大きな声で言っていたならともかく、今のところ侍女は雇うつもりもないのに。
あ、勿論愛人もですけど。
「……そうだ、王弟殿下に相談してみようかしら」
どうにかしてほしいなんて言うつもりはありませんが、たまには兄のようなあの人に愚痴の一つも聞いてもらいたいな、なんて。
さすがに、不敬ですかね?




