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悩んでいる間に時間はあっけなく過ぎて行った。
なんということでしょう……。
勿論お仕事に手抜きなんてありえませんよ!!
アルダール・サウルさまにお渡しするお礼の刺繍済みハンカチ(ちょっと努力して薔薇と、この国で最もポピュラーな守護を司る神様の模様を縫い込んだ。まあ、庶民にも浸透するくらい単純明快な紋様なんだけど……)とメッタボンがちょっぴり男泣きしながら渡してくれたブランデーで作ったブランデーケーキを綺麗にラッピングもしたし。
青いワンピースも皺がないことを念入りに確認もしましたし。
ええ、抜かりはないはずです。仕事も今日出かけるにあたって他の皆に迷惑がかからないよう、きちんと終わらせてありますしセバスチャンさんにもきちんと報・連・相してあります。社会人の基本ですね!!
メイナに言わせれば、私の言う基本はあまり他所では聞かないそうですが……まあ前世の経験がものを言っているだけなので、良いと思うものはやってみればいいと思うんです。地震とか火災の時の“おかしも”とか庶民皆に徹底させてもらったら素晴らしい気がしますが、流石に突然そんなこと言い出したら変人扱い間違いありませんね!
あとは一緒に作ったカステラも大成功を収めました。あれは良かった……試食したメッタボンが超血走った眼をしたのは怖かったけど。正直ドン引きしたけど。一緒にいたダンなんて気を失いかけてたけど。
ストレートティーと一緒にカステラをお出しした時のプリメラさまは、初めてシフォンケーキをお召し上がりになった時と同じくらい満面の笑みを浮かべてはしゃいでくれたから大成功でしょう!!
どこから知ったのか、後で宰相様が残っていたら分けてくれと人を寄越したことにもドン引きでしたが、まあそこは大人ですから追求せず、これも前回父親の件でご助力いただいたお礼だと思うことにして試作で作った余りをたくさんお渡ししておきました。味は保証いたします。ただちょっと形が悪かったり、ふわふわにならなかったやつです。
後でラスクにしようと思ってとっといたんですが、まあ……良いんじゃないですかね。一応成功品がこれで味は良くてもちょっと失敗したのがこっちだと説明はいたしましたよ?
ラスクの方はフライパンで作り方を教えたメッタボンが、私たちのお茶請け用に小分けにしてくれました。流石気遣いのできる男です。
とまあ、色々脳内で考えつつも正直心臓がすでにバクバクです。
何で私、待ち合わせ場所を城下町でも人通りの多い噴水前にしちゃったんでしょう。いや、人通りが多くて待ち合わせの定番だからですけど。
「……、あっ、アルダール・サウルさま……す、すみませんお待たせしましたか?!」
「いいえ、ユリア殿。私も先ほど到着したばかりです。……今日は青い装いなのですね、落ち着いていて貴女によくお似合いだ。贈った髪飾りをつけて来てくださったことも嬉しいです」
「えっ、あっ……は、はい……」
うわあ、うわあ。
出会い頭にそうそう優しく笑みを浮かべて装いを褒めつつ髪飾りをつけていることまで見抜くとは。なんて手慣れているんでしょう!! これが社交界を歩いてきた男性というものなのでしょうか。いつかメレクもこうなっちゃうのかしら……いや、いやいやいや。これは社交辞令。いちいち反応して顔を赤くしているようでは相手にも面倒な女だと思わせてしまうことでしょう!!
とはいえ、仕事ではない“ユリア・フォン・ファンディッド”としてはこういう時どう対処して良いのかわかりません!! なにせ侍女のユリアはそういう容姿や装いを褒められることはありませんからね……お仕着せですし。仕事ぶりを褒められれば正直にやってやったぜという気持ちにもなれるのですが……。
アルダール・サウルさまも本日は休日ですので、当然私服姿です。
白いシャツに黒いオッドベストとチャコールグレーのズボンに、腰にベルトと騎士の剣。爽やかです。
剣とブーツが騎士団配給品であることを考えると、休日とはいえ職務の呼び出しがあるのでしょうか。それとも畏まった格好をする必要がない程度には私に対して気を許してくださっているのでしょうか。
ああ、いけません。そんな緊張するような間柄ではないはず。
そうです、弟君の恋愛成就の為に頑張ってらっしゃる兄上なのです!
「ユリア殿、先日お話しした店ですが少し歩くんです。宜しいですか?」
「はっ、はい、勿論大丈夫です」
「なら良かった。きっと貴女が気に入るんじゃないかと思って……ああ、お荷物をお持ちしましょう」
「いえ! 軽いですから!!」
「そうですか? いつでもお持ちいたしますから」
「お、お気遣いありがとうございます……」
どうしましょう、いつもの自分のペースで会話できません。
すっと肘を差し出されてエスコートが当たり前みたいな顔でこっち見ないでください。
どうしてこうこの方、やることなすことイッケメェェェェンなんでしょうか!!
前回のダンスの所為でこっちは顔を見ると恥ずかしくなって仕方がないというのに!! ええい、これが経験の差なのか……開き直るにはちょっと私、そこまで心臓に毛が生えておりません。
こういう時表情に出さないという前世からの特技が活かされて助かると思った日はありません。
いえ、正直仕事の時よりも無表情を貫けておりませんが。それでも動揺を駄々洩れにしていないだけ自分で自分を褒めたいです。
ええい、ままよ。
お礼はしなきゃならないんだ!
プリメラさまが嫁いだ後についていったら、夫君のお兄さまであられるんだから今後も顔を合わせるんだし!! その前に嫁がれるため、彼らの関係を応援する同志なんだし!!!
差し出された腕に、そっと手を伸ばして絡める。そうそう。これは普通に貴族令嬢としては当然エスコートされる時の形。ナシャンダ侯爵さまの時もやったじゃない。私はファンディッド子爵令嬢、私は貴族令嬢。これくらい当たり前。当然。やらなきゃいけない。むしろ義務。
それにしてもぱっと見、アルダール・サウルさまって細身なんだけど……やっぱり騎士だけに鍛えているのね、ダンスの時もそう思ったけど筋肉質だよね。メレクやこういっては失礼だけどナシャンダ侯爵さまとは全然違う。私は中肉中背の中でもちょっとだけ、ええ、本当にちょっとだけですが背が高めな上に骨太ですから大柄に見えがちですが(でも中肉中背ですからね?!)、この方の横に立ったら太く見えるんじゃないかと思ってしまいがちですが……これだけ筋肉質な方なら、実はそう見えないんじゃないかな?
元々アルダール・サウルさまは背が高い方ですし。私の頭一個分ちょっとは上背があるはず。あまり背が大きく見られたくない私はヒールの低めの靴を履いているけれど、この方と並ぶときはヒールの靴を履いても大丈夫じゃないかな。
あーしかしなんだろう。女性として扱われるって、ものっそい……こう、照れる。
侍女として扱われるのとは全然違う。この人私に対していつも女性扱いなんだよね。手紙を書いてくれる時も城内で会う時も。浮いた噂がない堅物なんて呼ばれているらしいけど、女性からの告白やらお手紙やらは絶えないらしいってのは騎士団の方で働く女中が噂していたから知っているけど、納得できるわあ……。
「ああ、あそこです。ほら、看板に苺の花と実が描かれていてちょっと愛らしいでしょう」
「まあ!」
街の中心部を抜けて路地を少し行ったところにある店だ。
私はあんまりこっちの方まで来ないで大通りで済ませてしまうから気が付かないような場所。
白い花と赤い実が看板に描かれていて確かに可愛らしい!
「さあ、入りましょう。私もまだ入ったことはないんですが、同僚たちによれば食事もデザートもとても美味しいらしいですからね」
「まあ、それは楽しみですね」
カラン、とドアベルが鳴って可愛らしい白いお仕着せを身に纏った双子らしい店員が、笑顔で出迎えてくれる。
店内は花が綺麗に飾られていて、豪奢ではないけれど素朴な、良い雰囲気だ。
これは良いお店に当たったかもしれない。そう思うと自然と笑みも浮かぶもので。
「良かった、ようやく笑ってくれましたね」
「えっ」
「さあ、こちらへどうぞ」
そんな瞬間をアルダール・サウルさまが見ていたなんて!
やっぱり恥ずかしくて死ねる! 今世の死因が恥ずか死とか笑えないわあ!!!!!
いやいや落ち着くのですユリア。
私はプリメラさまのご結婚後もお仕えして、あの方のお子さま、更には長生きしてお孫さまの顔を見るという野望があるじゃありませんか!
こんなところで死なない。人は恥ずかしさだけでは死なない。はず。
だけど恥ずかしいいいいい!!!!!!!
どうしよう、この主人公奥手を拗らせすぎじゃねえ……?