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どうやったら?
そう問いかけられても、私はただ瞬きしかできませんでした。
幸せの定義にもよるのでしょうが、私はただ真っ当に生きてきました。
私を大切にしてきた人たちを大事に思い、そしてそれに応えられるようにと努力をしてきました。
それは、ごくごく当たり前のことをしてきたとしか言いようがありません。
ですがそれは……ミュリエッタさんの望む答えとは、違うのでしょう。
ましてや私に問いかけているようでそうではない雰囲気を感じ取って、私はただ彼女を見つめ返すしかできませんでした。
「あたし、ずっと……みんなを幸せにしてあげなくちゃって思ってたの。そうしたらあたしのこともみんなが幸せにしてくれるって」
「……」
それは、ある意味では間違いないのでしょう。
私がそうしていたように、誰かを大切にした分、他の誰かから親切にされる。
情けは人のためならずって言うじゃありませんか。
でも、なんだか彼女のそれは……私には、押し付けられた幸せのように感じました。
「貴女が先に出会ってなかったら、アルダールさまだって……」
彼女がアルダールの名前を呼んだことで、私は思わず周りを見回してしまいました。
よかった、彼の耳には届いていなかったようです。
これ以上アルダールの機嫌が悪くなったら大変ですからね!!
とはいえ、これはどうしたものでしょう。
私としてはこのまま黙ったままでもいいのでしょうか。
でも黙っているのも癪だなあと少し大人げないことも思うのです。
(そうよね、王太子殿下がわざわざリジル商会に来ている私たちに彼女を会わせたということは、言いたいことを言っていいぞってことなんじゃないでしょうか?)
いやまあさすがに自分に都合良く解釈しすぎですね。
面倒ごとになる可能性を考えるなら、私は黙ってただ微笑み、余計なことを言わないのが貴族として正しいやり方なのだろうなあと思うのです。
でも、なんでしょう。
(アルダールが彼女と先に出会っていたら?)
たらればを語ったところで現実は変わりません。
それで変わるんでしたら、オリビアさまは今頃……いえ、これも言っても仕方のないことです。
「ミュリエッタさん」
「……」
「確かに私は幸せです」
私を大切にしてくれる人たちに出会えて、守られて育って。
そして今度は私が誰かの為に、頑張ることができる日々。
好きになった人が私を好きになってくれて、恋が実って。
そして、その好きな人のことを『愛しい』と思えて家族になる。
勿論ここに至るまでにいろいろなことがありました。
楽しいことばかりではありませんし、悩んでばかりですし、なんだったらこれからだってどうでもいいことに悩んだり落ち込んだりしてしまうのでしょう。
「でも、忘れないでくださいますか」
私はきっと。
今、これまでで一番綺麗な笑顔を浮かべていると思います。
「私だけではなく、アルダールも幸せなのです」
一人だけ幸せなんじゃないです。
私たちは、いろいろと悩んで、それでも手を取り合って……そうしてわかり合ってきました。
励まされたり、モヤモヤしたり、ヤキモチを焼いたり焼かれたり。
そうやって、お互いに『幸せだ』と笑い合って夫婦になると決めました。
「……なんで……」
私の言葉に、彼女がくしゃりと顔を歪めました。
それは本当に、小さな子供のように顔を歪めてボロボロと涙を零しました。
「なんでよお……あたしの方がっ、好きなのにっ……」
「でもアルダールは私のことを好いてくれて、私もアルダールが好きなんです」
ミュリエッタさんも、本当はわかっているのでしょう。
でもずっとずっと好きで好きで、どうしようもなく好きな気持ちというものはどうしようもなかったのかもしれません。
だからって譲ってあげる義理もありませんし、私は同情だけでアルダールがくれた彼の心を手放すなんていたしません。
だって、私も好きなんですから。
ボロボロ、ボロボロ。
零れる涙を手で擦るようにして拭う彼女に思わず手を伸ばしかけて、私は自分のその手を握りしめて引っ込めました。
それは、正しくない……そう、思ったから。
彼女にとってそれは、私にとっても、そう。
きっとよくないことなのだと感じたのです。
「どうしてえ……ただ、好きな人と、結ばれたかっただけなのにぃ……!」
私に訴えかけるようなその涙交じりの言葉に、私も少しだけ胸が苦しみました。
そうですよね。
貴族である以上、政略結婚も致し方ないと理解している私ですが、それでも前世の感覚のせいでしょうか?
よく知りもしない人と結婚を前提にお付き合いすることを強要されて、相互理解して愛を深めていける可能性もあればそうでないかもしれない……淑女として、貴族として……そんな体裁に縛られながら生きることを、恋愛以前に敬遠していたのかもしれません。
いえ、恋愛からも背を向けていたので全般に、なんですけど。
「……結ばれて、どうするつもりでしたか」
「……?」
「めでたしめでたし、その向こうも私たちの人生は続きます。私は、アルダールが騎士として生きていくその横で彼を支えていき、そして自分の職務を全うできたらと思っています」
「……そんな、付き合ったら、想い想われて、結婚するのは……」
「当たり前ではありませんよね」
まあそれが理想であることは事実です。
実際、アルダールと私もそうですし。だからミュリエッタさんが冷静だったら『お前が言うな!』案件だとは思いますが……でも今の彼女はそれを理解できていない様子。
私はそれをいいことに、言葉を続けました。
「幸せになりたいと思うのは、きっと誰もが同じです。でも、相手の幸せを願ってあげることはできませんか」
アルダールは騎士でいたい。
私はそれを知っています。
誇りに思い、常に職務に励んでいる姿を私はこの目で見ているのですから。
でも彼女は、バウム家から出て自由になることこそが彼の幸せだと言いました。
アルダールがそれは違うと言っても、彼の恋人が私だと言っても、彼女は諦めきれなかったのです。
(好きという気持ちは、難しいよね)
でも、だからこそ諦めきれない気持ちもわかるけれど。
わかってほしいとも思うのです。
「好きでもない人と、どうして結婚しなきゃいけないの!」
「……貴女の婚約が、どのようになっていくのか私にはわかりません。ですが」
私はアルダールと一緒に、恋を育てていきました。
きっと結婚するって、好きだという気持ちだけではどうにもならないことも多いのだろうなと思います。
家名を決めたりあれこれやりくりしたり、それこそ楽しいけれど苦労もそれなりですからね!
「……ですがそういうのをお相手と話して、そうやってお互いやっていけるかどうかを決めていくのも、大切なことだと思いますよ」
最初からいやだ、だめだと言う前に。
本当にだめならだめで、話し合わないといけないのでしょうから。
リード・マルクくんも、ミュリエッタさんも、上の人たちがそれを許してくれるかどうかは別ですけどね!
(でもさすがに心の底からいやだってなったなら、考えるくらいはしてくれそうな気がするんだよなあ)
なんだかんだ、優しい人たちなので!
今回、リード・マルクくんが王太子殿下に言われたのかお願いしたのか、それは定かではありませんが……とにかく、私たちに関わらせないと決めていた彼女をこの場に呼んだということは、きっとこういうことでいいのだと思います。
彼女に私たちが幸せであることを見せつけ、結婚して前に進んでいくアルダールを見せつけて諦めさせようとしているのか……それとも、もっと別の意味があるのか。
いずれにせよ、私にできるのはここまでです。
ちょっと大人げないことを言ってしまったような気もしますが、アルダールが幸せだということを理解してほしかったのです。
私だけじゃないんです。
彼も幸せなのだと、ミュリエッタさんに理解してほしかった。
好きだからこそ理解なんてできないのかもしれませんが、それでも……いつか、わかってくれたらいいなと思わずにはいられないのです。
(こういうところが甘いんだって、また叱られちゃうかなあ)
脳裏で、王弟殿下が大袈裟なまでにため息を吐く姿が浮かびましたが……まあ、それもしょうがないでしょう!
私の性分ってやつなんだから!!
ちょっとストレスがまだあるかなとは思いますが、ミュリエッタさんのことも見守ってあげてくださいね°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




