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とりあえず諸々手続きは進行中……ということで合間合間にあれこれ進めるというせわしなさは拭えませんが、なんとかかんとかやっております!!
馬具関係についてはあれから割とすぐに連絡があり、今日は馬を見ます。
といっても私はあまりその良し悪しについてはわからないんですけどね……。
(わかるかなと思ってメッタボンに聞いたら『喧嘩売ってきそうな勢いのあるやつがいいですよ、元気だから』とか何の参考にもなりませんでした)
ちなみにその発言を横で聞いていたレジーナさんにはたかれていたのは、ここだけの話です。
基本的には駿馬が必要なわけでもありませんし、気性の穏やかな人慣れした馬の中から直感で選ぶのがいいとレジーナさんが補足してくれました。
まあアルダールが一緒ですからね! 大丈夫でしょう!!
あっ、ちなみに馬具の割引券の他に添えられていた茶葉ですが、かなりの高級品でした。
セバスチャンさんが言うんだから間違いない!!
勿論そちらは、美味しくいただきましたとも。
ちょっと普段使いには厳しいお値段の茶葉でしたけどね……こういう偶然の出会いってのは悪くないものでしょう?
いつかプリメラさまに飲んでいただく茶葉の候補に加えておきたいと思います。
本当に美味しかったので!
「そういえばアルダールは近衛騎士として馬を持っていたりするの? もしくはバウム領に馬がいる?」
「いや、バウム家で所持している馬を適当に乗る形でいたから、これといって私のというのはなかったんだ。今回が初めてで、実は浮かれている」
楽しそうに笑うアルダール、可愛いな。
浮かれてるって、浮かれてるって……!!
(でもそうか、これまでは……あまりバウム家に、自分のものを置かないようにしていたんだ)
いつかは出て行くからって。
分家当主になるにしたってそれは親が決めた道だから……と出会った頃は思っていたんですものね。
そう思うとこれからは本当の意味で一国一城の主みたいなものです。
お財布との相談はありますが、これからは彼が好むものを、彼だけのものを揃えたいですね!!
(……って言うと多分『二人で使うものだろう?』とか当たり前のように男前発言されて私が照れるって寸法ですよね。もうわかってるんですよ!)
同じ失敗ばかりをするへまはいたしません。
そうこうしている間にリジル商会に到着したところで、リード・マルクさまは急な来客のため一旦席を外していると店員さんに教えていただきました。
私たちが着いたらリジル商会の裏手にある、馬小屋まで案内するように言われていたんだとか。
さすが手厚い……。
(それにしても馬小屋と馬を走らせるだけの小さな広場、それから馬具を置いている場所……広いわあ、リジル商会!)
普段は私もこちらまで足を運ぶことはありませんが、商売の都合上そういった場所があるのは当然と思います。
リジル商会でも移動手段や荷運びに馬車を用いるわけですから。
それ以外に商売用の馬、馬具と取りそろえているので、王都にあってもっとも人気の区画に広い土地を所持するだけでなく維持もしているのですからやはり大陸一の商会です。
ちなみに、もっと多く馬をお求めの客人に対しては郊外にある牧場まで案内されるって話ですよ。
スケールが違ぁぁう……。
今日は私たちのためだけに集められたであろう厩務員の男性が五名、それから馬が十頭。
ぱっと見どの人がどう優秀なのかとか、どの馬がどんな性格なのかとかはわかりません。
ああいえ、馬の方はなんとなくわかるかもしれません。
こちらをジッと見てくる興味津々な子、近場にいる厩務員の服を食んで構ってもらおうとする子、できるだけ離れた場所からこっちを見ている子もいれば素知らぬ顔で離れていく子もいます。
馬ってかなり繊細な生き物ですものね。
「ユリア、気に入った馬がいたのかい」
「え? ……いえ、あのまん中の黒い馬、ほら、ちょうど額に白い模様のある子がずっとこちらを見ているから」
「……ああ、この子か」
アルダールが歩み寄ってそっと手を挙げると、その黒いお馬さんは頭を下げるようにして鼻を押し付けてきました。
どうやら人懐っこい子のようです。
「うん、ユリアも触れてご覧。大人しい子だ」
「ええ」
私もそっと撫でると、心地よさそうにしてくれるのがとても可愛らしい!
是非この子に来てもらいたいなあ、なんて思ったところでアルダールは近くにいた厩務員さんたちと話をしていました。
私は他のお馬さんたちも見て回り、店員さんに馬車の説明を受けたりと……まあ、お値段についても質問させていただいてですね。
「では、あの黒馬と葦毛、それからあちらの栗毛を。馬車は二人乗りサイズで、家紋の刻印を頼む」
「かしこまりました」
「屋敷の厩を修繕するのにどれほどかかる?」
「一度拝見しないとわかりませんが、基礎がしっかりしているようでしたらそれほどかからないかと」
アルダールがテキパキと指示を出す中、私はそれをただ見つめているだけでした。
口を挟む隙もないっていうかね!
どうやら貴族院議会の準備が済み次第、アルダールは先んじてミスルトゥ子爵として叙爵をするそうです。
婚約式に間に合うのかどうかはこれまた議会次第っていうね!!
でもいろいろと準備はしておかないといけないこのなんとも言えない感じ。
まあいずれにしても、婚約式ではいずれ名乗るであろう家名についてもお客様の前で披露する予定ですので遅かれ早かれって感じでしょうか。
ちなみに厩務員さんは、奥様にキッチンメイドとして来ていただけることになりました。
あと息子さんがお一人いらっしゃるらしく、馬たちのお世話を一緒にしてくれるんですって。
一気にあの屋敷も賑やかになりそうですね……!
「そうか、ではできるだけ早く仕上げてもらいたい。それまでは馬たちを預ける形で――」
「いえいえ、引き渡しの日までは予約という形で構いません。当店をご利用いただいた方に対するサービスですので」
アルダールはすでに買った馬として、厩が完成するまでの間もお金を払おうと思ったようですが……それを後からやってきたリード・マルクさまがにっこりと断りました。
店員さんは彼の姿を認めると、頭を下げてその場からいなくなりました。
「彼が今の話を書面に纏めて持ってきますので、もう少々お待ちいただけますか。いやはや予約していただけるようこちらからお手紙をお出ししましたのに、大変失礼いたしました」
「……いや。忙しかったのだろう? 外せない客人だとか。他に対応できる人間がいるなら、私たちはそれで構わない」
「いえいえ。実は婚約者が体調を崩してどうしても会いたいと僕を訪ねてきてしまいまして……そのような状況ではさすがに。いやあ、大変申し訳ございません」
「そうか。仲睦まじいようで何よりだ」
婚約者。
その言葉に、私もアルダールも少しだけ真顔になってしまった気がします。
ミュリエッタさん関連については私も最近話すら耳にしていませんでしたので……意図的に、遠ざけられていたのだろうなとは思います。
ですが関わるなとも言われていましたし、便りが無いのは元気な証拠って言うでしょう?
(まあそれは肉親とか親しい相手に使う言葉だし、ちょっと違ってくるけど……)
リード・マルクさまは私たちの反応を気にすることなく来た方向に目を向け、にっこりとわざとらしいほどの笑みを浮かべました。
「ご挨拶だけさせていただいてもよろしいでしょうか。当店の、次期女将としてこれからもお引き立ての程よろしくお願いいたします」
それは……ある意味で、彼女にとって残酷な宣告にも聞こえました。
私たちを前に、自分と結婚するのは確定であると言われながら挨拶をしろというのですからなんというか、とても複雑な気持ちです。
ですが彼女は無表情に歩み寄ってくると、私たちを前に大分距離をとったところで頭を下げました。
「……いつぞやは、大変ご無礼な振る舞いの数々、誠に申し訳ございませんでした。リード・マルクの婚約者ミュリエッタは、これよりリジル商会に嫁ぐ身として、ご贔屓様にはこれからもよろしくお引き立ての程お願い申し上げます」
それはまるで。
まるで……見知らぬ少女のようでした。




