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12/12 コミックス版「転生しまして、現在は侍女でございます。」が発売されております!
「これはこれはバウム様にファンディッド様。ようこそおいでくださいました、御入用の品はすでにお決まりでしょうか?」
「ああ。新居の厩についていろいろと考えていてね。その件で来たのだが、担当者はいるかな」
「はい、勿論ですとも。数ある店の中からリジル商会をお選びいただき、ありがとうございます」
にこやかにそう言って頭を下げるリード・マルクくんは他の店員と同じように見えます。
この世界で市井の……特に商人の家系ならば、彼の年齢で働いていてもおかしくないとはわかっていますがそれでもやはり、なんと言いましょうか。
(そうね、堂に入った挨拶なんだわ)
熟練の使用人と同じ、あるいはそれ以上の風格を見せられたような気がします。
父親似なのでしょうか、それともそういった豪商の座を継ぐ者としての教育を受けているからなのか。
王太子殿下といい、リード・マルクくんといい、可愛げが無く将来が期待できるというか怖いというか……そう考えるとディーン・デインさまは剣の才能に恵まれているとはいえ、年相応らしさがあると思います。
ちなみにうちの可愛いメレクもそうですからね!!
リード・マルクくんの場合はあれですよ、これは気をつけないとあれもこれも買わされちゃうパターンになりそうですので気をつけないといけませんね!!
とりあえず彼はミュリエッタさんの婚約者に内定した……という話はもう城内でも随分と噂されています。
そんな彼と対面することになって良いんだろうかと思わずにはいられないわけですが……リジル商会に来ておいて何をって話ですよね。
彼としても跡取り息子としてちゃんと働いているわけですし。
ミュリエッタさんについてお互い特に触れることもなく、厩を建て直したいこと、気性の穏やかな馬が数頭ほしいこと、住み込みで馬たちの世話をしてくれる人物を探していること……それらを伝え、家紋が決まったのでそれを馬具に刻みたいことなども話しました。
リード・マルクくんはそれらをうんうんと頷いてしっかりとメモまで取ると、何点かこちらに質問をしてアルダールがそれに答えて……というやりとりの後、職人を数人、それから馬とその世話をするのに該当しそうな人間を集めるので後日また来てほしい、というような形で落ち着きました。
なんだかスムーズすぎて逆にびっくり。
(いえ、これが正しいのでしょうけれど!!)
家名の決定に時間がかかりすぎただけっていうね……!
家具なんかもお勧めをいくつか紹介されましたが、まあそこはおいおいね。
後から後からきっと足りないものとか見つかる気がしますが、今は必要なものから順次ね、順次。
とりあえずは厩と馬、そして住み込みの人の給与とか生活費について考えなくてはならないので……。
それらが自分たちで考えていたものよりも大きな額であったなら、他を削らないといけませんからね!!
(それに結婚の日取り自体が決まっているわけではないから……)
アルダールが正式に『アルダール・サウル・フォン・ミスルトゥ』と名を変える日は決まっているのでしょうか?
言われていないだけで、後々になって結婚式もその前後にしろとか言い出しそうな気がしてくるんですけども。
(……今はまず、新居を整えつつ婚約式ですね……)
あの新居に人を呼ぶか、あるいは場所を借りるか……。
どちらの方がいいのかしら。
やはり場所を借りるのが妥当でしょうか。
「それでは人と馬を揃えましたら、王城の方に使いをやりますので……どうぞその際はよろしくお願いいたします」
「ありがとう」
アルダールとリード・マルクくんの会話を聞きながら、私はぼんやりと先のスケジュールを考えていました。
ちらりとドレスのある方へと視線を向けていたのに気づいたのでしょうか、アルダールがふっと笑って私を抱き寄せたのです。
「なんだい、新しいドレスがほしいの?」
「えっ、いえそういうわけでは……!!」
「せっかくだから見ていく?」
「いいえ! 大丈夫です!!」
ここで『そうね』なんて言おうものなら買う気でしょう、アルダール。
そりゃドレスは必要かなーなんて思ってますが、今すぐってわけでもありませんからね。
婚約式の日取りを決めてからでも十分なのです。
「ふふ、本当に仲がよろしいんですねえ」
そんなやりとりをしている私たちを見て、リード・マルクくんがにこやかにそう言いました。
なんでしょう、弟と同年代の少年にそんなことを言われると恥ずかしいっていうか、むず痒いと申しましょうか……。
私はそんな彼の言葉に曖昧に笑うしかできませんでした。
「そうそう、せっかく本日は僕が担当させていただきましたので、こちらをどうぞ」
「……これは?」
「リジル商会では今、店をご利用いただいた方に感謝のメッセージカードをお渡ししております。大したものではございませんが珍しい茶葉や花の栞など、その封筒には何かしらの贈り物が入っているのです」
「へえ、おもしろいな」
渡されたのは、オフホワイトの封筒。
なるほど、顧客のハートをがっちり鷲掴みにして離さないために、こういう努力を惜しまず行っているのですね……!
大店だからと鷹揚に構えているようでは、大陸一の商会にずっといるなんてできないのでしょう。
「何が入っているのかしら」
「それはお帰りになってからのお楽しみ、ということで。お二人様ですので、お一人ずつお持ちください」
「ありがとう」
アルダールが二つの封筒を受け取って、私の背を押すようにして出口へと歩くのをリード・マルクくんはにこやかに見送ってくれました。
彼は私が【ゲーム】で見た人物像よりは、もう少し……なんというか、大人びているような気もします。
勿論、今ここで暮らしている現在が【ゲーム】とは異なると理解しているので、それを基準に考えているというわけではありませんが……それでもちょっと不思議な気持ちです。
彼はどんな風に違うのだろうとは思うものの、積極的に接したいとは思いません。
ほらそこはただ単にね、前世のゲームやってた身としてはっていう興味ですよ、興味。
ただそれで藪をつついて蛇を……なんてことになっては目も当てられませんから。
現段階で何が大事かくらい、自分でも理解しているつもりです。
(そうよね、何もかも違うんだから)
前世の記憶は、私の中で段々と薄れていっています。
それはきっと今が充実しているからこそ、なんだろうなって。
私たちは馬車に乗って、王城へと戻る最中に例の封筒を開けてみました。
どちらの封筒も、中に入っていたカードに書かれていた内容は同じです。
『またのご来店を、心よりお待ち申し上げております』
そこに店員のサインがあるのが、きっとその時に担当した方のものなのでしょう。
勿論、私たちがもらったものにはリード・マルクくんのサインがありました。
「しっかり者ですねえ、リジル商会の未来も明るいのでは?」
「……そうだね」
「アルダール?」
苦笑したアルダールの手には、カードの他にもう一枚。
他には、茶葉と思わしきティーバッグが二種類です。
「どうしたの?」
「本当に商売が上手いよね。次回来店時に馬具の割引だってさ」
「あら」
馬具をいくつか……なんて相談もしましたが、それはすぐにでなくていいとも言っていたんです。
それなのに次回、人と馬を見る機会でついでに馬具も割安でどうぞ……だなんて!
(いや、予算……!!)
一応上限はここまでっていうのは私たちの中で決めてはあるんですよ、二人の貯金から出せる内容でね?
爵位持ち貴族が年間でもらえる補助金とか、助成とか、そのあたりについても今すぐに申請できないものですから……。
結婚した際に爵位と家名が変わるのだとしたら、そこから申請して認可されるのはいつよ? ってなるじゃないですか。
ああ、ああ、本当に厄介です。
「ついでにユリアのドレスも買わないとね。婚約式のだろう?」
「……諦めてなかったの!?」
あの場の雰囲気だけかと思ったのに!!
私の驚く声にアルダールは楽しげに笑いました。
ああ、これ、絶対に『自分が選ぶ』っていう意思を感じましたね。はい。
「……あのね、あまりほら、そういうのにはお金をかけたくないっていうか。日取りが決まってから既製品を安くアレンジして貰うとか、そういうのでいいかなって」
「うーん、それもありだとは思うんだけどね」
アルダールは何かあるにつけ私にものを与えようとするんですよね。
そういうの!
良くないって思うんですよ!




