487 ハンスの恩返し
今回は閑話的にハンスさん視点
「そういや、家は本決まりなんだよな?」
「ああ、お前の部屋も不本意だがちゃんとある。不本意だが」
「強調しないでくれるか? 泣くぞ?」
「ハンスが泣いても可愛げの欠片もないだろう」
「あーあー酷いゴシュジンサマだよホント!」
騎士隊の宿舎で当たり前のように交わされる会話、そう会話だ。
当たり前のようにしているが、正直なところをいうとアルダールは随分寛容になったものだと俺は思う。
幸いにもこいつはこいつで思うところはあるんだろうが、俺に対しての理解も示してくれた。
これまでの関係は無駄じゃなかったと思うし、なによりそういう気遣いをしてくれるようになったのはきっと彼女のおかげなんだろうと思うと恋愛って偉大だ。
いや、コイツの場合はいろんな意味で拗れていたせいだったんだろうけど。
「家も決まったし、家名についちゃもう少し揉めるだろうが……まあ、落ち着くだろうし。順調っちゃ順調か。ああでも女性関係には気をつけろよ」
「……なんだって?」
「コワイコワイ睨むな睨むな!! お前が浮気するとかそういう心配をしてるんじゃなくて、外野に気をつけろって言ってんの! 俺は!」
一途なのは結構だけど、周囲がそれで納得するかっていうと別問題だ。
なんせアルダールは優良物件中の優良物件だ。
見た目、人柄だけじゃなくて近衛騎士に最年少でなった実力、それも名門家出身者。
マイナスな面を挙げるとするなら庶子だってことくらいだった。
それらを引っくるめてモッテモテだったこの男が、今度は爵位も与えられるのだ。
俺たちの認識だとそれは当人の実力以外にも、恋人である王女宮筆頭ユリア・フォン・ファンディッドの存在がでかい。
王家のお気に入り。
本人の意思とは別に、それが周囲の認識だ。
アルダールに対して剣聖候補って名前がどうしても付随しちまうように。
「お前、わかってないだろ」
「……何が」
「いいか? 『有望株がより有望になった』わけで、その妻がいくら有能で周囲の覚えめでたくとも地味なら愛人に……くらい思う女性もいるわけよ。もしくは自分の娘とか親戚を送り込みたいやつらもな」
「ユリアが陛下に認められているのも周知の事実だろう」
「有能さで勝てないから女の魅力ってのでなら勝てると思ってるやつがいるってこと。そういう連中にお前、言い寄られるだけならお前もバッサリ断れば済むだろうけど、周りから絡め取られるとか苦手だろ」
「……まあ、そうだな」
いやそうな顔をしている姿に俺はこっそり笑う。
だけど、俺の忠告はごくごく当たり前のものと思ってもらわなくちゃ困る。
これは優秀な侍従としての真っ当な意見だ。
「お前がユリアちゃんに惚れ込んでるのは知ってるやつは知ってるけどなあ。ユリアちゃんに声かけようとする連中に関しては上の人たちが目を光らせてくれてるみたいだけど」
「そうなのか」
「お前が嫉妬深くて面倒くさいヤツってのはバレてるだろ、隊長に。その辺が気を遣ってくれてるんじゃね?」
「酷い言われようだな!」
実際、コイツが嫉妬深いだなんてことは彼女と付き合い始めてから知ったくらいだ。
俺は当初『アルダール・サウル・フォン・バウム』という人間がどのような男で、どのような交流があって、貴族として危険にならないかどうかを見定めるために近衛騎士隊に送り込まれたようなものだった。
だけど、同室になってこいつがただの男で、ただ騎士であることに誇りを持っていると理解してからはそのように報告したし、特に何かを気負うことなく友人として接してきたつもりだ。
そしてそれはアルダールもわかってくれていたようで、今回お役御免になってこいつの従者になれると知った時には本気で喜んだし、アルダールが受け入れてくれたことも嬉しかった。
言わないけどな!
「まあお前もユリアちゃんと付き合い始めてから表情豊かになったし、それでさらにモテてたんだぜ? 知ってた?」
「いや、初耳だ」
「まあお前あの頃ユリアちゃんを振り向かせるのに必死だったしなー。今でこそ婚約まで漕ぎ着けてようやく落ち着いたけど」
「……そんなにか?」
「そんなにだよ!」
そう、付き合い始めて幸せオーラ出してる割にこいつは余裕がなかった。
彼女の方もアルダールが好きだって雰囲気はしっかり出ていたし、どっからどう見ても幸せそうな二人なのにいつだってアルダールは必死だったと思う。
それでも婚約という、将来への一歩を踏み出せたことで随分余裕が出てきたんじゃなかろうか。
「そういやお前の侍従になるって話だけどさあ」
「うん」
「その頃には俺が近衛騎士隊を辞して、当面は俺が侍従として子爵としての仕事をサポートすることになるんだけどさあ」
「そうだな」
「執事とかお前勝手に雇うなよ?」
「なんで」
「いや、いろいろあるんだって」
いろいろあるんだよ、うん。
俺の言葉に納得していないような顔をするアルダールに、なんとも言えずに苦笑する。
買った家には元々管理するための人員がいて、彼らはそのまま継続だと聞いているし俺も挨拶をさせてもらったがとても良い人たちだ。
その他にも馬丁を雇う予定なのは聞いている。
移動には欠かせないからそこはしょうがない話だ。俺にもいるし。
「ところでなんでお前が彼女のことをそんなふうに呼んでいるんだ」
「まだ結婚してないんだからいいだろ。ダチの彼女なんだし!」
「節度ってものがあるだろう」
「違うだろ、お前がやなだけだろーが。狭量な男だな!」
「ほっとけ!」
俺は表向きチャラいってことになってんだからそれでいいんだよ。
今更アルダールの彼女だからって『ファンディッド嬢』なんて呼び始めたらそれこそ周囲が変なものでも食ったのかと心配してくるだろうに。
……それはそれで失礼な話だと思うけど、俺という近衛騎士については周囲にそう思ってもらえるよう動いたのは事実だから仕方ない。
というか、割と素ではあるんだけど。
だって俺はアルダールと違って騎士になりたかったわけじゃない。
誇らしい部分はあるけど、コイツとは熱量が違う。
だから、ほどほどでいいんだ。
近衛騎士という立場に未練はない。
「……ピジョット嬢の誤解は解かないでいいのか」
「いいんだよ。それに俺は結構、これが素だぜ?」
「面倒くさいヤツだな」
「お前に言われたくねーなー」
女好きってスカーレットには思われていることだろう。
幼い頃からバカみたいに真っ直ぐで、思い込みで走り出す子だった。
やりたいことを見つけては突き進む姿は、選べない俺からしたら眩しくて、可愛くて、そして疎ましかった。
正直好意の目を向けられた時には驚いたが、嫌いではないけど異性に向ける好きという気持ちは持てない。
今も昔も変わらず、遠縁の可愛い妹分みたいな存在だ。
(でもまあ、良かったよ)
王城で爪弾きにされて侍女を辞めさせられそうだって話を聞いた時にはどうしたもんかと思ったものだった。
友人である彼女の兄からも相談されたことだってある。
けど、まあ、丸く収まったのだ。
それもこれもアルダールの婚約者、未来の奥方のおかげで。
「本当にお前の奥方さまのおかげで物事が円滑に進むわあ」
「……なんだって?」
「誠心誠意、お仕えしますってことだよ!」
本人はただ真面目にやってきて、真摯に向き合ってくれただけなんだってことくらい俺にはわかっている。
周囲が持ち上げるような、天賦の才なんてない、努力家な女性だってユリアちゃんのことをそう評価している。
だけどまあ、友人も、幼馴染も、まるっと全部いい方向に持っていってくれたことも事実だ。
だからそれに対して俺は俺なりに、恩返しをするつもりでコイツを含めて仕えていこうと改めて思いながらアルダールに言い寄りそうな女性貴族を脳内でリストアップして策を練るのだった。




