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お忙しいけど時間が取れないか。
まあ要約するとそんな手紙を出したんですけどね。それじゃあ直近のお休みがちょうど一緒だからその日にお会いしましょうかとなるじゃないですか。こっちからお伺いしたわけですしね。
で、お互い休みだから当然私服だし流石に王城でやり取りしたら変な噂も立ちそうですし、そうなると城下町になりますよね。一番近いですし。
そういえばどこそこに新しい飲食店が出来たんですけど、そこにランチでも行きましょうかとか言われたら、まあ頷くよね。断るの悪いし、お店気になるし。
……私の自惚れでなければ、これってさあ。
待ち合わせしてお食事とか一緒に歩くとかさあ。
デートって言わないかな?!
という事実に気が付いたのは約束の前日でした。
その事実に気が付いて愕然としましたね!
えっ、デートなのかなコレ。誘ったの私になるのかなコレ。いやそういうつもりじゃなかったんだけど。私としてはただ会ってお礼の品を渡して感謝の気持ちを伝えるだけで良かったんだけど。食事も一緒にどうですかって問われたからついついオッケーって返事出したけど、あれっ、これってデートに属する何かなのかな。
イベントフラグですかな?! いや、それはないな。
イッケメェェェェンと何か起こるとは自惚れすぎだな。
そうだ、アルダール・サウルさまもディーン・デインさまの次のお茶会が気になってるのかもしれないし。
プリメラさまがディーン・デインさまからのお手紙を欲しがっていたことを彼にも伝えておいた方がいいだろう。あの字の汚さを改善しようと少年が頑張っていることは認めるけど、こういうのはお兄さんが協力してあげてもいいのかもしれない。
ていうかこういう時ってどうしたらいいんだ。
デートを意識しすぎて服を選んだら気合入れ過ぎとか思われない?
かと言って普段通りで行ったら「ああやっぱりこいつ女捨ててんなあ」って思われちゃったり?
いやいや待て待て、落ち着くんだ私。
そもそもデートするような男女の関係ではない!
だから意識する必要はない! 結論出た!!
いやあ、まったく私ったら冷静さを欠きましたね。
たかがお会いする約束をしただけじゃないですか。今まで私の執務室に何度も足を運んでいただいていたんですし、たまたま今回場所が違うだけでいつもと変わらないじゃないですか。
そう、いつもと同じでいいんです。
いただいた髪飾りをつけて、待ち合わせ場所に行って、お礼の品を渡して感謝の気持ちを伝え、食事をご一緒してそれぞれ宿舎に戻る! ええ、決してデートではありません。金品のやり取りで何かをするとかそういう誤解もない、ただ友人として会うだけの話です。
友人ですよね? 知人ですかね? いや、知人というにはもう少し親しいというか……うん? よくわからなくなってきました。
どうにもこうにもこの異性に対する過剰反応と申しましょうか、苦手意識と言いますか。
アルダール・サウルさまに関して彼には何の落ち度もないのですが、こればかりは私自身が割り切るしかないのでしょうね。
前世、私はモテない女でした。
恋愛に憧れがあるものの、自らは一歩前に出れず、かといってじゃあ見初めてもらうだけの努力もせず、夢見がちなだけで終わってしまったのです。
学生時代、ありきたりに青春というイベントが勝手に始まって気が付いたら恋に落ちて成就して、なんて思っていた時期がありました。まあ結論から言うとそんな甘っちょろいものは存在しなかった!
ゲームのように恋愛がそこかしこにあるわけでもなく、パラメータが見えて自分磨きができるわけでなく、現実はそう上手くいかない。
でもまあ、恋はしましたよ。片思いでしたし、その上で失恋もして、更に自分が一方的に理想を押し付けた、まさに“恋に恋した”パターンだと学ぶことまでできたという……これ以上は古傷を抉るので語りませんが!
私は自分の古傷を抉って楽しむ性癖は持ち合わせておりませんので。
まあ、自分が地味で平凡であると痛感したとだけ。
それは社会人になってもそうでした。
そして疑似恋愛ができる乙女ゲームにのめりこんで……とまあ転生に至ったわけです。
イケメンは眺める分には良いですが、それが身近になるとちょっと困る所以はそういうところにあるのです。誰が悪いわけではありませんし、誰も悪くありません。それだけにこう……仕事じゃない、と思うと挙動不審になる私はどうしたら良いのでしょうか!!
流石に弟に相談するわけにはいきませんし、王女宮の皆にはしたくありません。筆頭侍女としての威厳が……いえ、何を相談するっていうんでしょうか、やっぱり動揺しすぎですね私ったら。
この間はブロンズカラーの平服で王弟殿下に地味だと笑われてしまいましたので、今度は髪飾りに合わせて瑠璃色の服にしましょう。アルダール・サウルさまに恥をかかせるわけにはいきません。美人ではないと自覚はありますが、格好くらいはちゃんとしないと王女宮の筆頭侍女がみっともない、なんて口さがない者に出会うと面倒ですからね。
しかしこれもお針子のおばあちゃんの作品ですがやはりあの方、突出した才能をお持ちなのでしょうね……シンプルで飾りなどないハイウェストのAラインロングワンピースだというのに、襟周りが透け感のあるレースというだけで一気にお洒落度が上がるのです。どういう脳内構造したらこのようなアイデアが出るんでしょうね……。いや、ありがたいんですけど。
王太后さまによると、あの方は御子に恵まれず婚家と離縁と相成り、実家にも戻れぬところを王太后さまが召し抱えたのだそうです。もう何十年も前の話だけれどねとあの方は笑っておいででしたが、孫がいればまさに私くらいの年代であろうから慕う私が本当の孫のように思えて楽しそうだと仰ってました。
……んんん、おばあちゃああああああん!!
おっといけない。ちょっとおばあちゃんに甘えたいあまり現実逃避してしまったようです。
はあ、どうしましょう。
デートみたいだなんて自分で意識してしまったものだから、ついつい意識してしまっています。
相手がイケメンだからでしょうか。これがメッタボンだと思えば彼女持ちだし緊張もしないんですが。ダンだったら可愛い弟みたいに思いますし。ディーン・デインさまでしたら、やっぱり柴犬……おっと違った、弟のように思えたでしょうし。王弟殿下だったら……うん、王弟殿下ですし。
セバスチャンさんだったらお仕事だなあと思うでしょうし。
おや、私……異性で歳の近い方という知り合いが殆どおりませんね! 由々しき事態です!!
どうりでプリメラさまが最近私の婚期が遠のいていることをご心配するはずです……いや、仕事に生きるからいいんですけども。老後も安泰できるようにね!
いや、口には出してませんよ? 良い縁があれば、なんて言葉を濁してはおりますよ?
でも理想はあれですよ、プリメラさまについていきたいです。
お仕事は辞めたくありません。貴族の令嬢として結婚は血筋を守り、家を繁栄させるためのものであり、またそれによって結びつきを強めたりなどの“業務”が含まれることは理解しています。ですが私は前世の記憶を引っ張っている所為でしょうか、どうにもそれが億劫でいやなのです。自由恋愛万歳!! とまでは申しませんが、義務の為の結婚、幸せよりも役目としての結婚……貴族の娘として理解はできても、前世の日本人としては納得ができないのです。
勿論、今は貴族令嬢である人生です。それは理解できていますし、弟の存在が無ければ婿を取らねばならなかったと自覚はあります。今、すごく好きにさせてもらっていることも。
まったく……前世の記憶があるのも、良し悪しですね。
なかったら、こうやってアルダール・サウルさまと出かけることにいちいち緊張しないでいたかもしれないと思うと楽だなとか思いますよ!
いや、でも前世の記憶があったからこそ、今の可愛いプリメラさまに出会えてもいるんですよね。
はあ、複雑です……勝手に複雑にしてるのは私なんですけども。
主人公はお仕事と切り離された部分では案外ただの奥手なモテない女であることが判明。
え、知ってた?