486
さて、個人的な意見はこれまでとして!
公的な意識に切り替えていきましょう!!
そりゃ個人的には『ただの騎士と侍女』でありたいなという想いはありますが、それでも近衛騎士と王城の侍女となれば世間一般で言う所の〝ただの〟という形容詞はつかないんだと思います。
それに私も役職持ちですし、噂にあるような……なんでしたっけ?
王女のお気に入り。
あってますね。
王族と顔見知り。
そりゃ王女専属侍女ですからね、関わりは他の侍女よりもありますし。
高位貴族とも話ができる。
それもまた王女専属で役職持ち侍女ですからね、合ってます。
しかも気に入られている。
これに関してはビアンカさまやナシャンダ侯爵さまのことなんだと思いますが、これも否定はしきれないんですよねえ。
ただ裏の意味合いはなく、単純に仲良くしていただいているだけで。
そう、世間の噂的には本当のことなんですよね!!
ただまあ、見られ方としては『有能だから重宝されている』という部分だけが一人歩きしちゃって尾鰭がでっかくなっちゃったー……ってだけなんですけど。
それでも、それこそが『鉄壁侍女』たる私なのでしょう。
それについていちいち考えてしまうのは、実際に私という人間に会った人ががっかりするんじゃないか……という心の弱さからくるものです。
ただ、それを否定はしなくてもいいと、そう私は考えています。
(なんせ、私もただの人間ですしね! 理想化されてがっかりされたからどうってこともないんですよ。きっと)
プリメラさまが王女としてしか見られないように。
アルダールが剣聖候補としてばかり見られるように。
みんなそれぞれ側面があって、どれも人によっては正しく見えるというだけの話。
そこに対して私は割り切れるほど達観していないので、そういうものだという理解だけして理性でなんとかコントロールしていけば良いのでしょう。多分。
だってそういうのってこれからもきっとついて回る話だと思うんですよね!
今は有能侍女ですが、それが次第にアルダールの妻、子爵夫人、いずれは……伯爵夫人? とかさ!!
どれもこれも正直面倒くさいとは思いますが、その肩書きも含めて自分自身で、それを面倒くさいと思っている自分もまた本物ですから。
(なんてことを考えていること自体が面倒くさい女だなあ)
もっとこう、子供の頃は単純に思えていたのでしょうか?
とりあえずはモヤモヤした気持ちはいずれ言語化して、誰かと分かち合いたいものです。
アルダールならわかってくれるのかしら。
それともそんな面倒な話に付き合わせるのは悪いから、ビアンカさまに笑い飛ばしてもらおうかなあ。
「ねえ、ユリア」
「はい、なんでございましょうか。プリメラさま」
そんなことを考えながらいつものように給仕をしていると、プリメラさまが私を呼びました。
しかしプリメラさまはカップの中にある紅茶を見つめたまま、黙ってしまわれたではありませんか。
「……どうか、なさいました? 心配ごとでも?」
「ええ。あのね……わたし、ずっと考えていたの」
「……何をでしょうか」
プリメラさまがゆっくりと顔を上げて、私をジッと見つめてきました。
その表情は真剣そのもの。
私も思わず姿勢を正しました。
一体、何をそんなに真剣にお考えになったのでしょうか。
そのお言葉を聞くためにジッと私が待っていると、プリメラさまは再びカップに視線を戻して小さくため息を一つ。
「練習を、しなくてはと……」
「練習……で、ございますか」
それは一体なんの練習でしょうか?
異国語に関してはすでに四カ国語、ダンスも身長の問題で踊れないもの以外は優秀な成績を修め、お茶会の開き方についても先日学んでおられます。
経営学や帝王学についても貴族の女主人として必要なものは座学で学ばれておられますが……そちらはさすがにプリメラさまに実践していただくことは難しい話です。
(でもそれはプリメラさまもご理解なさっているはずだし……)
そういう雰囲気ではないような。
困りました、まったく思い浮かびません。
なんということでしょう!
主人の気持ちを察して行動するのが良い侍女とか普段から言っておきながらまったくわからないではありませんか!
思わず膝から崩れ落ちそうな気持ちになりましたが、そこはグッと堪えてプリメラさまのお言葉を待ちました。
「ユリア」
「はい」
「……ユリアかあさま、じゃなかった、おねえさま!」
「はい。……はい?」
「ユリアおねえさま。うん、大丈夫」
いえ私が大丈夫じゃありません。
思わず返事しちゃったけど、なんて?
「あのね、わたしったらついユリアのこと、かあさまって呼んでしまうでしょう?」
「は、い。ええと、それは……そう、ですね?」
最近は減っていると思いますが、もしかして自制していらっしゃったのでしょうか?
プリメラさまももう十一才、幼子のようにかあさまかあさまと甘えてくることはプリンセスとしてはしたないと思っておられるのだとばかり思っておりました。
いえ、そっと甘えてきてくださるその仕草とか小さな声で恥じらいながらかあさまって呼ばれるのも大変至福なんですけれども。
「……我慢を、させていたのでしょうか?」
「えっ、ち、違うわよ!?」
愕然とした私の様子にプリメラさまは大慌てで手を振りました。
そんな仕草すら可愛い。
「あのね、プリメラ……わたしね、きっとディーン・デインさまと結婚できるわ」
「はい」
本人たちはその気ですし婚約者候補筆頭と言いつつもディーン・デインさま以外、今のところ候補者はおりません。
それはすなわち、ほぼ婚約内定なわけですが……発表はもう少し後。
いつ何があるか分からない以上、そういう表現しかできないのはなんとも歯がゆいものです。
「その頃には、ユリアはもう結婚しているでしょう?」
「……はい、おそらく」
早く結婚しろってせっつかれておりますし。
その割に家名がまだ決定しないってどういうことだって話なんですけども。
家を買う手続きもしているし、こちらとしてはバタバタしっぱなしですよ。
「かあさまって呼ぶのを止めなきゃってわかってるの。わかってるんだけど、つい……その、口から出ちゃいそうで」
頬を赤らめてそんなことを言うプリメラさま、んんん可愛い。
そうよねそうよね、ずーっと『かあさま』って呼んでくれてたんですもの、いざ言うのを止めようと思っても口からポロリと出ちゃうことってありますよね!
私としては可愛いのでそのままで……なんてチラッと思ってしまいましたが、いやうん、由々しき問題か。
これから社交の場に出てご一緒した際にポロッと『かあさま』なんて呼ばれて私も反射的にそれに応じてしまった場合の周囲の反応を考えるとよろしくない。
うん、これはよろしくありません。
「だからね、わたし決めたのよ! これから、こまめにおねえさまって呼ぶわね!!」
プリメラさまがグッドアイデアと言わんばかりに輝く笑顔を向けられました。
いやでもそれ、私が困るんですよ。
いろいろと。ええ、いろいろと。
だって別の扉開いちゃいそうじゃないですか!
あ、いえ、浮気とかそういう意味ではございませんよ。
でもほらね、プリメラさまは大変可愛らしくて天使で最愛の娘……おっと私も人のことは言えないぞ。
いいでしょ? と言わんばかりのプリメラさまのその笑顔に、私もにっこりと笑みを返しました。
「……二人きりの時でしたら、よろしいかと」
「やったあ! 嬉しい、ありがとうかあさま! ……あっ」
「もう、プリメラさまったら!」
早速言い間違えて照れちゃうプリメラさまがぎゃんかわ過ぎてもう欲望には勝てませんでした。
反省はしましたが、後悔はしておりません!!




