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「――ってことがあってね。先のことを考えなくちゃ……って思ったの」
「なるほどなあ」
統括侍女さまからのお話を受けて、いずれはスカーレットが専属侍女としてバウム家へ嫁ぐプリメラさまの侍女になるのだと気合いも新たに、そして寂しく思ったりなんかもしたわけで……。
その辺についてはさすがに口に出すことはできませんが、私がプリメラさまの嫁いだ後、統括侍女さまの補佐にならないか……という話だけアルダールにしたのです。
「ところでアルダール?」
「うん、なんだい」
「距離感がおかしい」
そう、おかしい。
私の話を嫌がらずに聞いてくれるのはとても嬉しいしありがたいですけど。
久しぶりに二人きりの時間ができたので、食事をした後に私の部屋でお茶を飲みながら話していたんですけど。
「私を抱きかかえる必要はないと思うんだけど?」
視線はあらぬ方向に向けたまま、私は文句を口にしました。
ええ、ええ、だってほら、婚約関係にもなったし? まあまあラブラブだって自覚は持っておりますけどね?
それでも恥ずかしいって思う気持ちは変わらないのでね?
「しょうがないじゃないか」
「何もしょうがなくないですね!?」
だって私のベッドの上にアルダールが座って私を背後から抱きしめるようにして密着するとか何事かって話なんですよ。
椅子がないわけじゃないのに婚約者が椅子なのー☆ とかそういう特殊性癖は私にはないんですよ、ないんですよ!!
「婚約した方がユリアとの時間が少ないんだから、仕方ないんだ」
「遠慮がなくなる方向性がおかしい!」
「……だめ?」
「うっ……」
そりゃ婚約が正式に成立した今の方が恋人関係だった頃よりも確かに一緒に過ごせていないんですよ。
それはもう国王陛下のせいなんですけど!
新しく貴族家を興すにあたって当主になるアルダールはいろいろと学ばなければならないとか、書類関係に追われたりですとか……それに加えて通常業務、それとこれはハンスさんがコッソリ教えてくれたところによると、アルダールに功績を積ませようと仕事が割り振られているとか……まあ、そういう諸々に追われているからなんですよね。
ちなみにナシャンダ侯爵さまから購入予定の家についても、アルダール名義で現在話を進めております。
正式な書類としては家名が決定してから整えるけど、お金の関係だったり土地に関しての書類で進められるところだけは着実に進めておりますよ!
そちらは私も手伝えますけど、騎士の業務関連はなあ……どうしようもないですから。
でもですよ。
確かにちょーっとだけ寂しいとか思ったりもしましたよ。
休憩時間にほんのちょっと会話したりお茶飲んでそれじゃあお互い仕事に戻りましょうねって感じの日々が続いておりますし?
この間出かけたのだって家を買う買わないで下見にいったわけで、あれはデートとはまた違うっていうか……。
「そ、そういう聞き方はずるいでしょ……?」
「ユリアはなんだかんだ私に甘いからなあ。……で、だめ?」
「うう……」
どうしましょう、もともと甘ったるいアルダールの声がいつもより甘ーーーーーーぁい!!
耳が溶ける……溶けてしまう!
ちらっと見た感じなんか私を見る眼差しもこうデロッデロに甘くって、あれこれよくない兆候ー!!
最近は関係性も落ち着いて甘さも安定したと思っていたのにどうしたの、やっぱり忙しさ? 忙しさのせいで振り切れちゃった!?
「こうやって抱きしめて、キスくらいまでで留めるから。……いいだろう?」
「う、ううう……」
もはやダメかどうかじゃなくていいよねっていう圧ですよ、圧。
蜂蜜漬けにされている気分です。
レモンよ、お前はこんな気持ちでいつも漬かっているのでしょうか……。
「しかし仕事か……ユリアが侍女という職に誇りを持っていることは知っているし、私はどちらでも構わないよ。ただまあ、当面は新しい家ということで何かと注目を集めてお誘いなんかも増えるだろうから、その辺は注意してもらいたいかなあ」
「あー……」
お腹に回された手が気になって仕方ないんですけど、言われた内容に思わず私も遠い目をしてしまいました。
そう、新しい貴族家というだけでも注目の的なのは違いありませんが、アルダールと私の組み合わせはおそらく……あと数年は貴族たちの間で話題になるんじゃないでしょうか?
色々と粛正めいたことも行われた後で華やかな話題をもってくるって辺りが上の人たちの計算尽くなんでしょうが、その立場にもってこられた私たちとしてはたまったものじゃないっていうかね。
これまでは侍女の仕事が忙しいからって理由で断ってましたが、子爵夫人という立場になったらそれもあまり使ってばかりはいられません。
なんせ、それを続けていたら今度は『あそこの家の女主人は自分の仕事にかまけて家の仕事を放棄している、上司は何をしているのやら』ってプリメラさまにご迷惑が……!!
さすがに表立って文句を言ってくる人はそういないでしょうが、陰口を叩く理由を与える必要もないですよね。
(クッ……じゃあプリメラさまが降嫁した後ならってなると……)
……プリメラさまが、いないわけですものね。
あれ? 張り合いなくない?
でも私から仕事を取り上げられちゃったら、貴族の女主人として奥向きを守るだけの日々に耐えられるでしょうか?
子爵夫人といってもまだ新しいからそんなに人も雇えないので、家の掃除とかやることはたくさんあると思いますけど。
「それに、子供は授かりものっていうし」
「ああ、それもそうね……」
アルダールとはなんとなくで新居の部屋を見て『子供ができたら日当たりのいいこの部屋かな』なんて話もしていたので、私はごくごく自然に頷きました。
そうですよ子供は授かりものですからねえ。
授かったら嬉しいですが、人によっては悪阻の重さも違うといいますし……そうなったら働き続けて逆に迷惑をかけるかもしれないし、王城で働く分には育児休暇もいただけますが、統括侍女さまの補佐官ともなると引き継ぎ云々も出てきてしまうでしょうし……。
「悩ましいわねえ。……って、アルダール? どうしたの?」
ぐぐっと強まったお腹の前の手に思わず私がそう尋ねると、アルダールは私の肩に顔を埋めるようにして大きなため息を吐き出しました。
あの、ちょっと苦しいしくすぐったいし恥ずかしさがぶり返すので止めていただきたいんですが……。
それが言いづらい雰囲気です。
「……ユリア、わかってる?」
「え?」
「いや、いい。ユリアはいつも通りだね、うん」
「え?」
なんだか釈然としませんが、私悪くないと思うんですけどね?
勝手に一人で納得しているアルダールが少しだけ顔を上げて、私に視線を向けていました。
ぎゅうぎゅう抱きしめられているせいで動きづらいですが、その眼差しが呆れと、甘さと……なんとなく、熱っぽいような気がするのは気のせいでしょうか。
「あのね」
「え、ええ」
「前も思ったんだけど、子供のこと」
「そうねえ、産むのも育てるのも大変だとは聞くけれど、私は二人は最低でもほしいかしら」
「えっ」
「えっ」
何人ほしいとかそういう意味じゃないのか。
驚くアルダールに私まで驚いてしまいましたよ!
でもほら、兄弟はいていいと思うんですよね。
男の子二人でも良いし、男女の組み合わせでも良いし、姉妹も華やかで良いと思うんです。
喧嘩もするでしょうし、おそらく大変だろうなあとは思いますが……。
「アルダールも私も、弟がいるでしょう? 心配もあるし、周りからとやかく言われることもあったし、複雑な気持ちになったこともあるけど……」
継母との間の嫡子。
私たちにとって、弟たちはそういう子。
私たちと違って、最初から跡取りとして大切にされる子。
だけど、こうして育ってみたら、私たちは私たちでそれなりに大切に育てられてきたのだなと思いますし、弟たちは慕ってくれているし、いてくれて良かったなあと思うのです。
きっとそれは、アルダールも一緒だと思うので……だから私たちの子供も、兄弟がいたらいいんじゃないかと思ったんですけどね?
「あー……うん。じゃあ、お互い頑張らないと、ね?」
「え? ええ、そうね?」
「わかってないなあ……まあ、ユリアらしいよ」
「ええ?」
また大袈裟なまでのため息と、今度は笑ったアルダールに苦しいほど抱きしめられて私は首を傾げるしかできません。
あっ、ところでお腹触って笑ってるんじゃないですよね?
決してぷにぷにはしてないはずですけどね! 筋肉がないだけですからね!!
コミックス6巻が12/12発売予定です。
こちらもよろしくおねがいしまーす!!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




