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「王妃さまも貴女の婚約を祝福してくださっておいでです」
「そ、それは、光栄なことです……」
まあ国王陛下が認めた婚約ですし、王妃さまが苦情を言うものでもないのでしょう。
だからって祝われるのも不思議な気持ちですが……ほぼ接点ないですから。
「王妃さまはいずれ降嫁なさる王女殿下が連れていくのは専属侍女である貴女だと決めておられましたが、婚約に伴い周囲との関係も鑑みてスカーレット・フォン・ピジョットを共に行かせる方向で考えておられます」
「……スカーレットを」
「ピジョット家は先々代の頃にバウム家に近い縁戚から妻を迎えています。関係性は十分でしょう」
おおう、ピジョット家の縁がこんなところにも……。
ってまあ貴族の大半は遡ると繋がりがどこかしらにあるって言われていますし、その中でもピジョット家は兄弟姉妹が多くその縁を辿ろうと思ったらとても大変ってのは有名な話ですのであってもおかしくなかった話です。
(……やはりそういうことになりましたか)
たとえば、私とアルダールとの結婚を早めるのは、バウム家に嫁いだプリメラさまの侍女にするためなのかな……とも考えていたんです。
新しく興した貴族家の夫人ということで忙しい身ではありますが、王城勤めの侍女という立場と専属侍女という身分は変わらないのですから、プリメラさまのお嫁入りに際して付き従うには十分でしょう。
ただ、国王陛下の望みは別の物であるという点が問題なだけで。
「それに伴ってのことですが、貴女は今後どうしたいですか?」
「……それは、王城に残るかどうするか、ということですね」
「そうです。……王女殿下が宮を去られた後も、王女宮はかつてのように誰かが管理を続けるでしょう。貴女は有能な侍女です。残ってくれるならば、わたくしは管理者を別の人間に任せ、貴女をわたくしの補佐官として据えるつもりでいます」
「……補佐官」
これまた新しい道が出てきて、私は戸惑いました。
そうか、残って侍女を続けるかどうかだけじゃだめなんだと冷静な部分が理解を示すのに対して、プリメラさまがいない王城に残る必要はあるのか? という疑問。
だけれど、私は『侍女』というこの職業を天職だと考えてもいて……しかし子爵夫人から始まりいずれは伯爵夫人になるようにと陛下が考えているのであれば、貴族の奥方として学び、家を回すことを覚えなければならないんじゃないのかとか……とにかく、一気に頭の中にあれこれと浮かんで、すぐに消えました。
(アルダールが騎士を続けるためにも、私が支えになれるようになった方がいいのは事実)
それは何も、家のことだけではなくて……王城で侍女を続けるならば、人脈やその他で彼の助けになれることもあるかもしれません。
あくまでかもですけど。
しかし補佐官。補佐官ですか!
統括侍女さまは私のことを随分と買ってくれているのだと、目を瞬かせるばかりです。
「……幼い頃からこの城で、多くのことを学んだ貴女は筆頭侍女になりました。もちろんそれは、王女殿下に望まれていた存在だからというところが大きかった。だけれど貴女はただ甘んじるだけでなく、学び続け、その地位に恥じぬ人間であろうと常に心がけていたことをわたくしは知っています」
「統括侍女さま……」
「……ここだけの話ですが、わたくしが思うに陛下は貴女に早々に城を辞して王女殿下の友人として定期的に通わせることをお望みなのではないかしら」
その言葉に、そうだろうなと私も思いました。
陛下が望むのは、プリメラさまが嫁いだ後も安心して暮らせるだけの盤石さ。
バウム家という古くから仕える有能な家柄は、まずプリメラさまを守るでしょう。
けれど女主人となることを見据えれば、それは今のように陛下が閉じ込めるようにして守ることはできないのです。
閉じ込めるは言いすぎかもしれませんけど!
「……いつかは、選ぶ日が来ます。まだ猶予もあることです。ゆっくりと、正しいと思う選択をなさい」
「はい」
統括侍女さまのお言葉は、労りを含んでいました。
これまではずっと、ただずっとプリメラさまと共にいるのだと思っていて、そこには私自身の幸せなど含まれていなかったです。
プリメラさまが幸せなら、私も幸せだと思っていたから。
でもそれはアルダールと出会って、恋をして、私が目を逸らしていただけなんだと思い知って……私には、私が諦めていただけの未来が、たくさんあったんだなあと今更ながらに気がつきました。
いいえ、気づいていたけれど、見ない振りをしていたのかもしれません。
私は貴族令嬢としてこの世界のことを受け入れているようで、やっぱりどこかしらミュリエッタさんと同じように受け入れられていない部分があったのでしょう。
身分差ですとか、側室制度でしたりとか。
その上、金の髪を持っていないから地味だと言われることとか!
……いや、それは私自身の問題ですけど。
性格がこんなだから余計に地味だっただけで、綺麗に着飾ったり社交的な振る舞いができていればまた結果は異なったでしょうからね。
(そう思えるようになったのも、つい最近なんだなあ)
人間の思い込みって怖い。
いやこの場合は私の自信のなさがそうさせたのか?
統括侍女さまの執務室から自分の部屋に戻り、今日の仕事を全て終えてから私はため息を零しました。
恋愛は告白したらゴールじゃないし、結婚もゴールではありません。
人生にゴールなんてものはないのです。
だから変化していく人生の中で、自分にとって……それと、共に歩く人にとっても最良の道を選んでいくのだとして、私は侍女を続けるか夫人となるべきなのか。
(うーん?)
考えてみてもすぐに答えは出ませんでした。
というのもどちらを選んでも、プリメラさまと一緒にいるということそのものは変わりないように思えたからです。
だって義理の姉妹だもの!
今よりももっと、うーん、一緒に過ごす時間は減りますが……それでも心の距離ってものがね! 身分的にもグッと近くなるじゃありませんか!!
(でも侍女になるってのもありだったなあ)
陛下はきっと社交界でも傍にいる人間として私を選んだのでしょうけれども……義理の姉妹ともなれば、同じ会場で共に過ごしていても変じゃないですからね。
侍女たちとはまた違う形で、プリメラさまを支える立場になれってことなのでしょう。
きっと、今回のこの悩みに関してはどの道を選んでも、きっと後悔はしないと思います。
私が強く望めば、スカーレットではなく私が侍女としてプリメラさまについていくことだってきっと叶うと思うのです。
あくまで現段階では陛下にとって望ましいってだけの話で、そうしろとは言われていませんからね。
いつかは伯爵に……なんて話が出ているのだとしても、それがいつかなんてわかりません。
アルダールに大きな負担が増えそうで怖いな?
陛下のすることですからね!
(でもプリメラさまが降嫁なさるまで、まだ三年以上の猶予がある)
その間に、私はスカーレットとメイナにできる限り仕事を教え込み、引き継げるほどの侍女に育て上げるのです。
まずは、きっとそこからなのだろうと私はグッと拳を握るのでした。




