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その後、アルダールに相談した結果、さすがにお休みを合わせるのは難しかったのでお互い半休を取ってナシャンダ侯爵さまに言われたおうちを見に行きました。
さすがに家を買うとなると大きな買い物ですので、アルダールも私も緊張です。
でも実際におうちを見たら素敵なものでしたよ!!
確かに大通りからは少し外れていますが、その分お庭の面積がありました。
馬車などがあれば特に気にならない距離です。
そして大貴族には狭いし、下級貴族としては割と広めという微妙な……大変微妙なライン!
まさしく今の私たちにぴったりの物件です!
そう、私たちは子爵位スタートにはなりますが王家から公認された夫婦、その上役職持ちなので小さすぎてもいけない、かといって大きすぎてもいけないという微妙なラインなのです。
そんな私たちにぴったりでしたね!!
あと、管理人夫妻はとても良い人たちで、そのまま働いていただくことになりました。
雇用条件他については後ほど詳しく、ナシャンダ侯爵さまと話を進めていきたいと思います。
(家のことと、使用人のことはクリアしたとして……)
とりあえず料理人や執事を複数……なんて、そこまで大々的には考えておりませんし、二人で生活する分にはおそらく十分足りるでしょう。
生活してみて不便があれば人を雇えば良いのです。
すぐに応募があるとは限りませんけど!!
ちなみに新居を買い取るにも色々手続きと内装リフォーム、今ある家具の処分など諸々含めるとまだ当分先です。
といっても、私たちが結婚式を挙げるまでには準備を整えますけどね!?
アルダールもナシャンダ侯爵さまのご厚意にはとても喜んでいました。
「ところでユリアさん」
「なんですかセバスチャンさん」
「婚約と結婚の祝い、どのようなものがほしいですかな?」
「それ本人に聞きます?」
セバスチャンさんったら相変わらずセバスチャンさん!
私の言葉に笑って、それでもすぐに真面目な顔をして『生活用品や小物、食品あたりを考えている』と言っていたのでセバスチャンさん厳選の紅茶セットがいいとお願いしておきました。
無難どころか最高ですよ。
まずハズレがありませんからね!!
「そうそう、結婚に関して統括侍女さまがお話もあるそうで、明日の昼過ぎに執務室に来るようにと伝言が先ほど参りましたぞ」
「あら」
まだ婚約式もしていないのに……と少しだけ思いましたが、私たちの結婚は『早くしろ』とせっつかれている状態なので、ある程度のことは事前に話して詰めておきたいのかもしれません。
結婚すると手当とかその辺の話もありますし……私の場合は役職もあるのでその辺りも含め、上司は統括侍女さまですからね。
当然のことでしょう。
「明日はプリメラさまも昼からの予定は今のところ入っておりませんしな。王女宮のことは私に任せて統括侍女さまとお話ししていらっしゃい」
「ありがとうございます。……そろそろ増員のお話ですかねえ」
「そうだとよろしいですが、陛下があまり望まれておりませんからなあ」
「やっぱり……」
信頼できる侍女だけを揃えてあげたい、そのお気持ちは尊いと思うんですよ。
ええ、ええ、親心ってやつですよね。わかっています。
だけど、だけどですよ!
公務が始まって今はまだいいですけど遠方に出ることになったら王女宮の中からっぽで出なきゃいけないくらい人数がいないってことを理解してくださってますかね!!
王女宮の侍女と呼べるのは私、メイナ、スカーレット。
執事はセバスチャンさん。
料理人に関しては宮での采配に任せられているので、メッタボンがいますが……。
言うなれば、これだけです。
(遠方に行くことになったら、普通に考えたら人数的に全員連れて行くことになるってのに)
記録書によると、かつて存在した王女の一人は遠方の公務に行くにあたり四十人の侍女と執事を引き連れてそれは豪奢なパレードのようであった……なんてそこまでのことを望んではおりませんけれども。
要するに、うちは少ない。少なすぎる。
ちなみにお掃除に関してはメイドが別途いますが、そちらは部署が異なります。
私たち侍女は基本的に身の周りのお世話、メイドたちはお掃除や王城内の下位部署での給仕などですね!
こういうところ、細分化されているので複雑なんですよ……まあ仕方ありません。
「陛下ってプリメラさまに遠方の公務をさせないおつもりなのでしょうか」
「その可能性はありますなあ」
「……うわあ」
いっくら私が有能だなどと持て囃されていたってですね、できることには限りあるって言うか……特に問題を起こさない、縁の下の力持ちに徹することができる。
世間から見て地味オブ地味な仕事をこなせるからこそ、上の人たちの評価が良いのであって……。
ただね、プリメラさまは多分だけど公務を色々こなしたいんですよ。
(……もしかしてその件も含めてお話があるのかなあ)
最近公務に関してとかそういう話題がまったく回ってこなかったことが気になっていたんですよね。
この間、勲章の件があったからそれでだとばかり思っていましたが……私の婚約に関してあの場でというのが大分前から決まっていたことだとしたら、それを理由に公務から遠ざけたい……もしくは近隣のもので終わらせたいという思惑もあったのでは?
(王女宮筆頭が結婚関連で忙しいこと、人員が少ないこと、それを理由に遠方へは行かせられないと言えば確かにその通りだものね)
以前から私は増員のお願いを出し続けていたのに、なんやかんやスルーされていますからね……スカーレットが来てくれたのは本当に今となってはありがたかったですが、あれはきっと異例中の異例だったような気もします。
(うん? あれもよくよく考えたらもしかして教育に失敗したら失敗したで〝面倒な子がいるから〟って理由で遠方公務はさせられないとかそんなこじつけを……いやまさかね)
一度疑い始めると、人間ドツボにはまっちゃいますよね……。
というか、そうやって考えると一体どこからが陛下の手の平だったのでしょうか?
私やアルダールの恋愛感情はおそらく後々になって組み込まれたことで、ただ都合が良かっただけなのだと思いますが……。
(使える駒にはそれなりの利があるってことですかね)
少なくとも現状、私にとって悪いことは一つもありません。
大切な方に仕えることができて、好いた人に出会えて、周囲から祝福されて婚約して結婚もする。
(何が有能なものですか)
まったく、本当に頭の良い人ってのは恐ろしいものですよ。
私は平凡な自分でよかったとやっぱり思います。
そしてそう思える小市民な自分で十分です。
(転生したってことは特殊事項ですが、結局私はどこまでいっても〝ヒロイン〟向きではないんでしょうねえ)
ふとそんなことを考えて、あれっと思いました。
ヒロインに向き不向き、それって誰が決めるのかなって。
でもそんなことを考えていたって始まりません。
私は私がモブで、やるべきことがあるということだけを今は認識して着実にこなすことこそ大切なのです。
「セバスチャンさん、ところで先日相談したサロンのリネンなのですけれど。これなんてどうでしょう」
「ほう、どれですかな」
私はカタログを広げながら、脳裏に一瞬だけ浮かんだミュリエッタさんのことを頭から追いやりました。
きっと彼女も……私と同じで〝ヒロイン〟には不向きだったんだろうなって、そんなことを思ったなんて。
今更、どうしようもないことでした。




