480
さて……今のところ家が見つかりませんどうしましょう。
条件が! 厳しすぎるのだ!!
一般市民が暮らすあたりだったらお家賃も安かったしファミリー向けの建物も結構あったと思うからそれで良かったのに、貴族街の建物でそれなりの物件で厩舎があって馬車が置ける物件になったらお家賃そりゃ跳ね上がって当然だっての。
いや、一応叙爵は正式に決定していることなので、貴族が年間で国からいただけるお金もあるからそれを一時金として家賃にあてようということにはなってるんだけどさ……。
子爵位とはいえ、爵位ですからまあそこそこ……。
でも王都は何かと物価が高いんですよ……。
これまでがね、便利すぎたんですよ。
単身者用の寮が王城内にあるから、そこから通えば済むんですもの!!
そこでの費用も給料から天引きでしたし、王城内なのでそれなりに高額とはいえ設備管理は万全、警備も万全、食堂も一流と来たら……そこから外に出なくちゃならないこちらとしては、外はなんて厳しい世界だろうと思わざるを得ないのです!!
ビアンカさまやアリッサさまが気を遣ってくださって、各家でお持ちの館を格安でお貸しくださるとまで仰ってくださったのですが……さすがにそれはできませんので。
派閥問題ですとか、家族問題ですとか。
まあ、とにかくいろいろあるんです!
「……とまあ、そういうわけなんです」
「なるほどねえ、苦労しているんだなあ」
「申し訳ございません。王城にはお仕事でいらしているのに、このような愚痴を……」
「いやいや、私から話しかけたのだから気にしないで」
優しく微笑んでくださるナシャンダ侯爵さまに、私は曖昧に笑って返しました。
そう、ナシャンダ侯爵さまが珍しく登城なさいまして!
何でも領地の税金のお話がどうたらっていうことらしく、領主が来い! って宰相閣下に叱られてしまったんだそうです。
「それなら、ナシャンダ侯爵家で所有していた家を買ってみないかい?」
「えっ?」
「うちも侯爵家の端くれ、いくつか王都に館は所有しているのだけれどねえ。数代前の当主が子供のために買った館があるんだよ。きみが望むような条件はそこそこ揃っているはずだ」
「数代前の当主さまが?」
「うん。管理だけして使っていないから、状態によっては内装は張り替えかもしれないけれど」
ナシャンダ侯爵さまによると、そこは嫁ぎ先で不幸があり、離縁せざるを得なかったご息女を住まわせるために数代前の当主が買い取ったのだとか。
嫁いだ直後に夫が不慮の事故で亡くなったために離縁となったけれど、そのまま嫁ぎ先に残るには子もいなかったし夫の弟は既に既婚で……という厄介なパターンだったそうだ。
こういうことは正直どうしようもないっていうか、当主夫人とはいえ跡取りの子がいない場合はその家で生涯の面倒を見てもらうか、離縁して実家に帰るのだ。
とはいえ、貴族社会で離縁はあまりよく見られない。
そのため娘のために一時的に隠れて暮らせる場所を用意したということだったらしい。
「馬車置き場も、厩舎もあるよ。あまり広くはないが、きみたち夫婦で暮らす分には十分じゃないかなあ。うちとしては所有するだけで使い道もないし、売るのも手間だからそのままにしていただけだし買い取ってもらえるならありがたい話なんだ」
おお、なんということでしょう!
思いもしないところから話が出ました。
買うということになると、少々話も大きいですが……。
「ありがとうございます、今度拝見してもよろしいですか!」
「ああ。それと、管理を任せている人間をそのままそちらで雇ってくれてもいいよ。彼らは元々ナシャンダ侯爵家の人間だが、王都の水があっているらしくてねえ。孫が近くに住んでいるからっていうのも大きいんだろうけどね」
管理をしているのは元々ナシャンダ侯爵家の庭師夫妻だそうで、その邸宅の庭も面倒を見てくれているそうです。
元々侯爵令嬢が住むくらいの家なので、当然のことながら使用人部屋もあるらしくそこで暮らしながら管理をしているのだとか。
なんということでしょう!(二回目)
これは優良物件の予感がします!!
(わざわざ私たちのために用意したとか、譲るために準備していたって感じじゃないですしね)
一応そのあたりもきちんと調べたいと思います。
信用していないとかそういう話ではなく、善意でそういうことをやっちゃいかねないのが高位貴族なので……それだといろいろと不都合が、ね。
とにかく、これは一応アルダールに相談しないと。
「さすがに馬は飼っていないからねえ、そこはロベルトに相談してみてはどうだろう。彼なら良心的な売り手だけじゃなく、厩務員についても教えてくれるかもしれない」
「そうですね……!」
もしこれが実現すれば、ぐっとあれこれが現実味を帯びてきますね……。
前世でも家を借りることはあっても、家を買う経験はありませんでしたから。
そうかあ、買うって手もあったんだなあ……なんて今更ながら思いました。
「ありがとうございます、ナシャンダ侯爵さま!」
「いやいや、お役に立てたなら何よりだ。うちとしても、あの家を買ってくれるならありがたいしね。使われない家ではやはりもったいないだろうから」
ちなみにですが、その出戻ることになってしまった侯爵令嬢はそののち旅行先の遠国で出会いがあり、そちらに移住なさったそうです。
ナシャンダ侯爵さまはお会いしたことのない方だそうで、まあ不幸ないわれのある建物でないということだけでも私としてはありがたい話です!!
「プリメラさまにもご挨拶できたし、きみの相談を聞くこともできた。たまには王城に来てみるものだね」
「まあ! そんなことを仰っていると、宰相閣下からこまめに王城に来るよう言われてしまいますよ?」
「それは困るなあ、薔薇の世話があるからねえ」
くすくす笑い合うこの穏やかな時間、なんだか充実した日々です。
そりゃまあ少しだけミュリエッタさんのことは気にしておりますけど、特に何もないもので。
(……私やアルダールに面会を申し込むにしても、どっかで連絡を止められているのかもしれないなあ)
関わらなくて良いと周囲があれほど私たちに言ってくるということは、同時にあちらも私たちに関わらせないという意味でもあると思うのです。
接触を図ろうにも私たちにそういう素振りを見せたら知らせなくていいとかそういう通達がいっているような気がしないでもありません。
この間のように偶発的な出会いでもなければ、確かにそれが確実なのでしょう。
私たちは王城勤め、彼女は学園と王都内を行き来なのですからね。
「どうかしたのかい?」
「いいえ、何もございません。そういえば先日いただいた薔薇の化粧水なのですが……」
気にしすぎても仕方ない。
私はそう割り切ることにして、ナシャンダ侯爵さまとのお時間を過ごすのでした。




