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あの後、私は予定通り新居候補の一つを見て過ごしました。
気にしてはいけない、そう思いながら。
そうです、気にしなくて良い……その通りなんですけど、なんだか不安で胸がドキドキしてしまって。
(随分、痩せてた)
以前から細い子だとは思っていました。
ただ、出るとこは出ていて、溌剌と生命力に満ちあふれた姿だったからその細さもただ『華奢だなあ』って羨む気持ちになるくらいで……。
それがやつれてしまっている、そんな状況に動揺してしまったのです。
もちろん、だからといって私に何ができるのかとか、あえて関わってどうするんだとか、理性はそう訴えてきています。
理解してますよ、ちゃんと。ええ。
これまでは私が甘いせいで……迷惑だと思っても突き放しきれませんでした。
それ以外にもまあ前世の記憶のせいもあるんだけど、そこは周囲には言えませんからね!
とにかく、彼女のことを見捨てられなかったというか、最初のうちは〝ゲームの強制力〟なんてものがあるんじゃないかとドキドキしていたからこそ注目していたっていうか……。
でもその強制力はない、ここはゲームじゃない、現実だと認識できてから、しなければいけないことは見えていたはずです。
(私がすべきことは、きちんと自分の立ち位置を理解して、それに相応しい振る舞いをするよう心がけること)
痩せてしまったミュリエッタさんのことを、案ずる気持ちはあります。
話したいことがあると言われれば、一体何がと思う気持ちもあります。
だけど、それだけでもあります。
「ユリア?」
「あ、ううん。素敵な家だったわね!」
「そうだね。……家具とかはまあ、備え付けのものをそのまま利用するとしようかな」
「そうねえ、その方が初期費用も抑えられると思うし」
「新居なんだからいろいろと新調するつもりだったのになあ」
「仕方ないわ、別方面で物入りだもの」
今回見た家は二階建てで、中々おしゃれな物件でしたよ!
元々は男爵の持ち家だったそうなのですが、なんだか複雑な事情から爵位を返上して商人に転身・国外へと旅立ったんだとか……。
ご家族はおられないので家具も残したまま売却、状態も良いことから国が買い上げたんですって。
内装も別に変わったところはなかったし、落ち着いた雰囲気で……でもどう考えてもファミリー向け物件って感じでしたけどね!?
……あまり深く考えてはいけない。なんでかそう思いました!!
「まあ、まだ第一候補だからね」
「そうね。馬車の行き来が少ししづらいかしら。貴族用の乗合馬車までも歩くし……馬車を準備しないといけないけど、そこまで大きくは取れないし」
「それは言えてる」
そう、暮らすには十分だったんですけどね。
広さも調度品も、家具もあるんですもの。
おそらく男爵はあそこに貸し馬車屋さんから人を呼ぶか、貴族用の乗合馬車のところまで歩いて行っていたんでしょう。
もしもあそこを借りたら私たちもそうしなくてはいけません。
それ自体はいいですが、私たちの勤務体制的に昼夜問わずのところがありますので……。
(ご近所の関係とか考えるとなあ)
そうなると自前で馬車を持つか厩舎のある家が望ましくって、当たり前だけどそれだとお値段が爆上がりしていくわけで……。
「世知辛い……ッ」
「……もう少し探してみるしかないかな」
城下で探す! ってのはもうマスト条件ですからね。
私たち自身の都合っていうよりは、上の人たちのご意向です。
かといってそれで庭付き厩舎ありの家を用意なんかされちゃったら他の貴族たちの面目ってモンがですね……はあーあ、ままならない!
お給料が上がらないかな! こちとら管理職だぞう!!
……いえ、結構いただいているんでした。
あまりそんなこと思っちゃいけませんね。でもボーナスは増やしてほしい。
複雑なもんなんですよ、勤め人って……。
「ところで、ユリアは……その、大丈夫かい」
「え?」
「ウィナー嬢と偶然とはいえ、会って……随分と驚いていたようだったから」
「あ、あー……それは」
いやあれは本当に驚いてしまったものだから。
正直なところ、関わるなって上から言われたらもう接点なんてないんだろうなあってどこか朧気に思っていたんですよね。
でも普通に考えれば当然ながら町を歩いていて見かける、王城で噂を聞くなんてことはあり得る状況です。
失念していた私が悪いってだけの話で……いや、そもそもいちいち彼女のことで動揺するのもどうなのよ? って話なんですが。
「……なんだか、すごく痩せていたので。それで驚いただけです」
「話をしたいとか言っていた」
「そうですね。……でも、面会を求められても、応じるかどうかはこちらにも選ぶ権利がありますから」
「そうだね」
アルダールは私の反応にどこかホッとした様子を見せていました。
絆されると思ったんでしょうか。
いえ、少し絆されかけたというか、心配している気持ちがある以上突き放せないかもしれないなという自分の甘さは理解しています。
でも面会室を経由してでしたら直接顔を見るわけでなし、お断りすることは当然ながら私に与えられた権利でもありますから!
(……今更面会を断ったところで騒ぎ立てたりもしないでしょう)
応じてもらえなかったと周りに訴えたところで、私とアルダールは今、陛下に言われて結婚を急いでいるって知られていますからね。
なんせ、爵位を与えられたってのは話題になりましたから……。
仕事もしている合間に貴族としてのあれこれをしつつ家も探して……忙しいことは誰の目にもわかるでしょうし、想像だってできるはず。
だから彼女が何を騒ごうと、むしろ私に同情が集まるのではないでしょうか?
(でも、話したいことって言ったら……結婚のことでしょうね)
上辺だけでもお祝いの言葉を述べたってことは、彼女自身現状を受け入れ始めているということなのでしょうか?
確かめてみたい気持ちはありますが、それでも彼女がアルダールに縋るような眼差しを向けていたことを考えると……やはり会わない方がお互いのためだと思うのです。
「そういえば、ミュリエッタさんは今学園生活を寮で過ごしているんでしたっけ……」
「ああ、そうだよ。学園にいる間は寮生活で研究やらなにやら駆り出されるって話だけど、私も詳しくは知らない。ただ、治癒師として登録もしているからああやって必要に応じて出勤もしているようだね」
「忙しいんですね」
「学園を卒業したら、彼女も結婚するはずだ。そうしたら生活も落ち着くんじゃないかな」
「……そうなんですね」
リジル商会の跡取り息子と結婚、か。
傍目に見たら、良い縁談ですが……。
(好きな人がいるのに、別の人に嫁がされるなんて辛いだろうな)
以前の、アルダールとこういう関係になる前の私だったら『それも仕方ない』って貴族令嬢らしく考えることができたんでしょう。
今だって……その、そうなってしまうのは仕方ないと理解はしているのです。
私は、幸運だっただけ。
幸いにも好いた人と結ばれるのに、なんら問題がない身分だったし……周囲も応援してくれたから。
「どうしたの?」
「えっ……あ、えーと。私は、運が良かったな、と……」
「え?」
「子爵令嬢だったから王宮に行儀見習いで入れましたし、侍女になって王族の近くで働けました。だからこそ、プリメラさまのお傍にいられるでしょう? それがなかったら……」
会えなかったかもしれないんだよなあ、って思うと。
なんだか、とても不思議なものだと思うんですよ。この〝出会い〟ってやつは。
だから、今は辛くても……ミュリエッタさんにとって、彼女の婚約が悪いものではないように願うばかりです。
だって、ここはゲームの世界ではありません。
努力したってどうにもならないことは多々ありますが、それでも努力がそれなりに実を結ぶ現実なのですから。
「私はアルダールの恋人になれて、幸せです」
「……違うだろうユリア、もう婚約者だよ」
「そうでした!」
小さなその偶然を、出会いを、大切にできたらきっと……そこにある幸せを手にできるのだと私は理解できました。
だから彼女にもその機会が訪れたらいいのにな、なんて思ったのです。
たとえそれが、エゴだとしても。




