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さて今日は色々と忙しい休日です。
ええ、休日だけど忙しいのです。
なぜならば、ドレスとアクセサリーの注文、それから物件の内覧があるからですよ……!!
裕福な貴族家、あるいは高位貴族家ともなれば布地から織らせる……なんてこともありますが、私はそんなことにはこだわりませんよっ!
とりあえず未来の子爵夫人とはいえ、財布の紐で締められる部分はしっかり締めていきたいと思っていますからね!!
倹約は大事です。
だって今のうちからドレスだのアクセサリーだのにお金を使いまくると、結婚してからもお披露目だのなんだのと諸経費が出ていくのですから苦労するのが目に見えているじゃありませんか……。
もちろん、アルダールも私もそこそこのお給料をいただいている身ですからね。
一般的なものよりは少し上質なものを買い揃えるくらいの甲斐性は持っておりますとも。
要は使いどころを間違えちゃいけない。そういうことです。
「ドレスもアクセサリーも、今回は甘えますけど……次は自分でも出しますからね!」
「うん、わかった」
とはいえ今回はアルダールから私へのプレゼントってことでありがたく受け取ることにいたしました。
まあ貴族の婚約だと、お互い贈り物をしあうのは一般的です。
特に服飾品ですとお互いの色を取り入れたものを身につけることで、深い仲であると示すとも言われております。
ですから、今回は私がアルダールの選んだドレスで、アルダールの色に……って思うと超絶恥ずかしいな!?
それで人前に出なきゃいけないんだよな!?
(いや前回の懇親会もビアンカさまが気を遣ってくださってそれっぽい色味で統一されていたんだから今更っちゃ今更だけど!!)
それにしても良い物件がいくつか見つかったようで良かったです。
まあ、王城の管理下にあるやつなんですけど……そういうのって曰く付きのものも時折交じっているので、その辺りも気をつけてみたいところですね。
具体的には恨みを買って嫌がらせに遭って出て行ったとか。
後ろめたいお金なんかを使っていたため大捕物が発生したとか。
奥様に内密で愛人を囲うためのものだったとか。
家賃が払えなくて夜逃げしたとか。
……私が知っている範囲だとこんなもんでしょうかね?
空き家の全てがそんなではありませんよ、当然ですが。
ただ縁起が悪い物件ってのはどこにでもありますので、やっぱり新居として考えるなら……ねえ?
そういうものの方がお家賃が安めだったりするのはどこの世界でも同じなんですが……とはいえ私たち二人に課せられた条件を満たすものってのはそう数あるものではありません。
王都内にあること。
貴族街の中でバウム伯爵家、あるいは宰相閣下所持の公爵家にほど近いこと。
住み込みで人を雇える程度の広さであること。
このあたりでしょうか?
(……新婚ってこういうのだっけ……?)
若干私が思い描いていたものとは、違うような……。
なにせ家を興した人は親戚縁者におりませんので、ちょっとわからないんですよね。
そこはアルダールも同じなので二人して手探りですよ!
(まあ国王陛下から家を下賜されないだけマシかな)
きっと陛下のことですから、ポンッとくださるような気はしますけどね!
でもそんなことになったら余計に周囲からの目が痛くなるじゃないですか!!
「そういえば内覧って言ったけれどどんな家なの?」
「ああ、普通の一軒家だよ。私たちが当初考えていたものに比べると、少し大きいけれどね」
まあ当初は私たちも二人暮らしのこぢんまりとした家を借りるつもりでしたからね!
さすがに子爵夫妻が暮らすとなれば、書斎兼執務室のような部屋に夫婦の寝室、衣装部屋に客室、浴室にトイレ、キッチン、居間に食堂、それから使用人部屋が二つくらいは必要ですかね?
欲を言えば厩舎や井戸もあるといいのですが……貴族街の建物といえど、ピンキリですからね。
(さすがに馬車とまでは言わないけど、貴族街から通うとなるとなあ)
アルダールも私も王城行きの乗合馬車を使うのか、自分たちで馬に乗っていくかの二択を迫られている気がします。
正しくは馬車を使えって話なんですが、さすがにそこまで管理費のことを考えると……それにその物件に馬車を置くスペースがあるのかって話ですし。
(みんなそういうのってどうしてるのかしら?)
まあ何はともあれ、物件を見てからの話です。
周辺地域で乗合馬車までの距離が短ければそれでもいいですし、いくら侍女として働きに出るからとはいえ子爵夫人の立場になったら一人で出歩くのも憚られますしね……。
今だって基本は護衛騎士のどなたかにお願いして同行してもらっているわけですから。
「どんな物件か楽しみね」
「そうだね。……少し古いとは言っていたからそこが心配だけど」
アルダールは少しだけ心配そうな顔をしました。
古いと聞くと確かにそう思うのも仕方ないと私も同意します。
「まあ仕方ないと思うわ。私たちにも出せる予算ってものがね……」
「そうだね。予定外の出費もいいところだ」
ただ、王城の管理下にあって内覧ができる物件となると手入れはそれなりにされているはずです。
それに家を興すというのは大変お金がかかることは周知の事実、そのへんは援助金が出るって話ですし……当面は家賃なんかをそれにあてられたらなあと思うわけですよ。
結婚祝いであちこちからいただけるものもあるでしょうが、それに対するお礼品とかを今から考えなきゃいけないのかと思うと頭が痛いですしね!!
あー、考えることが多すぎる。
私たちは周辺を把握する意味合いも含めて徒歩でその家に向かって歩いていました。
なにせもしもそこがいいなと思っても、周辺が不便だったら悩んでしまうでしょう?
こういうのは見て回るのがやはり一番地味ですが確かです。
まあ、そういう意味では商人の方々にお話を伺うのもありですね。
今度ジェンダ商会の会頭さんにご相談してみましょうか。
まだ婚約の発表だけですし、何も今すぐ物件を見つける必要はないのですから。
多少のリフォームを考えると早めに見つけておくに越したことはないですけどね!
「あ、あんなところにパン屋さんがあるのね」
「本当だ。……買って帰ってみる?」
「いいえ、また今度ね」
そんな他愛のないことを話しながら二人で歩いていると、途中にある家の中から人が出てくるのが見えました。
お客さまをお見送りするタイミングなのか、私たちは邪魔にならないように少しだけ避けて歩いてそこを通り過ぎたのですが、後ろから声がかかったのです。
「……お待ちください」
その声に振り返った私は、息を呑みました。
そこには、やつれた様子のミュリエッタさんがいたのです。
「呼び止めて申し訳ありません。偶然、お二人の姿を見て、つい……」
「……ウィナー男爵令嬢。これは気づかず」
「お久しゅうございます、ミュリエッタさん」
お元気そうで、とは言えませんでした。
うっそりとした笑みを浮かべたミュリエッタさんは、ひどく疲れているようです。
どうやら治癒師としてのお勤めだったのでしょう。
才能ある彼女のことですから、引っ張りだこで忙しいのかもしれません。
そこのお宅の使用人さんたちは困ったように私たちを見比べていましたが、特に何かを言ってくるわけでもありません。
「……婚約なさったとお聞きしました。おめでとうございます」
「ありがとう。ウィナー男爵令嬢も婚約が決まったとか、そちらもおめでとう」
「……ありがとうございます」
相変わらず彼女の目にはアルダールしか映っていないのでしょうか。
けれどミュリエッタさんの視線には、以前までの執着のようにも見える恋心とはまた違ったように感じられて……私の気のせいでしょうか?
「ユリアさま」
「はい」
「……いずれまた、お時間をいただいてお話ができたら嬉しいです」
「え……?」
「それでは、また。お呼び止めして申し訳ございませんでした」
彼女はまた生気なく微笑むと、ぺこりとお辞儀をして停めてあった馬車に乗り込み姿を消したのでした。




