471 真綿で締め付けられる
今回はミュリエッタさん視点です。
今日もこの日がやってきてしまった。
そう思うと逃げ出したいけど、あたしにはそれが許されない。
(……ああ、いやだなあ)
今日はリード・マルクとの、二週間に一度のお茶会。
婚約者なのだから、こうして定期的に会わないといけないと決められた。
お父さんも周囲も、私の婚約には諸手を挙げての大賛成だ。
貴族ほど堅苦しくもなく、それでいてお金持ちで苦労をしないで済む……お父さんはそう思っているだろうし、貴族の人たちはあたしたちの面倒を見ないで済むと思っているに違いないし、タルボットさんは大手商会と繋がりができて喜んでいるようだったし。
あたし以外は、みんな大喜びだ。
あたしだけが、おいてけぼりなのだ。
(……婚約って、誰かに決められるものじゃないのに)
あたしがやってきたことが、今のあたしに繋がっている。
そのことは十分理解しているつもりだ。
だからこそ反省して、あたしらしく生きられるように、少しでも息がしやすくなるようにとしてきたつもりだ。
それでもまだ苦しかったのにこの仕打ち。
あたしは、そこまで悪いことをしたんだろうか。
ただ、好きな人に振り向いてほしかっただけだ。
それはそんなに、悪いことだっただろうか。
(だって、あたしは……ヒロインで……)
でもあたしはヒロインのミュリエッタだけど、ミュリエッタそのものじゃない。
あたしはあたしの知るミュリエッタを演じてきたけど、それは正しかったんだろうか?
今となってみれば何が正しくて、何が間違っていたのかもよくわからない。
知らないシナリオ、知らない世界。
去年の今ぐらいは、これから起こるイベントの数々にワクワクしていたのに。
今じゃあ学園に通うようになって、自宅に帰ってお父さんに会えるのも週に一回がいいところだ。
学園では日々勉強させられるばかりだし、治癒師としても貴族への対応のために礼儀作法をもっと学べとうるさいくらい。
礼儀作法礼儀作法、そればっかり!
(どうしてこんなことになってしまったんだろう)
あたしが知る【ゲーム】の中でも勉強をすることや、バイトに行くことはあったけど……でもこんなに窮屈だったんだろうか?
確かにヒロインの疲労度が溜まらない限り休まず毎日何かしらしていたけど、それってこんなに窮屈には見えなかった。
それに現実は、【ゲーム】と違って好感度も見えないし、パラメータだってわからない。
一体、どのくらいまで上げたら彼らは満足してくれるのか。
「やあ、お待たせしちゃったかな?」
「……リード・マルクさま」
「やだなあ、リードでいいってば。婚約者なんだから」
にこにこと人好きのする笑顔を見せるリード・マルクは攻略対象者。
でも腹黒くって、人を信用できない。
お金に苦労しない分、人間の裏表ってものを身近で見て来たから……って設定だ。
そんな人が、あたしを妻にすると決めたのは、どうしてだろう?
彼は好意的な態度を取るけど、その心の内はわからない。
「……まだ、実感がわかなくて」
「まあそうだよねえ」
前世でプレイしていた時も、特に気になるキャラってわけじゃなかった。
フルコンプのために一応クリアしたって程度。
柔和な表情も可愛いし、腹黒なのもいい! ってことでそれなりの人気はあったと思うけど……やっぱり同年代の、オコチャマにしか見えないもの。
(あたしの理想は、やっぱり……)
脳裏に浮かぶのはただ一人。
スチルではあんなに蕩けるような笑みを見せてくれたのに、現実では冷たい眼差しばかりが記憶にあって悲しくなる。
どうして?
今も昔も、そればかり。
「そうそう、知ってるかい?」
「え?」
「バウム家のアルダール・サウルさま」
「……ばうむ、さま」
「婚約が決まったんだよ、それも国王陛下の言祝ぎつきで」
「……え……」
「いやあ、恋人である王女宮筆頭さまと結婚秒読みだと聞いてはいたけど、まさか国王陛下がお祝いするなんて思わなかったよねえ。双方多くの貴族から人気のある人たちだったからこれで誰も手を出せなくなったんじゃあないかなあ」
あたしは息を呑む。
朗らかに話すリード・マルクさまに他意はないのかもしれない。
いいや、そんなことはない。
あたしがアルダールさまに想いを寄せていたことは有名になってしまったことだから。
つい最近、貴族のお嬢さんたち相手に『そんなつもりじゃなかった、憧れだった、迷惑をかけた』と反省の言葉を口にして広めてもらったけど……そこを足がかりに、再度謝罪に行って、それから……それから?
あたしは、どうしたらいい?
気づいてはいるの、もうこの気持ちは報われないって。
アルダールさまはあたしのことなんてなんとも思ってなくて、なんだったら嫌いかもしれないってこともわかってる。
でもわかってても、諦めきれないの。
だって、好きだったのよ?
ずっとずっと、どんなゲームやっても、本を読んでも、アニメ見ても、どんなキャラよりも一番素敵で、特別だったのよ。
(けっこん)
しちゃうの?
あたし以外の人と?
どうして。
ヒロインは、ここにいるのに。
彼のルートに入ろうと必死だったのに。
「……そんなにショックなんだ?」
「あっ……いえ」
ハッとする。
仮にも婚約者を前に、他の男性のことでショックを受けているだなんて……また何を言われるかわかったもんじゃない。
でもショックで、上手く言葉は出てこなかった。
アルダールさまが結婚する。
相手は、ユリアさんだ。
ずっと彼らは仲良く寄り添っていて、想い合っているって傍から見てもわかるくらいだった。
羨ましかった。
そのうちあそこにはあたしが……なんてどうして思えたのか、今じゃわからないくらい、周囲は彼らの方がお似合いだって言っていた。
どうして。
あたしはヒロインだったのに。
叫び出したい気持ちを、ぐっと堪える。
唇を噛みしめて、耐えた。その顔を見られるわけにはいかないから、俯いて。
リード・マルクは何も言わない。
あたしのそんな反応を、楽しんでいるみたいだった。
「可哀想にねえ、でも相手が悪かったよ」
歌うような口調で、何一つ同情なんてしてない声音で。
それでいて、小さな子供に言い聞かせるみたいに優しい言い方をするこの人のことを、あたしは好きになれない。
「軍のトップであるバウム家の息子で、近衛騎士と王家の信頼厚い貴族の子女との組み合わせなんて貴族としちゃ文句なしのお相手同士。しかも想い合っているなら、よりいいことさ」
「……そうですね」
「君に勝るものがあるとしたら、若さと魔力くらいだったねえ」
「……!!」
悔しい、悔しい、悔しい。
あたしはみんなを幸せにできる、ヒロインだったのに。
物語は、始まりもしなかっただなんて!
(違う、ちゃんと始まった。あたしは男爵令嬢になったし、学園にだって通えている)
あたしが、間違えたんだろうか。
あたしは、間違えたんだろうか?
じわりと涙がにじむ。
「人には分相応って言葉があるでしょう? ミュリエッタさん」
「……」
「君には貴族は無理だったんだよ」
そう優しく笑うリード・マルクのその言葉は、あたしの心にひどく、痛かった。
どうして、思わずそう言いそうになるのを堪えるしかできない。
あたしは……無力だ。
「貴族を味方に立ち回れたら、まだやりようはあったろうにねえ」
あたしは、初めから平民に戻ることしか考えていなかった。
優しく笑うリード・マルクのその表情は、まるであたしを嘲笑ってるかのように見えたのだった。




