469
転生しまして、現在は侍女でございます。8巻が7/12に電子同時発売となりました!
お手元に届いていれば幸いです°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
ハンス?
ハンスさん?
何故ここでハンスさん!?
エリート騎士であるハンスさんがなんで……と混乱しましたが、アルダールが『許可が出たから』という前置きで教えてくれたことによれば、彼は貴族を見張る貴族……というまあそういう立場だったそうで。
勿論それはハンスさんだけのお役目ではなく、他のご家族もそうだったらしいんですが……。
いやはや、本当に身近なところにいたんですね……。
いるって話は聞いてましたし、私自身貴族ですからそういった噂も耳にしたことがありますし、侍女としての役目柄そのようなことを耳にしたこともあります。
でも正直、都市伝説の類いに近いかと思ってました。
(……真面目に仕事してるといいことってあるんだなあ)
もしかして、私が見習いから侍女になりたての頃いきなり何人か辞めていったのとかって、そういう査察的な何かが、いや触れてはならない。
まあとにかくハンスさん含めレムレッド家は今回の〝英雄〟父娘関連でお役御免ってことらしく、他の家に引き継いだんだそうですよ。
次がどこの家かは勿論知りませんし知ろうとも思いませんね!
まあとにかくそういうことで知りすぎているハンスさんは王家の目の届くところでそこそこのお仕事をしていたらいいってことで、そこまで騎士になりたくなかったというハンスさんの希望でアルダールの侍従になったんだと……。
つまり、ニコラスさん的な立ち位置なんですね……もしかして私たち、厄介なことに今後も巻き込まれる感じなんですかね……?
「まあハンスが私の侍従にというのは、一応気を遣ってくれてのことだと思うんだ」
「気を遣って?」
「そう。陛下が直に任命した新子爵、それもバウム家の息子で妻となるユリアは王女殿下の信も厚く、その家庭教師である公爵夫人とも親しい。つまりうちは国王派と貴族派、軍部派と繋がりが強い……と周囲は見るわけだ」
「まあ……そう、ですね」
そういうの全くないんですけどね!?
とはいえ、関係性だけ考えればそのように考える人も少なくないということはわかります。
そういう意味では中立派のナシャンダ侯爵さまとも親しいと考えられなくもないのですが、ビジネスパートナーという立場では弱いのかもしれません。
「なるほど、そういうことですか……」
レムレッド侯爵家はそういう意味で派閥は中立派。
その三男であるハンスさんがアルダールの侍従となることで中立派が剣聖候補のアルダールの一番近いところにいるということで周囲には納得して貰おうというかなり無理矢理な派閥バランスを保ったと、そういうことですね?
(……普通に結婚して、しばらくは二人での生活だと思ってたんだけどなあ……!?)
あっ、胃が痛くなってきた気がする。
これは懇親会を前にやはり胃薬を飲んでおくべきなのか……。
「まあ、ハンスが侍従となったらあれこれ調整役となるらしいから諦める」
「調整役」
「そう。私たちはこれまでと同じように暮らせばいい、とのことだよ」
どことなく疲れたように笑ったアルダールが、ちょいちょいと私を手招きしました。
一体彼はどんな話し合いをしてきたんでしょうね……?
私に話しているのは要点をまとめたものでしょうから、きっとあれこれ驚いたり反発したりとあったんだと思いますが。
(しかしハンスさんがそんなお役目だっただなんて)
ミュリエッタさんに接触をしたのは、そもそもが任務だったから……?
じゃああのデレデレっぷりは演技だったのでしょうか。
アルダールと同室だったのも、友人関係になったのも、全部が全部そういった思惑が絡んでのことだったり……?
(ああ、考えれば考えるほどドツボにはまりそう!)
私に対しての謎発言なんかもそれらがすべて解決する勢いですね。
謎は謎のままでいいっていうのが果たして解決したというべきかどうかは別として。
「言うのが遅れたけどドレス、似合ってるよ。綺麗だ」
「え? あ、ありがとう……」
「贈っておけば良かったと思う反面、さすがに公爵夫人のセンスだけあるなと感心してしまうな。私が選んだんじゃこうはいかない」
「……ドレスに、負けてないかしら?」
「ユリアに似合ってる」
甘い声に、私はぐっと口を引き結びました。
なんていうか、慣れたけど慣れない!
今はこの甘い空気に呑まれてはならないのです!!
「ユリア」
ぐっと腰を抱かれて引き寄せられて、思わず私はアルダールの口に手をやりました。
いや、咄嗟のことだったんですけど。
ふにっとしたアルダールの唇の感触に悲鳴を上げなかった私、えらい。
「き、きすは、いまは、しません、からね」
この空気を私は知っているんですよ。
大体アルダールのいいようにされちゃうんですから!!
でも今はダメなんです。
いつ懇親会が始まるって誰か呼びにくるかわかんない状況でいちゃついてられますかっていう話で……それにメイナがこんなに綺麗に化粧を施してくれたんですから、乱すわけにはいきません。
アルダールは私の言葉にちょっと驚いたように目を丸くしてから、笑いました。
そっと私の手を掴んだなと思うと、そのまま私の手の平にキスを一つ。
「後でなら、いいんだ?」
からかうようなその言葉に、私は自分が失言をしたことに気づきました。
うっ、もしかしてこれはキスをするつもりではなくただ抱きしめようとかそんな感じだった……?
そりゃそうか、アルダールだっていつ呼ばれるかわからないってわかってるんだろうし。
あれっ、それじゃあ私がキスを期待してたみたいじゃないか!!
「……後でならいいですよ」
「わかった。期待してる」
「期待って何を!?」
「秘密」
くすくす笑うアルダールは先ほどまでの疲れた表情から一転、楽しそうです。
私との会話で少し気が紛れたならそりゃ嬉しいですけどね? 複雑な乙女心……。
「ところで、家名はどうするの?」
「それなんだよなあ。ユリアはどんなのがいい?」
「……アルダールは決めているの?」
私にも意見を聞いてくれるとわかっていて、私は彼が思ったように決めてほしいと思っています。
アルダールはこれまで多くの柵によってがんじがらめの生き方を強要されて、苦労をしてきて……それでもなお家族を愛し、私を好いて新しい家族を築きたいと思った人だから。
「私は、アルダールが決めたものがいい」
この家名は、彼が新しい生き方をする決意表明みたいなものになると思うんです。
だから、私もそれに寄り添っていきたい。
「……いくつか候補を、と言われたんだけど」
「ええ」
「ミスルトゥか、トリフォリウムなんて……どうかな」
「ユリア・フォン・ミスルトゥ?」
「そう。ミスルトゥ夫人。トリフォリウム夫人とどっちがいいかな?」
「どっちも素敵ね。……でも私たちだけの意見でいいのかしら」
「まあ横槍はある程度覚悟の上で、自分たちでも好きなのを出せって話だったから」
なんせある程度内々で決まっていたからってこれほどまでに急激な話になるなんて、きっと陛下以外誰も想定していなかったと思いますからね!
本来なら家名を新たにする場合は貴族の議会とか教会とかで良い名を考えてとか……昔からある名を引き継がせてとか……そういうものですし。
ただ私はアルダールが新たにつけた家名のどちらかがいいなあと思いましたね!!
だってそれは幸せを呼ぶ植物の名前だから。
家紋にもしやすいと思いませんか。
「……刺繍がしやすいのはどちらかしらね……」
貴族令嬢としてはそこが問題だ!!




