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その後、メイナは仕事に戻っていきました。
ええ、ええ、プリメラさまのご厚意で私の着付け等々手伝いに来てくれていただけですので! ありがとうメイナ!!
夜会用ほど華々しいものではないとはいえドレスはドレス、着付けをするのもなかなかね、一人では大変なので……というか普通は一人で着ない物ですからね!!
(うっ、手持ち無沙汰ァ……)
メイナが気を利かせて軽食とお茶のセットを準備していってくれて、本当に助かります。
懇親会は交流がメインな立食形式とのことなんですが……まあ、そこでバクバク食べる訳にはいきませんしね!
そもそもドレスだからそんなに入らないんですけど!!
お茶を淹れてクッキーに手を伸ばすものの、緊張のせいかなかなか食べる気になれません。
化粧が落ちても困っちゃいますしね。
折角綺麗にやってもらったんですから……。
(アルダールはいつ来るのかな?)
おそらくアルダールは城内の自室に戻らず、今頃はバウム伯爵さまたちとお話ししていることでしょう。
主に爵位の話とか、その辺りについてをね。
なんせこの後の懇親会でアルダールは注目されるでしょうし……ってそれは私もですが。
そりゃそうですね、騎士爵予定がいきなり子爵。
しかも新たに家を興すという世襲制。
陛下からこれからも近衛騎士として務めよというお声までいただいたのですから、将来的には近衛騎士隊を率いる可能性があると言われているようなものですからね……。
(陛下のお気に入りとまではいかなくとも、気に掛けられていると周囲が捉えるのは当然でしょうね……)
そうなれば将来への先行投資を兼ねて、お近づきになりたいと言ってくる人も多いでしょう。
自分の派閥への誘い込み……というのはさすがに今回の懇親会では厳しいでしょうから、次回何かしら誘うためにも好印象を持たれたいとかその程度で済むとは思いますが……いえ、その次回云々が面倒くさそうだな?
(……いえ、そういうのを捌いてこその妻ですよね!!)
長年の侍女生活で培った事務処理能力、ここで発揮せずいつ発揮する!
いえ、職務中に発揮してますけども。
「は、はい!!」
今日は客の名前と顔を一致させて次への対応対策を……なんて考えていたところでノックの音がしました。
慌てて返事をしたら若干声が裏返りましたが、おそらく問題ないでしょう。
ここは私の私室なので、やってくるとしたら今の時間では王女宮の誰かだと思いますので。
そう思いながら念のため気をつけつつそっとドアを開けて隙間を覗くと、そこにいたのはアルダールでした。
慌ててドアを開けると、その勢いに少しだけ彼は驚いた顔を見せています。
「アルダール……!」
「ユリア、少し早く来てしまったんだけど……いいかな?」
「勿論よ。入って、良かったら軽食とお茶もあるから……」
「それは助かる」
中に入ってきたアルダールは勝手知ったる私の部屋ということで、椅子に座ると背もたれに体を預けるようにして天を仰ぎました。
どうやらお疲れのご様子。
その様子を見て私は戸棚からこっそりとっておきのクッキーを追加してアルダールの前に置いてあげました。
「大丈夫?」
「うん、いや、情報量が多くて」
「情報量?」
ああ、爵位の件でしょうか。
確かにあれは驚かされました。どういうことだとみんななったことでしょうね!
「バウム伯爵さまはなんて?」
「……後で内々に知らせて、後日書類で済ませる予定だったらしい。どうりで町屋敷を譲るとかそんなことを言い出すわけだ……」
「そうよね……」
いくらアルダール可愛さってものでも大きすぎる贈り物だなあとは思ってたんですよ。
固辞しておいて良かった。今でもあの時の判断は間違っていなかったと思っております。
「親父殿が言えなかった理由はまあわかったし、私にやたらとモンスター退治をさせた上に随分と目立つ行動をさせた理由もこれでわかった。ユリアをナシャンダ侯爵家の養女に……なんて話が出たりしたことも、これで辻褄が全て合うわけだけど……」
アルダールの声に苦いものが混じっていますが、まあ仕方ありませんね。
全てが偉い人たちの手の平の上で転がされていた……みたいな感じは拭えません。
「それでも、悪いことばかりではないと思うわ」
「まあ、ね」
アルダールが次期剣聖なんて呼ばれるのは私も好きではありませんが、彼自身がただ強いだけじゃなくて紳士的な振る舞いができるところとかを地方の人々に知ってもらえたのは喜ばしいことです。
次期剣聖だから、じゃなくて。
アルダールを見て、騎士を志そうと思ってくれる人がいたらと思うと素敵じゃありませんか?
いえ、きっとそういう若者が今後現れると私は信じていますよ!
「爵位を賜った上でユリアとの婚約期間を認めてもらって、結婚までの時期も早めてもいいという許可まで出たわけだし」
「……ただ爵位を賜った分、これまで考えていたような家じゃきっと許されないのがなんとも複雑だけれどね……」
新居についてあれこれ二人で思い描いていたのが全部パァですよ、パア!!
おそらくそれなりの居を構えて、使用人を複数人置くスタイルでなければならないのでしょう。
爵位持ち夫人でも宮仕え自体は許されていますし、王宮の上級使用人と呼ばれるような人たちの中には実際そのような方々もいらっしゃることから私の生活スタイルが変わることはないと思われます。
ただまあ、王都にある貴族街で爵位に見合った、そこそこの家を借りないといけないってことですよね。
なんせ国王陛下が直接爵位を与えた子爵が単なる貴族位並の生活をしていた、では世間体ってものが……。
(お金は! 無からは生まれないんですよ!!)
新婚夫婦の財布事情なんて豊かじゃないことくらい察してほしいものです。
いえ、さすがにそれは無理ですね……相手は王族ですもんね……。
「おそらく、新居も賜ることになると思う」
アルダールもそんな私の胸の内を察したのでしょう、ため息交じりにそう言いました。
まあ、そうなるでしょうね……すでに私たちが知らないところで叙爵が内定していたとなれば、新しい家を興す人にはそれなりの準備金とかが用意されているはずです。
確かそんな規定があったと記憶していますが……まあ、そこは管轄外の話なのであまり詳しくはありませんのでうろ覚えです。
「しかもいくつか厄介なことがあってね」
「厄介、ですか?」
「……まず一つ、懇親会まで間もないけどある程度家名について草案をまとめてこい」
「ええ!?」
「二つ目、居を構えるのに公爵家か伯爵家の町屋敷、どちらの近くがいいか決めること」
「……えええ……」
「そして三つ目。これが私としては一番いやなんだけど」
「え?」
アルダールが指折り数えながら話してくれた内容はどれもこれも『今決めるの!?』って内容で私としても困惑しかないんですが……。
彼がどっと疲れているのも頷けるっていうか。
とりあえず草案でいいから家名? それから伯爵家と公爵家ってなんでだ!
まだ私たちどこの派閥とかそういうの関係ないはずなんですけど!?
「み、三つ目はなんなの……?」
なかなか言葉を続けないアルダールに思わず余程悪いことなのかと身構える私に、彼は重々しいため息を吐き出しました。
そして私の方へと向けた表情は、とんでもなく苦々しくて……こんなアルダールは本当に珍しいから驚きです。
一体全体、どうしたのかしら?
「……実は、私の従者だけはもう決められているんだ」
「え? 私たちが選ぶのではなく?」
「そうなんだよ……」
従者だけは決まっているって……なかなかどうして好待遇な気もしますが。
当主にとって従者は必須ですからね!
基本的には当主の秘書官と専属執事の役割を兼任しつつ、時には護衛をしたりとなかなかマルチな才能を発揮してもらわないといけない役職です。
まあ私たちが選任するのではなく、王家側から指定されるってことは……ある程度は目を光らせているぞって意味なんでしょうか。
探られて痛い腹はしてませんけどね!
「それが、ハンスなんだ」
「え?」
はんす?
私は思わずアルダールの言葉を繰り返してしまいました。
「ハンス・エドワルド・フォン・レムレッド。……君も知ってる、あのハンスだよ」
「えええええええ!?」
7/12に書籍版・転生しまして、現在は侍女でございます。8巻が発売となります。
よろしくお願いしまあああああす!!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




