466 儚くも、美しき
今回は王太后さま視点です。
(さてさて、これで全部上手くいくといいのだけれど……後であの子はお説教ものね。まったく、いくら国王だからといってあんな方法をとるだなんて……)
そっと扇子の下でため息を一つ。
表彰式、これは良い機会だと思ったのは本当のこと。
わたくしたち王族にとって、これからこの国をよくしてくれる人材になるであろう中から気に入った人間を引き立てるためにある程度裏で話を通すというのは、ままある話。
今回はアルダール・サウル・フォン・バウムと、そしてユリア・フォン・ファンディッドの両名がこの場にいるのだからこの場にいる人間から世間に話は広まるはずだと誰もがそう考えたはず。
剣聖候補として名高いバウム卿が、実父との確執を越えたという話から多くの人間が『バウム卿がやはり跡取りになる可能性が?』などとくだらない噂に花を咲かせていたのも鬱陶しかったけれど……。
彼が籍を残したままとはいえ、家を出て騎士爵となる道を選んだと知った時はなかなかどうして、見直したものだわ。
いえ、元々彼のことはわたくしも認めていましたけれどね?
たとえ彼が騎士爵の道を選ぼうと、実力がある青年だもの。
いずれは武功なり忠誠心なりを称え、爵位が与えられることはわかっていたことです。
ただ、ユリアがいたからこそ今回はそれが早められただけの話。
(まあ……ユリアもきっといずれはそうなるだろう、くらいに予想はしていたことでしょうけれどねえ)
きっと最初のうちは普通の新婚夫婦のように、あれこれと家を探して家具を決めてとそれを楽しみにしていたでしょうから、そこに関しては申し訳ないと思っているのよ?
でも今回の件は、若い二人を守るためのものでもあると思って諦めて貰わないと。
(まあ、国王陛下が伯爵位を与えたかったのは、本音でしょうねえ)
さすがに空きがあるとはいえ、それは無理があるとわかっていたからこそ引いたのでしょうけれど。
あの子たちはいずれそこまで引き上げられるって気づいたかしらね?
(いつかプリメラがバウム家に嫁いだとしても、これでユリアとの縁は遠くならずに済む)
伯爵家の跡取り夫人と、新興の子爵夫人。
夫は兄弟とくれば、連絡を取り合うことも頻繁に面会することも、何も不自然ではない。
これはいずれ嫁ぐプリメラへの、嫁入りの贈り物のようなもの。
ちらりと可愛い孫娘へ視線を向ければ、頬を赤らめて父親に尊敬の眼差しを向けている。
なるほど過保護さだけでなく、娘へのアピールも兼ねていたからこそのパフォーマンスだったというわけね。
我が息子ながら嫌味な男だこと。
(まったく、過保護な男親は面倒くさいわねえ。いつか嫌われるわよ?)
わたくしとしてはユリアの婚約話が早まったという事実さえあれば、それで十分だと思うけれど。
だってねえ、そういう時間を楽しむのも、この時期の特権ではなくて?
そのあたりの機微を理解していないのだから、まったく男どもときたら!
効率ばかりを追い求めるから妻に呆れられるのよと思うけれど、あえて教えてあげる必要もないでしょう。
(……祝いの品は何がいいかしらねえ)
国王陛下が認めた二人となれば、今後彼らにどんな意味であろうとちょっかいをかけようとする人は減るでしょうね。
まあ媚びへつらう人間は現れるかもしれないけれど、そのくらいは自分たちでどうにかできる子たちだし……。
当面は領地を与えようとしたり、屋敷を与えようとする陛下やバウム伯爵を抑えてあげるのがわたくしにできる贈りものかしらね?
(だから本当は侯爵のところにユリアを養女に行かせたかったのよねえ)
ナシャンダ侯爵令嬢になったユリアと騎士爵になったバウム卿が結ばれた場合は、ナシャンダ侯爵家が所有する子爵位を与えて領内で穏やかに過ごさせるつもりだったのよ。
あそこの家は縁戚が継ぐことが決まっているから、跡継ぎ問題などないし……中立派とはいえプリメラにとって外祖父でもあることから交流を持ちやすい立場でもあったし。
(ユリアが思いの外、家族に対して思い入れがあったことが計算外だったかしらね)
とはいえ、最終的には愚かな貴族を排することもできてその爵位を新しい世代に渡したことで王家への忠誠度合いも上がったのだから、結果としては上出来と言えるでしょう。
長く続く家のすべてが忠誠厚き家柄であれば国家としてもありがたいのだけれど、残念ながらそうとは言えないものね。
むしろバウム家や隠れた役割を持つ彼らは、よくやってくれていると思うわ。
わたくしたち王家もまた彼らの忠義に応えられる人間であらねばと常々思うもの。
そういう意味では陛下は傑物なのでしょう、人の心の機微に疎いというか、気にしないというか、まあそれだからこそ人と違ってカリスマがあるように見えるのだから十分かしら?
子供たちは優秀だし、わたくしとしては問題ない。
幸いにも家族間の仲も今は良いし……。
(まあ、子供たちに関してはユリアのおかげでしょうけれどね)
わたくしたち大人の都合で、子供たちは随分と振り回されてしまった。
そのことについてはとても申し訳ないと思っているし、子供たちの祖母としてわたくしは二人に愛情を注いできたわ。
だけれど、王族としての責務は常につきまとうもの。
それゆえに歪な関係が生まれ、それを正すことも難しい状況ができあがっていたのは事実。
(……でもこれで、ようやく……)
全ての歯車が、正しく動き出したのを感じてわたくしは安堵している。
わたくしの代で……いいえ、正確には夫のせいだけれど。
とにかく、子供たちには苦労をかけてしまったそのしわ寄せがまさか孫にまで行くとは思わなかったわ。
(とにかく、これで……)
優秀な近衛騎士も、そして頼りになる筆頭侍女も王家に長く仕えてくれることだろう。
家族である弟や、そしてわたくしの孫がいる以上彼らが離反するようなことは決してないとはわかっている。
だからこそ、彼らがこれまでしてくれたこと、そしてこれからしてくれることについて先んじて褒美を与えるのも、また為政者たちの務めであり、そして年長者からの小さなお節介というもの。
(きっと明日にでも墓参りに行きたいと言うのでしょうねえ)
孫娘に視線を再び向ければ、それに気づいたらしく不思議そうにこちらを見るプリメラがいてそっと笑みがこぼれた。
「プリメラ」
「お祖母さま……?」
「明日にでも、ユリアを案内してあげてちょうだい。王家の墓所に」
「は、はい!」
他の誰でもない、この子が導くのがユリアにとっては最高の褒美になるでしょう。
ああ、せめてわたくしから花を準備させましょうか。
儚く散ってしまったあの子を思わせる、美しい花を。
誰よりも純粋に想う二人に届けてもらって、わたくしの分も祈って貰いたいと考えるのは少しばかり……ずるい考えかもしれないわね。
(……わたくしも、ずいぶんと墓所を訪れていなかったわね)
儀礼的なものには参加していても、個人としてはずっと……避けていたのかもしれない。
夫は、少しくらい反省しているかしら。
そう思うと、何故だかおかしくて――少しだけ、切なかった。




