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結局のところ、王城内にある斡旋所でもいくつか希望の条件を出して書類を貰って考えようかということで新居探しの件は落ち着いた。
なんせ、よくよく考えたら二人とも一人暮らしそのものをしたことがなくて、お互い寮がある仕事についたようなものだからね……。
そういう意味では本当に恵まれた生活をしているんですよ。
三食栄養を考えた料理を出してくれる食堂付き、王城だけにセキュリティもばっちりですからね!!
当然ながら王城勤務の者がみすぼらしい生活なんてしていたら国家の威信に響きますからね、生活水準だって高めです。
なんだったら研修なんかもこまめに開いて貰えるので、スキルアップの機会も多いですし……超ホワイトですね。
まあ、部署と業務、ついでに上司によりますが。
「遠慮せずにタウンハウスを貰っちゃえば良かったのよ。ああでも、二人きりで過ごしたいなら確かに手狭な方がいいわよね」
「ビアンカさま……」
そういう理由じゃないんですよ。
いやまあ、確かに手狭な方がいいですけど別に二人で過ごすために……とかそういうんじゃあないんですよ!!
本気で言ってそうなところがね……ビアンカさまは元々広い家しかご存じないからそちらが基準なんでしょうけども。
ちなみに今は休憩時間です。
ビアンカさまからお茶をしようと誘われて、何故か王城内の客室にですね……ええ、ここ私使っていいんでしょうかね……?
まあ、公爵夫人がそうしろって命じたんだから大丈夫なんでしょう。
かなり緊張しますけど!!
どうやらビアンカさまは私の婚約祝いをしたかったらしく、新居が決まったら家具をプレゼントさせてくれと仰って……で、冒頭の通りまだ決まっていない話をしたわけです。
ビッグサイズのクローゼットとか贈られたら困るので、新居が決まったら絶対にサイズ指定だけはしようと思いました。
「そうそう、ドレスはどうするの? やっぱりバウム卿の色に合わせるのかしら?」
「え? ドレスですか?」
唐突なビアンカさまのその言葉に、私は首を傾げました。
結婚式にはまだまだ遠いですから、そんなの話し合ってませんけど。
新居すら決まっていませんし、なんだったら婚約式についても話が進んでいません。
それなのにドレスとは?
思わず首を傾げっぱなしの私に、ビアンカさまも目を瞬かせています。
どうやらお互い意思疎通ができていない、それはなんとなくわかりますが……。
「……わたくしが言っているのは、表彰式の後に開かれるパーティーのことよ?」
「え?」
「王女殿下はこれまで表彰式のみ参加だったから忘れちゃったのかしら? 表彰式の後は王族も参加して、授与された方々と高位貴族が歓談する場を設けるでしょう?」
「あ……あああ!」
「本当に忘れていたのね……あらいやだ」
「わ、忘れておりました!」
本気で忘れていました。
そうです、ただ表彰するだけではなくそんな彼らと縁を持ちたい人たちが勝手に面会だの何だのやたらと申し込んだりして混乱を招くより、いっそのことパーティーを開いておおっぴらに社交してもらっちゃった方がいい……という理由から表彰式の後は小さなパーティーが王城内で開かれるのです。
とはいえ、規模としては小さめの、限られた方々との立食式パーティーと言った方がいいでしょうか。
一応懇親会という形なので直接偉い方ともお話しが出来る良い機会でもあります。
ここで上手に立ち回れば、高位貴族と縁が出来て後見となってもらえたりその派閥に名を連ねるなんてこともあるそうですからね。
その際、パーティーに参加するのは授与された本人とその家族、それに準じて婚約者……ということは私もそれに該当するのです。
まだ正式に婚約は成立してませんが、ほぼ確定の人も参加は認められていますからね!
むしろ推奨されていると言ってもいいでしょう。
「大丈夫?」
「いえ、大丈夫です。幸いドレスは手持ちがありますので……」
「それは良かったわ。ちなみにどんなのかしら?」
幸いというか何というか、以前アルダールが買ってくれたドレスの中に社交場に着ていってもおかしくないものがありました。
そのデザインは落ち着いたものでしたし、婚約者として彼の隣に並んでも恥ずかしくないものです。
そのことをビアンカさまに伝えると、何故か眉間に皺が……えっ、社交界の花とも呼ばれるその美貌に眉間の皺は似合いませんよ!?
「だめよ」
「えっ、な、なにがでしょう……」
「だめよ! そんな落ち着いたものでは人妻並ではないの!! もっとセクシーなものにしましょう! バウム卿と並び立つことでユリアが彼の婚約者だということはわかるでしょうけれど、他の連中が声をかける隙間もないくらいあの男をメロメロになさい!!」
「えええ……」
どういうことなの。
とんでもないことを言い出しましたよビアンカさま……。
「王族の方もご参加なさるパーティーですよ? セクシーなんて求められておりません」
「そうね、夜会でもないからそれはその通りよ。だけど貴女はまだまだ若いのだし、婚約者をもっと魅了して他に目がいかないくらいにしなくては。その熱を周囲に見せつけないと、これからも貴女に声をかけようとする連中が現れるわよ?」
「えええ……」
そんな心配はいらないっていうか、十分私たちは両思いだと思いますけど!?
そもそもアルダールが買ってくれたドレスは私からしてみれば十分華やかですし……そりゃビアンカさまから見たら落ち着いたものなんでしょうけど。
「愛する旦那さまをメロメロにしてみたいと思わない? 独占されてみたいって思わない?」
「キョトンとした顔でとんでもないこと言いますねビアンカさま」
それが様になるんだから美人ってずるいな!!
でもそれってつまり、あの宰相閣下をビアンカさまはメロメロにしちゃってるってことですかね……うんまあ仕事ではとかく厳格だけど愛妻家ってことは有名だからそうですね。
いやでも、うん、メロメロ……メロメロですか……。
(アルダールは私のことが好きだし、私もアルダールのことが好き。それは基本的に内面の話だし、いや見た目も勿論好きだけど……ううん)
ほら、マンネリとかよく聞くじゃないですか。
でも美人は三日で飽きるというし。ううん。
悩み始めた私を前に、ビアンカさまが目を細めるようにして笑う。
「いいじゃない、折角だから着飾ってちょうだい」
「ビアンカさま……面白がってません?」
「それはそうよ。わたくしはね、腹が立っているの」
「え?」
「ユリアにじゃないわよ? 勿論、バウム卿にでもない。むしろ卿のことは認めているくらい」
「は、はあ」
ビアンカさまに言わせると、今更になって私に対してアプローチしてこようとする輩に腹が立ってしょうがないらしいです。
本当に妻にと望むなら、色んな伝手を使って少しずつでもいいからアプローチをすればよかったんだ、表に出てくるようになっていいタイミングだから……みたいなついで感覚で口説こうとするなど言語道断! ってことらしいです。
「わたくしの友人を軽く見るような輩に優しくしてやる謂れはなくってよ!」
「ビ、ビアンカさま……!!」
そんなきっぱりと言われてしまうととても恥ずかしいですが嬉しいです。
恐れ多いことではありますが、友人冥利に尽きるとはこのことではないでしょうか。
感動する私に向かってビアンカさまは優美に微笑んでいます。
「貴女の有能さに気づいたのはまあ、いいと思うの。貴族の結婚なんてそんなものだとわたくしも思うし……けれど、わたくしはユリアが素晴らしい女性だと思っているから、悔しいの」
「……ありがとうございます」
「だからね、そういう輩たちを残念がらせてやりたいの。バウム卿もきっと喜んでくれるわ! わたくしを信じて任せてくれないかしら?」
「え……!?」
「大丈夫、プリメラさまのご許可もいただいたし、統括侍女さまにも話は通してあるわ。表彰式に貴女が参加している以上、本来は貴女も招かれた客だもの。しっかりと着飾らなくてはね!」
これは、もしかして……嵌められたってやつなのでは!?
にこにこ笑顔のビアンカさまに、私は拒絶の言葉など言えるはずもありません。
だってプリメラさまと統括侍女さまから許可を得たって……それってつまり逃げ道塞いでおきましたってことじゃないですか!!
私は必死であれこれ頭を働かせましたが、最終的に小さな声でお手柔らかにお願いしますと言うしか出来ないのでした。




